聖女試験に落ちたので、遺伝子操作で闇医者を始めます
セラフィーナの魔法の真髄――それは、この世界の住人が誰も知り得ない『遺伝子編集技術』に立脚した超高度な治癒魔法であった。
実は彼女、遺伝子の改編やデザイナーベビーが常識化した超ハイテク未来の世界から、この世界に生を受けた未来からの転生者なのだ。
彼女は、生まれ持った莫大な魔力と、前世の記憶にある遺伝子工学をハイブリッドにして魔法を行使していた。
「遺伝子」なんて概念をこれっぽっちも知らない他の聖女たちが、お祈りを捧げて「ああっ、傷が塞がりました、神の奇跡です!」などとやっている間に、セラフィーナは細胞レベルで超高効率な治癒を施す。それどころか、細胞の若返りや、なんなら性別の変更まで、呪文一つでパパッと可能だった。当然、他の聖女にそんな真似ができるはずもない。
(神殿に聖女として就職できれば、治癒三昧のイージーライフが送れると思ったのに……。まさか落とされるなんてね!)
セラフィーナは早々に、自分の価値を見出せなかった頭の固い神殿に見切りをつけた。
そして、有能な従者のアルノーを引き連れ、街の片隅で小さな「施療院」を開業することにしたのである。
当然、聖女試験に落ちた曰く付きの者が開いた施療院だ。大々的に流行るはずもなかった……、が開院してからそれほど経たないにも関わらずセラフィーナの超魔法は「裏」の世界で評判になっていた。
「セラフィーナ様、本日の“裏”のご予約、すべて完了しております」
「ご苦労様アルノー。今日もたっぷり稼がせてもらうわよ」
そう、一部の「裏情報」に通じたワケありの金持ちや権力者たちが、こぞってセラフィーナの施術を受けに極秘で訪れていたのだ。もちろんその中には王族や高位の貴族も含まれていた。そうしたVIPは夜陰に紛れて紋章のない高級馬車でやってきた。
セラフィーナのモットーは明確だ。「金持ちの権力者からは骨の髄まで搾り取る、そうでない者からはそれなりにいただく」。そのため、持ち込まれる依頼もなかなかに奇妙で、ぶっ飛んだものが多かった。
特に多いのが、貴族の婦人たちからの『若返り』の依頼だ。
セラフィーナが一回につき「大きな屋敷が丸ごと一軒建つレベル」の超超大金を要求しても、貴族の婦人たちは目の色を変えて、いくらでも金貨の山を積んだ。若さにあこがれるのは人の性だろうか。
夜、その日の莫大な売り上げをパチパチと計算しながら、セラフィーナはお茶をすする。
「それにしても、貴族のご婦人方っていうのは、若返りのためならいくらでも金を出すわねぇ。私、老化細胞の除去と加齢によって損傷したDNAの回復と、テロメアの長さを復旧してあげてるだけなんだけど」
ポカンとした顔で、アルノーが尋ねる。
「でぃーえぬえー? てろめあ?……またセラフィーナ様の専門用語が出ましたな。まあ、小難しいことは分かりませんが、ご婦人方は鏡を見て『まるで10代の頃のようだわ!』とか『娘時代に戻ったようだ』と涙を流して大喜びしていましたよ」
「ふふん、当然よ。私の技術は確かだもの。……でもねぇ」
セラフィーナはカップを置き、いたずらっぽくニヤリと笑った。
「テロメアをばっちり幼年期の長さにまで復旧しちゃったからさ。あのご婦人方、これから病気にもならず、とんでもない長寿になるわよ?もしかすると旦那や子供に先立たれて、めちゃくちゃ孤独な老後を迎える気がするんだけど、大丈夫かしらねぇ」
「えっ……!? んなっ、そんな恐ろしい落とし穴があるんですか!?」
アルノーがギョッとして声を裏返すと、セラフィーナは悪びれもせず、楽しそうに肩をすくめた。
「若返りってそういうものよ。時間を巻き戻すってことは、周りの時間から取り残されるってことなんだから。ま、本人にはきちんと説明して、長寿のデメリットも話しているんだけど、それでもいいって満足してるんだから仕方ないわよね?」
「悪魔だ……神殿が落とした理由はこれか……?」とあきれるアルノーを尻目に、元聖女候補の天才遺伝子マジシャンは、今日も次の大口顧客のカルテを楽しそうに眺めるのだった。




