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似ているけど、違う。

遺跡のシルエットが夕闇に沈んでいく頃、馬車は静かに廃村へと滑り込んだ。


かつて人が住んでいたらしい集落の名残の建物が、砂に半分埋もれて並んでいる。

屋根が崩れ落ちているものも少なくない。

風が吹くたび、砂が建物の隙間を通り抜け、低い音を立てた。


「ここで夜を過ごすんだね」


「建物が風除けになる。砂漠の夜には好都合だ」


エルリックの言葉に従い、アルは砂の上へと降り立つ。

辺りを見渡しても人の気配は一切ない。

荒れた空気の中に、妙な静けさが同居していた。


「なんか、雰囲気ある場所だね」


「褒めてんのか、それ」


ルカンが横目で応じる。

アルは少し間を置いて「褒めてる」とだけ返した。

それ以上は何も言わず、毛布や食料を手際よく下ろし、近くの壁に立てかけていく。


「火はどうするの?」


「お前は木を拾ってこい。この辺なら手頃な廃材があるだろ」


「エルリックは?」


「周囲を見てくる」


返答は短く、その視線はすでに暗がりへと向いていた。


アルは廃村の奥へ足を踏み入れ、使えそうな木材を探す。

崩落した木の板が砂に埋もれていたので、端を掴んで引き抜いた。

重さを確かめるように抱え直し、そのまま野営地へ。


ルカンが無言でそれを受け取ると、手際よく焚き火を組み始めた。

やがて、エルリックも戻ってくる。


「問題ない」


その一言を合図に作業が進み、夜の準備が整った。





焚き火の火勢が安定したころ、夜の冷気が降りてきた。

昼間の熱気が嘘のように、空気が急速に冷えていく。

アルは厚手の毛布を肩にしっかりと巻き直し、火に手をかざした。


「本当に寒くなるんだね」


「これからまだ冷える」


エルリックが鍋を火にかける。

干し肉と乾燥野菜を放り込み、水を注ぐ。

旅の食事らしい簡素なものだが、その手際に迷いはない。


「これ、エルリックが作ってくれるの?」


「何か問題があるか」


「ないない、助かるよ」


ルカンが無言のまま木の棒で薪を突き、火の加減を調整する。

その横でエルリックが静かに鍋をかき混ぜる。

アルはそんな二人を交互に眺めた。


「なんか、所帯じみてるね」


「そういう言い方やめろ」


ルカンが即座に反応した。


「エルリックが料理をして、ルカンが火の番をして……私、何もしてない」


「気づいたなら動け」


言われるがまま、毛布を羽織った姿で鍋の蓋を押さえる役を買って出た。

横から小さなため息が聞こえる。

アルは気にする素振りも見せずに、真剣に鍋の蓋を押さえていた。


しばらくして、鍋の中から良い匂いが立ち上ってきた。

アルが「わあ……」と声を上げ、エルリックが椀に分け、二人に差し出す。


「おいしい!」


「干し肉と野菜を煮込んだだけだ」


「それがおいしいんだよ。ね、ルカンはどう?」


「まあ、食える」


「『まあ』だって」


エルリックに報告すると「聞こえている」と短い返事が返ってくる。

ルカンは黙ったまま椀を傾けていた。


食事が終わると、焚き火の前に再び静けさが戻ってくる。

三人は何をするでもなく、ただなんとなく焚き火の周りに集まっていた。

その中でアルが「さて」と立ち上がり、廃村の端に足を向けた。


砂漠の夜は深い。

遠くで鳴る風の音と、焚き火が小さく爆ぜる音だけが響いている。


崩れた石壁の影に近づいた時、小さな光を見つけた。

近づいてよく見れば、それは見たことのない植物だった。

砂の隙間から細い茎が伸び、その先に白い花が咲いている。

そして、それはかすかに光ってみえた。


「………」


しゃがみ込み、顔を寄せる。

どこかで見た記憶があった。


——そうだ。

自宅の窓際に置かれている、あの花。

ほんのりと光る、白い花。

アルのお気に入りの植物だ。


だが、同じではない。


「似ているけれど、違うね」


触れてみようと、指先を伸ばす。


「アル」


突然背後から聞こえた声に振り向くと、いつの間にかエルリックが立っていて、こちらを見ていた。


「砂漠の植物は、昼間と性質が変わるものがある。触るな」


伸ばしかけた手を止める。

改めて花を見ると、確かに昼間の植物とは違う気配が宿っているように見える。


「……スケッチは?」


「それならいい」


急いで図鑑を取りに戻り、再び花の前に腰を下ろす。

白紙のページに、花びらの輪郭を丁寧に描き始めた。


少し離れた場所で、エルリックは周囲を見ていた。

風の向きに合わせ、視線だけが動く。


スケッチを半分ほど終えたころ、不意に風の流れが変わった。

さっきまでの乾いた風とは違う、重い風だ。

砂が舞い上がり、焚き火の炎が大きく揺れる。


「砂嵐が来る」


エルリックの低い声。


「戻るぞ」


アルは即座に図鑑を閉じ、立ち上がった。

しかし砂嵐が来る方が早く、砂が一気に吹きつけ、視界を塞いでくる。

目を開けていられず、砂に足元を取られてぐらりと体が揺れた。


次の瞬間、腕を掴まれた。


ルカンだ。

何も言わず、アルの腕を掴んだまま焚き火の方へ引いていく。

最初、アルは自分の手を引く人物が誰かわかっていなかった。

砂嵐で自分の足元さえも見えていない状態だったから。


建物の壁際まで戻ると、吹き荒れる風がようやく遮られた。

砂嵐の規模は小さく、数分もしないうちに風は落ち着いていく。


砂が入って痛む目を擦り、アルは数回瞬きをした。

焚き火の前に戻り、何事もなかったかのような顔で座り直しているルカン見て、ようやく気づく。


「ルカンだったんだ。ありがとう」


「礼はいい。お前、一人でフラフラするなよ」


アルは素直に頷いた。

見ればエルリックも戻ってきている。

周囲が落ち着くと、三人は再び輪になった。

さっきまでの騒がしさが嘘のように、夜はまた深い静寂に包まれている。


アルは膝を抱え、揺れる炎をじっと見つめながらルカンに話しかけた。


「ねえ」


「ん」


「ルカンは魔法使いだよね。魔法って、楽しい?」


ルカンは炎を見たまま動かない。

しばらくしてから、小さく答えた。


「……さあな」


いつもの返しと同じはずなのに、その響きは少し違って聞こえる。

アルはルカンを見ていたが、それ以上追求することなく「そっか」とだけ返し、また炎を眺め始めた。


その様子を、エルリックが静かに見ていた。

視線が一瞬、腕輪に止まり、すぐに逸れる。


それきり、誰も言葉を続けなかった。




夜は更けていく。

焚き火が次第に小さくなり、影が廃村の壁に長く伸びる。

アルは砂の上に仰向けに転がり、空を見た。


砂漠の空は遮るものがない。

端から端まで、星で埋め尽くされている。

こんなに広い空は、旅に出てから初めてのことだった。

大きく息を吸うと、砂の匂いが体中に広がっていく。


「遺跡、明日から入るんだね」


「そうだ」とエルリック。


「朝は冷える。準備は早めにしておけ」


「わかった」


途端、しんとした静寂が降りる。


「おやすみ」


ルカンは答えない。

代わりに、衣擦れの音だけが小さく聞こえた。


「……おやすみ」


エルリックが短く返し、横たわる気配がした。


焚き火がパチリと音を立てる。

残りは、ほんの僅かだった。



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