241 仲間はずれとわけっこおにぎり
剣奈が井の小に転校した日の授業が終わり、下校時間になった。
「剣奈、一緒に帰ろ」
昇降口で剣奈が上履きをしまっていると、桜井結衣が何でもない顔で声をかけてきた。後ろには彩花と七海と真由が並んでいた。
「う、うん」
剣奈の胸の奥がふわっと軽くなった。
(もしかして、もう仲良くなれたのかも)
そんな期待が、ランドセルの重さをすっと忘れさせた。
校門を出て、商店街へ向かう道を歩くあいだ、結衣たちはクレープ屋の話や好きなアイドルの話で盛り上がっていた。剣奈は相づちを打つだけで精一杯だったが、それでも「輪の中」にいる感じがうれしかった。
そして四人は小さな十字路の角にきた。結衣がふいに立ち止まった。
「あ、ごめん。やっぱ一緒に帰るの無理。こっち寄ってくから」
「そうそう、今日は彩花んち行くんだった」
「宿題、一緒にやるんだよねー」
彩花と七海と真由が、ほとんど同時に話を合わせた。自然な会話の流れだった。
「じゃあね、剣奈。また明日ね。バイバイ」
「「「「あはははははは」」」」
三人は軽く手を振ると、くるりと背を向けた。笑いながら、あっという間に、角の向こうへ消えていった。
「あ……うん。また明日。バイバイ……」
剣奈は突然走り去っていったみんなに声をかけた。しかし彼女たちはとっくに走り去っていった。剣奈の声はむなしく風に溶けた。ふいにランドセルの肩ベルトが、急に重く感じた。中身は朝と同じはずなのに、肩に食い込む感覚だけがずっしりと感じられた。
(……そっか。ボク、やっぱり「おまけ」だったのかな)
笑い声の残像だけが、道に取り残されていた。いつもの道ならここを曲がって家へ向かう。けれど今日の剣奈は、なぜか足をそのまま前に出した。井の頭公園の入口が見えた。剣奈はふらりと、公園の中へ足を踏み入れた。
転校初日の午後の公園は、思ったより静かだった。ベビーカーを押す母親、小さな子ども、池の周りをジョギングする男性。剣奈はベンチに腰を下ろした。その瞬間、ふっと全身から力が抜けていった。
「ランドセル、重い……」
ぽつりとこぼれた言葉は、誰もいない空気に溶けていった。
(玲奈姉……ボク、ちゃんとやるって言ったのに。初日からこれじゃ、情けないよね)
視界が少し滲みかけた、そのとき。
「……お前も、肩やばい?」
不意に声が聞こえた。剣奈がぼんやりと顔を上げると、反対側の端にランドセルをどさりと置いて座り込む男子がいた。ぼさっとした前髪、見覚えのある顔。
「く、黒川くん?」
「お、やっぱ久志本か。さっきのボクっ娘」
黒川悠斗は、肩をぐるぐる回しながら、大げさにため息をついた。
「ランドセル、マジで凶器だよな。教科書入れたら、もう凶悪武器」
「……うん。ボクも、ちょっと限界」
思わずまた「ボク」と言ってしまい、はっと口を押さえる。黒川は気にした様子もなくにやりと笑った。
「だろ?たまにさ、ここ寄って休憩してんの。今日、疲れたしさ」
そう言って、黒川はコンビニの袋をごそごそとあさった。袋の中から、二つ入りのおにぎりパックを取り出した。ツナマヨの小さな文字が剣奈に見えた。
「……食う?」
「え?」
「二個入り買ったけど、そんな食えねーし。半分やるよ、転校初日おつかれ」
黒河はペリッっとラップを割って、片方を当たり前のように剣奈に差し出してきた。指先に海苔のかけらがついていた。
「で、でも……もらっていいの?」
「いいよいいよ。オレも一年のときやられたからさ」
「やられた?」
「「一緒に帰ろ」って言われて、角で「やっぱ無理」ってやつ。……あれ、けっこうくるよな」
黒川は、明るく言った。笑い飛ばそうとしているのが、なんとなく伝わってきた。
「ここ、オレの隠れ休憩ポイント。ランドセルおろして、なんか食って、「まあいっか」って思う場所」
剣奈は、自分の手の中にある半分のおにぎりを見つめた。海苔が少ししわしわになっていた。
「……じゃあ、ボクも、ここ好きになっていい?」
「は?」
「黒川くんの、隠れ休憩ポイント。ボクも、たまに一緒に来ていいかなって」
言った瞬間、剣奈の顔が熱くなるのを感じた。黒川は一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。
「いいんじゃね? 転校生専用席作っといてやるわ」
「せ、専用席?」
「そこ。さっきお前が座ってたとこ」
「あは」
ヒュウ
池から、風が吹いてきた。ランドセルの重さは変わらないはずなのに、肩にかかる感覚が、さっきよりほんの少しだけ軽い気がした。
(玲奈姉。ボクね)
剣奈は、心の中でそっとつぶやいた。
(転校初日に、ちょっとだけ好きな場所と、お友達ができたかも……)
九月の夕方の光が、井の頭公園のベンチを静かに照らしていた。




