236 帰京
その日は大わらわの一日になった。剣奈の武蔵野市への再編入と転校手続きを済ませた千剣破は中央線に飛び乗り、東京駅を目指した。新宿で降りて品川で新幹線に乗る経路も考えられるが、乗り換えの時間を考えると、そのまま中央線で東京に向かった方が便利でもあり、千剣破は大阪に向かうときいつも東京駅起点で行動していた。
一方、連絡を受けた千鶴は大慌てで剣奈の帰京の準備を整えた。問題は白蛇と玉藻の扱いであったが、金狐の姿でキャリーに入れて荷物を増やすより、人型の玉藻姿で荷物運びの戦力になってもらうことにした。運賃は余計にかかるが、その方がよいと判断したのである。千剣破にもその旨が連絡された。岩屋の犬は宝梅に残されることになった。犬は寂しそうにしていたが、千剣破のマンションでは犬を飼うのが難しいため、仕方のない決断であった。くうん。犬は寂しそうな泣き声をあげつつ犬小屋に入っていくのだった。
そうこうしているうちに佐伯から「明日から入院できることになった」と連絡が入った。それにより、新幹線の座席は千剣破、剣奈、玉藻、藤倉、玲奈の五名分が確保された。結構な金額になったが、藤倉が「自分と恋人の玲奈の分は自分で払う」と主張した。千剣破はありがたくその申し出を受け取った。また、千鶴から千剣破に剣奈の生活の始まりへの軍資金として、交通費と合わせて二十五万円が封筒に入れて手渡された。千剣破は「お母さん、ありがとうございます」と深く頭を下げた。
三鷹で人気の桃林大学病院に即日入院可能となるのは破格の待遇であった。それに加え、佐伯から入院費の補助を打診された。しかしそれは筋違いの気がするし、紐付きになるのも嫌なので千剣破は辞退した。
――千剣破さん、後に玲奈さんの入院費がかさんで、この辞退を後悔しなければいいのだが…… いやしないか。歯を食いしばって頑張るに違いない。
さて、千鶴は剣奈の赤飯をたいてのお祝いをする予定だったが、新大阪駅の駅構内でささやかなお祝いをすることにした。剣奈のこの一言が決め手となった。
「ボク、赤飯も好きだけれど、大阪風お好み焼き食べたいかなぁ」
やがて車いすをもった藤倉が到着し、一行は宝梅の久志本家を後にした。剣奈は久志本家を振り返ってしばらくじっと見つめていた。剣奈の淡路大冒険の起点となった家である。なんども死地から脱してこの家に帰ってきた。剣奈チーム、セイント・スノーソードにとって、まさに「ホーム」であった。剣奈は胸に去来するこの想いがどんな感情なのかわからない。けれど、熱いような、懐かしいような、甘酸っぱいような、郷愁をさそうような気持がないまぜとなり、じっと久志本家の白い外壁を見ていた。
「行こう」
そうして剣奈は一言、そうつぶやくと歩き出した。右手に千鶴、左手に玉藻の手をしっかり握って。思いを振り切って歩き出す風のカッコいいことを言ったつもりになりつつ、行動はただの甘えん坊であった。白蛇はリュックの中でそんな剣奈を見ながらニヤニヤしていた。来国光は銃刀法違反問題を避けるため、隠れ場に帰ってもらっていた。剣奈が女性のままで生きる覚悟をしたせいか、来国光が隠れ場に戻った後も、剣奈の身体は男性化幻惑がなされることはなくなっていた。剣奈はそのことにまるで気が付いていない。
「うわぁ!お好み焼き大好き」
剣奈は豚玉チーズモダンと、海鮮ミックスを前に大喜びだった。その場になると、白蛇はちゃっかり少女姿の人型になり、お好み焼きを楽しんだ。千剣破は白蛇にも戸籍が必要ではないかと悩んだ。しかし、白蛇の外見で戸籍を取得すると小学校に通う必要がある。しかも、外観を「成長」に合わせて変えてもらう必要がある。千剣破は本人に確認することにした。
「国の人から玉藻さんと白さんに戸籍か、それに代わるものを用意するって言ってたけれど、白さんの場合、そうすると学校に通って「成長」してもらう必要が出てくるのだけれど、お願いしてもいいかしら?」
「む?妾は戸籍などいらぬぞ?妾は基本蛇姿じゃからの。かっかっかっか」
「そうなのね。わかったわ。玉藻さんは人型でいることが多いでしょ?もらってもいいかしら?」
「そうね。剣奈ちゃんと一緒にいるときに職務質問とかされたら面倒ですものね」
玉藻、いつの間にやら、しっかりと現世のことについて話が通じるようになっていた。まさか、彼女の口から「職務質問」などという言葉が出ようとは思わなかった千剣破である。
「その場合、見かけ上の都合で、さすがに私の子供というのは無理があるので、私の妹、千鶴母さんの娘ということでいいかしら?」
「ええ。よろしくてよ、千剣破姉様、千鶴母様」
「むむ?見事な若作りじゃの」
白蛇がジト目で齢数千年の玉藻を見た。
「ひっ」
玉藻から静かな殺気が流れた。白蛇は肩をすくめて玉藻に必死で謝っていた。
「にひひ。二人はすっかり仲良しになったね」
そんな様子を見ながら剣奈はニコニコしながらお好み焼きを頬張っていた。
「剣奈の転校は明後日になるけどいい?」
「良くはないけど…… いつまでもそのままにしておけないし、しょうがないよ」
女の子として学校に行く決心がいまだついていない剣奈が言葉に詰まりながら答えた。剣奈がうつむいて涙ぐんだ。
「剣奈ちゃん」
その様子を見て玉藻は静かに剣奈の肩を抱き寄せ、頭をやさしく抱擁するのだった。




