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「なのに開いている」

階段を下りきると、また通路が続いていた。


地上とは空気の質が違う。

冷たさは湿り気を帯びて重く、石の匂いも一段と濃い。

鼻を掠めるのは、鉄のような匂い。

壁には苔が生えていて、アルは素早くそれを採取した。


「……お前は本当に緊張感がないな」


「だって、遺跡の苔だよ?珍しいじゃん」


鞄に苔を入れた容器を詰め込みながら、ルカンの後に続く。


壁に装飾はなく、地上の通路を埋め尽くしていた浮き彫りもここには一切ない。

ただ石を積み上げただけの、均一で無機質な構造が続いていた。


魔法灯を向けると、通路の奥まで見通すことができた。

光は途中で薄れながらも、先へと伸びている。

地上より距離は短いように思えた。


三人はそのまま奥へと進む。

聞こえるのは靴音だけで、変化らしい変化はなく、ただ通路は緩やかに続いているように見えた。


だが、数分も進まないうちに、それは不意に途切れる。

行く手を塞ぐのは、継ぎ目も隙間もない石の壁。

崩落の跡ではなく、最初からそこで終わるように造られたものだった。


「行き止まりだ」


壁の中央には上の扉と同じ、円形と放射状の線が描かれていた。


「ここにも同じ模様があるね」


アルが指先でその輪郭に触れる。


ほんの一瞬だった。

指に伝わる石の感触が暖かくなった——ような気がした。

しかし、今はもう冷たい。

どれだけ押しても、びくともしない。


「………」


アルは少しの間手を当てて、じっとしていた。


その様子をエルリックが見ていたが、そのまま何も言わず、視線を外す。


「戻るぞ」


その言葉より先に、ルカンはすでに踵を返していた。





階段を上りきると、扉がある。

さきほどと同じ位置に、何も変わらず、閉じたままで。


そのはずたった。


「——開いている」


エルリックが周囲を見回す。

指先で壁の継ぎ目に触れるが、変化はない。

崩れた痕跡も、仕掛けが動いた形跡もない。


アルは壁の文字を見返しながら首を傾げた。


「さっきと何も変わってない気がするけど」


「なのに開いている」


ルカンは無言で扉を一瞥する。

次にアルへ視線をずらし、一拍だけ、間を置いた。


扉の向こうは、縦に長い空間が広がっていた。

長く放置された場所特有の、澱みを含んだ気配が満ちている。

魔法灯を掲げると、反射した光が石壁に広がり、部屋の隅々を照らし出していく。


左右の壁には石板が等間隔に並んでいた。

床から天井近くまで続くそれらすべてに、文字だけが刻まれている。

図形や絵の類は一切なく、ただ文字だけが記録のように並ぶ光景がそこにはあった。


「全部、文字だ」


アルが小さく呟く。


エルリックが一番手前の石板に歩み寄り、光を頼りに行を追い始めた。

指先が文字の上をゆっくりと滑り、その意味を拾い上げていく。

ルカンは入口近くに佇んだまま、遠巻きに石板を眺めている。


解読が始まってから、しばらくの間は沈黙だけが流れた。


「魔力調律、という概念が書かれているな」


エルリックの声が響いた。


「なにそれ」


アルは瞬きを一つして、石板をじっと見る。


「魔力は力で制御するのではなく、律するものだという考え方だ。押さえ込むのではなく、流れに沿わせる」


「違うの?それ」


「今の魔法の使い方とは根本的に違う」


次の石板へ移動する。

魔力調律の術式、応用、そして古代魔法の体系。

一つひとつは断片に過ぎないが、合わせると意味を成していく。


エルリックは黙々と読み進めた。



——どのくらいの時間が過ぎただろうか。

石板の数は膨大で、全てを読み切るには何日も費やすことになりそうだった。

要点だけを拾いながら読み進めたが、全体像はまだ見えない。


「これ以上は読み切れない」


エルリックが顔を上げる。


「写して持ち帰る?」


「量が多すぎる」


ルカンはすでに扉の方を向いていて、ここに入ってから一言も発していない。

視線の向きだけが、次の判断を先に決めているようだった。


「先へ進む」


エルリックの合図で、三人は部屋を後にした。





遺跡の奥。


そこはさらに深く、暗く

道が続いているようだった。


先頭を行くルカンが掲げる魔法灯の光が、長く細い影を落とす。

アルがそのすぐ後ろで、壁の彫刻を目で追いながら歩いていた。

最後尾のエルリックは、一定の間隔で静かに足音を刻んでいる。


異変に気づいたのは、一番前を歩くルカンだった。

ふと歩みを緩め、頭上の暗闇を仰ぎ見る。


「……石の音がする」


「え、どこ?」


アルが顔を上げた瞬間、石の継ぎ目からさらさらと細い砂がこぼれ落ちた。

エルリックが「下がれ」と声を出すよりも早く、天井の一角が音を立ててずれ始める。


巨大な石の塊が轟音とともに落下した。

激しく舞い上がった砂埃に視界を奪われ、アルは咄嗟に腕で顔を覆う。


やがて音が収まり、顔を上げると、そこにあるはずの二人の姿が消えていた。


「ルカン、エルリック?」


振り返ると、来た道も半ばまで瓦礫で塞がれている。

隙間の向こうに人の気配は感じるが、返事がない。


「……聞こえてる?」


「聞こえている」


エルリックの声が、重なった石の向こうから平坦に響いた。


「怪我は」


「ない。平気」


アルは短く答え、目の前の隙間を凝視した。

人が通れる幅ではない。


「どうする?」


「迂回する。合流できる道を探せ」


それだけ言い残し、エルリックの気配が遠ざかっていく。

ルカンの方からは、依然として何の音も聞こえてこなかった。


アルは魔法灯を持ち直し、通路の奥へと視線を向けた。


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