まさかの聖女失格、だけど私は私の道を行く
「――最終実技試験の課題を発表します。この両足を失った兵士のリハビリ計画を作成してください。可能であれば、現場復帰を目指す現実的なプランを募ります。制限時間は二時間。では、はじめ!」
厳格な試験官の冷徹な声が、大理石の広大な試験会場に響き渡った。
会場の中央に置かれたベッドに横たえられているのは、痛々しくも下半身を激しく欠損した一人の若き兵士。周囲の聖女候補生たちが、その凄惨な光景と想像以上に高度な課題内容に顔を青くしていく。
しかし、伯爵令嬢であるセラフィーナだけは、一人心の中で不敵にせせら笑っていた。
(ふん、リハビリ計画なんてまどろっこしいもの、必要ないわ。欠損した下半身をその場で丸ごと再生してしまえば、職場復帰だろうがなんだろうが簡単じゃない。というか、他の聖女候補たちはどうして欠損箇所の『再生』を考えないのかしら? 制限時間内に再生させる自信がないの? ――私の魔力量と術式なら、二時間もあればお釣りがくるわ)
セラフィーナはためらうことなく歩み寄ると、若い兵士の痛々しい傷口の上へ躊躇なく両手をかざした。
「――起動、細胞増殖コード(ブースト)、組織再生開始」
その瞬間、セラフィーナの身体から凄まじい純白の魔力が噴出し、光の濁流となって彼の下半身を包み込んだ。
通常、この世界における最高峰の治癒魔法であっても、肉体の欠損再生には数日から数週間、あるいは数ヶ月の時間を要する。しかし、セラフィーナの構築した術式は違った。細胞の分裂速度を遺伝子レベルで爆発的に加速させ、ものの数分で肉体を再構成していく。
「お、おい、あの光はなんだ……!?」
「再生術を使っている受験者がいるのか!? 嘘だろ、あの規模の魔力は一体……!」
にわかにざわめき立つ試験官たち。
やがて、部屋を埋め尽くしていた眩い光がゆっくりと霧散していった。
そこに現れたのは――。
元の足を遥かに凌駕する、太く強靭な筋肉に覆われた、戦闘力抜群の兵士にとって『理想的な脚』を持った男の姿だった。
セラフィーナは満足そうに頷き、唖然としている被験者の兵士に声をかけた。
「さあ、立ち上がってみて。再生した脚の神経伝達系に違和感がないか、微調整が必要だと思うから」
「あ、あ、足が……ある……?」
若い男は困惑しながらもベッドから床へ足を下ろし、ゆっくりと立ち上がった。その場で小さく数回ジャンプしてみる。着地の衝撃を強靭な筋肉が完璧に吸収していた。
「……問題ありません! 違和感どころか、怪我をする前より身体が軽いです! これなら今すぐにでも現役復帰できます! ありがとうございました!」
男はセラフィーナに深々と頭を下げると、自らの脚で力強く地面を蹴り、嬉しさのあまりそのまま試験会場を走って出て行ってしまった。
それを見送ったセラフィーナが「よし、完璧ね」と胸を張った、その時だった。
「……セラフィーナ受験生」
試験官が、引きつった顔で彼女の前に歩み寄ってきた。その目には、驚愕と、それ以上に強い拒絶の色が浮かんでいる。
「君は『足を失った兵士のリハビリ計画を立てる』という課題に対し、いきなり再生治療を施して被験者を帰してしまった。これは試験問題の意図を完全に無視した暴挙だ。よって、君のこの試験での成績は『零点』とする。この段階で君の不合格(失格)は確定だ。今すぐ試験会場から立ち去るように」
冷酷に告げられた不合格宣告。
聖女としての適性を全否定された瞬間だった。
「神殿の聖女とは患者が歩けるようにするよりも書類の作成を重視する仕事なのですか?もしそうなら私は神殿の聖女に向いていないのでしょうね」
セラフィーナは怒りが頭をよぎったが、ここでこれ以上騒ぎを大きくして、伯爵家(実家)の親たちに迷惑がかかるのも面倒だ。
「私は目の前の患者を治せるのであれば治してあげたいと思う人間です」
受験生の名札を外して試験官に手渡し会場を後にした。
「――というわけよ! 聞いてる、アルノー!?」
伯爵邸の自室に戻るなり、セラフィーナはドレスの飾りをむしり取るような勢いでベッドに座り、幼馴染であり信頼する従者のアルノーに怒涛の勢いで不満をぶちまけていた。
「私はあのごつい男に、兵士として前よりも強くて高性能な足を与えてあげたのよ!? リハビリ計画なんてまどろっこしい提案書を作る暇があったら、その場で再生して戦線に復帰させた方がよっぽど効率的だと思わない!? 感謝されこそすれ、零点にされて失格にされる筋合いなんて爪の先ほどもないわ!」
アルノーは、慣れた手つきで淹れ立てのハーブティーをセラフィーナの前に差し出しながら、困ったように綺麗な眉根を寄せた。
「……なるほど。セラフィーナ様の実力が神殿の枠に収まらない規格外なのは重々承知しておりますが、神殿側にもそれなりの言い分があるのでしょう。それでは、私が神殿に赴き、失格の正確な裏事情を探って参ります」
アルノーはそう言うと、持ち前の広い人脈と情報網を頼りに、神殿内部の知人に接触を図るべくスマートに部屋を出て行った。
そして数時間後。戻ってきた彼の美形な顔には、なんとも言えない複雑な苦笑いが浮かんでいた。
「どうだった、アルノー?」
「……神殿の関係者が言うには、こうです。『あの受験生は実技試験の際、足を失った男にいきなり足を生やした。再生術が使える聖女は非常に稀で、本来なら喉から手が出るほど欲しい人材だが、試験問題を理解できずに他人に足をいきなり生やすような人間を聖女にするわけにはいかない。制御が効かず危険すぎるため、満場一致で即刻失格とした』……とのことです」
「なっ……! 危険ですって!?」
セラフィーナがソファのクッションを殴る。アルノーは宥めるように苦笑した。
「お怒りはごもっともですが、一般的な感覚からすれば、失格となっても無理はありませんな。神殿が求めているのは『命令に従順で、清廉潔白で、人々に御しきれる範囲の安心を与える奇跡』ですから。まさかいきなり現場で完璧以上の足を生やしてしまうような、予測不能な“怪物”を聖女に迎える心の準備はなかったのでしょう」
「そんな型に嵌まった人形がお望みの神殿なら、こちらから願い下げよ! 聖女っていうのは、いついかなる時でも目の前の怪我人や病人を最善の手で治癒するのが務めでしょうが! 目の前に重症者を置かれて、治療もせずに『リハビリの計画書』だけ作ってろなんて、医療従事者のプライドが納得できるわけないじゃない!それに私は本人にマイナスになるような治療はプライドを掛けてしないわ」
セラフィーナはベッドにバタリと倒れ込み、クッションにぐりぐりと顔を埋めた。
「私は確かにこの世界の治癒魔法(光魔法)の術式を扱えるけれど……本質はそこじゃないのよ。私の魔法は、この世界ではまだ誰も提唱すらしていない『遺伝子魔法』っていう独特のものなんだから。遺伝子の知識を応用した私の魔法を使わせれば、この世界の誰にも負けないのに」
「セラフィーナ様、まさかとは思いますが今回再生した兵士の脚の遺伝子は編集してあったのですか?」
とアルノーが恐々聞くと
「それは、もちろん!彼は兵士でしょう。戦場に戻るなら、生存確率を少しでも上げてあげるのが治療者の務めじゃない」とセラフィーナはあっけらかんと返事をした。
「……その発想が、たぶん神殿に一番恐れられた理由ですよ」とアルノーは内心思った。




