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【25200PV感謝】剣に見込まれヒーロー(♀)に 乙女の舞で地脈を正します 剣巫女・剣奈 冒険の旅  作者: 夏風
第十四章 剣奈の苦難 転校先でのいじめ

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243 保健室への逃亡とセーブポイント

 国語の時間になった。


「じゃあ次は……久志本さん」

「はい」


 剣奈は立ち上がり、教科書を読み始めた。

「そのとき、太郎は――」


 読み始めた瞬間、後ろでくすっと笑いが漏れた。

「声作ってない?」

「アニメのヒロインみたい」

「やだ、「わたしのかわいい声、聞いて?」」


「「「あはははは」」」


 意識した途端、剣奈の声が上ずった。文字が目の前でふわふわと踊っているように見えた。

(ボクの声、おかしいのかな……)


 ――――


 結衣、彩花、真由、七海によるいじめは執拗に続いた。

 

 理科の時間、剣奈が先生の質問に答えた。すると、

「はいきた、クイズ王」

「また答えるの?すごーい」


 音楽の時間、剣奈は高く澄んだ声で歌い出した。すると、

「歌まで上手いアピかー。さすが抜かりない」

「男子の前だもんね」

「やだ、エローい」


 なにをやっても、聞こえよがしの嫌みを言われた。彼女らの声が、剣奈の心をじわじわと追い詰めていった。


 そうした声と雰囲気に担任の由香里はもちろん気づいていた。けれど、黒板に図を描いたり、教科書を読むのに忙しいふりをしながら、彼女らの声に気づかない風を装っていた。


(まあ、女子同士のよくあるやつでしょ。あんまり首つっこむと面倒だもんね)

 そう心の中でつぶやきながら。


 そんな日が、いくつも重なった。


 ある朝。


「……お腹、痛い」

 玄関で靴を履きながら、剣奈が小さくつぶやいた。


「大丈夫?」

 千剣破が心配そうに声をかけた。

 

「う、うん。ちょっとだけ……」

 そう答えながら、剣奈は胃のあたりを押さえた。きゅうっと、ひねられるような痛みがあった。


 キュウウ


 金弧が剣奈に寄り添って腕をぺろぺろと舐めた。白蛇が腕に巻き付いて頬をぺろりと舐めた。


「あ、だ、大丈夫だよ。ごめんね、心配させて」

(ただの緊張。……きっと、ただの緊張)


 剣奈は自分にそう言い聞かせてランドセルのベルトを強く握った。

「行ってきまーす」


 けれど…… 教室に着いても、胃の痛みは消えなかった。イスに座っているだけで、嫌な汗がじわりとにじんできた。


「先生……」

 三時間目の前、剣奈はついに手を挙げた。


「どうしたの?」

「……お腹が、ちょっと痛いです」


「やだー うんちー?」

「はしたなーい」

 

「「「あはははは」」」


 由香里は、一瞬だけ眉をひそめたのち、すぐに笑顔を作った。

「大丈夫よ。保健室に行ってらっしゃい」


「うわっ、サボり」

「演技ばっかだと疲れるもんね」


「「「あはははは」」」


 結衣たちのひそひそ声が、背中を追いかけてきた。廊下を歩く足が、少しふらついた。涙がこぼれた。保健室の白いドアが、やけに遠く見えた。


 コンコン


「どうぞー」

 保健室の中から、のんびりした声が聞こえた。


「失礼します……」

 

 剣奈が保健室のドアを開けた。白いカーテンとベッドが並び、その奥の机に、茶色の髪を一つに束ねた女性が座っていた。


「久志本さん、どうしたの?」

 保健室の田島玲子が、顔を上てゆっくりと優し気に微笑んだ。


「ボク、お腹が痛くて……」

「どう痛いの?」


「お腹が…… きゅって」

「「きゅっ」ね。ここ?」

 玲子は、指先でそっとみぞおちのあたりを指した。


「……もうちょっと下」

「ここ?」


「……はい」

「よし。じゃあ、とりあえず横になろうか」


 剣奈は言われるまま、ベッドに横になった。天井の白さが目にまぶしかった。


「最近、朝になるとお腹痛いの、多くなってきた?」

「……はい」


「ごはん、食べられてる?」

「少しだけ……」


 玲子はすぐには深くは聞くようなことはしなかった。何気ない会話。そして、「そっか」と短いうなずき。玲子は保温材をタオルで包んで剣奈のお腹に当てた。


「大丈夫よ。ここはね、逃げてくるところでいいから」

「逃げて、くるところ……?」


「教室で苦しくなったら、「セーブポイント」に来た、って思いなさい」

「セーブ、ポイント……」


「ほら、ランドセルにポラクエのストラップ付けてるでしょ。ああいうので出てくるやつ」

 剣奈は思わず顔を上げる。


「……え?」

「昔、ちょっとやってた。今は子どもたちがやってるの見てる専門だけどね」

 玲子が微笑みながら剣奈を見た。


「敵と戦う前に、ちゃんとセーブするでしょ? ここでちょっと休んで、また戻るかどうかは、そのとき決めればいいから」

「……教室に戻らなくても、いいんですか?」


「その日はね。毎日は困るけど」

 玲子は、ふっと目を細めた。


「でも、転校してきてまだひと月ほどでしょ。お腹の「きゅっ」ぐらい、当然よ」


 チクチクチクチク


 保健室の時計の針が、静かに進んでいった。教室のざわめきは、ここまでは届かなかった。


(……ここ、ちょっとだけ、落ち着く)


 胃の痛みはまだ残っていた。けれどさっきよりは、息がしやすくなっていた。そして休み時間が終わるころになった。


「どうする?このままここにいる?」

「……教室、戻ります」


「そっか。えらいね」

 玲子は、何も言わずに頭を一度だけなでた。


「また痛くなったら、おいで。今日は二回までセーブしていいことにするから」

「二回まで……」


「ゲームだって、セーブデータ二つぐらい持てるでしょ?」

 玲子の軽口に、剣奈の心がふっと軽くなった。


「ありがとうございました」


 保健室を出るとき、剣奈は少し微笑んだ。そして教室へ戻る廊下の途中、窓から井の頭の森を見た。木々の葉っぱが、薄い光の中で揺れていた。


(玲奈姉…… ボク、ちょっとだけ逃げちゃった)


 胸の中で小さくつぶやきながら、剣奈は教室のドアに手をかけた。教室の空気は、何も変わっていなかった。結衣たちの笑い声も、相沢たちの話し声も、そのままそこにあった。それでも、保健室と公園のベンチ、二つの「セーブポイント」。それは剣奈にとってささやかだけれども、それでも確かな救いの場所になった。


 剣奈へのいじめは始まったばかりだった。けれど同時に、守ろうとする小さな手も、確かに動き始めていた。

 

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