日常の帰還と、新たなる探求
ヴァルデリア王国に戻ったエステル王子が、息を呑むような超絶美人のメイドを連れ帰ったというニュースは、またたく間に世界中を駆け巡った。
「旅先で急病に倒れたエステル王子を、献身的に看護したメイド。その健気さに王子が惚れ込み、身分違いの恋を実らせた――」
そんな、ありきたりと言えばありきたりな愛の物語。しかし、それを演じるのが誰もが羨む美男美女となれば話は別だ。おとぎ話の具現化に、国民は熱狂し、二人を大喝采で迎え入れた。
この熱狂の前に、政敵である王子派が必死に広めていた「エステル王子は実は女なのではないか」という疑惑は、跡形もなく吹き飛んでしまう。
(だって、あんなに逞しくて格好いい王子が、あんなに可憐な美女と愛し合っているのだから、男に決まっているじゃないか!)
国民の誰もがそう信じて疑わなかった。
形勢は完全に逆転し、卑劣な噂を流して王位を掠め取ろうとしていた(と思われた)王子派は一気に勢いを失って失脚。こうして、晴れて『エステル王』と『レオナ王妃』が誕生することとなったのである。
元王子のメイドが、隣国の王妃へ――。
事の顛末を記した手紙を読み終え、アルノーはそっと机に置いた。
「戴冠式にはぜひ来てほしいって書いてありますよ。はぁ……。あの子たち、本当にやっちゃいましたね。なんだかんだで、めでたしめでたし、ですか」とアルノーが感心する。
「そうだねぇ。お陰で、またここには私たち二人だけになっちゃったけどね」
セラフィーナはソファーに寝そべりながら、つまらなそうに算盤をパチパチと弾いている。
レオナが淹れてくれる美味しいお茶も、給仕の時の華やかな空気も、もうここにはない。少し寂しくなった施療院の空気を紛らわせるように、セラフィーナはニヤリと不敵な笑みを浮かべてアルノーを睨んだ。
「ねえ、アルノーちゃん。紅茶の味が落ちたわね」
「そうですね」
「休憩時間の楽しみが減ったわね」
「なんですか」
「……女の子にならない?」
「いえ、結構です」
アルノーは一秒の躊躇もなく、即座に、かつ冷徹に拒絶した。
「私は男であることに、今のところ何一つ不都合を感じておりません」
「ちぇー、つまんないの。アルノーを美少女にしてメイド服を着せる計画、諦めてないんだけどなぁ」
頬を膨らませるセラフィーナにため息をつきつつ、アルノーは手元にあるもう一通の手紙に目を落とした。いつもの日常、いつものお気楽な掛け合い。だが、施療院である以上、新たな案件は絶え間なく舞い込んでくる。
「セラフィーナ様。実は、クレームというか……ある要望が届いておりまして」
「ん? 誰からさ」
「覚えていますか? 以前、貧民街で事故があった時、あなたが軽いノリで『翼』を与えた少女がいたでしょう。母親が驚いて失神してしまった、あの子です」
「ああ、覚えているわ。あの時はアルノーに怒られちゃったから、すぐに翼を消去して子供を返したんだよね」
セラフィーナが思い出すように天井を見上げる。
「その時の女の子がですね……どうやら、あの時に『翼を持っていた感覚』がどうしても忘れられないそうなんです。『もう一度あの翼が欲しい』って、毎日泣いて親をせがんでいるらしくて」
「やっぱりねぇ。あの翼、あの子にすごく似合っていたもの」
フッと嬉しそうに微笑むセラフィーナに、アルノーはさらに詳細を告げる。
「親御さんも困り果てて、市販の模造品の翼を背負わせてみたりしたそうですが、当然本物とは感覚が違うようで、まったく満足しないらしく……。何とかならないものか、とこちらに相談が来ているんです」
「なるほどねぇ……」
セラフィーナは起き上がると、あごに手を当てて考え込んだ。
「まあ、あの時は本当にその場の思いつきで生やしちゃったからね。でも、確かに普通の人間がずっと翼を生やしたまま生活するとなると、服を着るのも大変だし、実用性を考えたら『出したり引っ込めたり』が自由に出来た方が便利だよね」
「……え? そんなこと、出来るんですか?」
驚いて聞き返すアルノーに、セラフィーナはケロッとした顔で、けれどその瞳に天才魔導士特有の怪しい光を灯して笑った。
「今のところはね、そんな便利な術は出来ないわよ。――でもさ、アルノー」
セラフィーナは算盤を放り出し、楽しげに胸を張る。
「誰もやったことがない『出来る方法』を、これから新しく考え出す。……それが、一番おもしろいんじゃない!」
(やれやれ、これだからセラフィーナ様の従者は辞められない。)
アルノーは呆れ半分、期待半分の溜息を吐きながら、新しい研究のために文献の山を準備し始めるのだった。




