6章 2部「この世界との別れ」
特殊隊の駐屯所にいるユイトとミコトの元に王宮から知らせが届いた。
「二日後に儀式の準備ができるわ。それまでに準備をしておきなさい」
とのことだった。
準備というのは、身辺整理と別れを言う人へ挨拶をしておけということだろう。
と言っても、シズクとアカリは儀式の際に会う上、二人とも忙しいだろうから最後の時でよいと考えた。
ミコトは特殊隊の面々数人に挨拶するだけだろうから、それはミコト自身でやるだろう。
そう思い、ユイトは一人療養中のケンタの元へ向かった。
***
ケンタが住む家まで足を運んだ。
特殊隊の人間が世話をしていたので挨拶を済ませ、中に通してもらう。
「ケンタ、入るぞ」
「ユイト様、このようなところに申し訳ありません」
「いいんだ、寝てろ。絶対安静だろ」
起き上がろうとしたケンタを寝かせ、ユイトも座る。
「今日はどうされたのですか? 」
と、聞かれるユイト。
「2日後に儀式の準備ができるそうだ。こうやって落ち着いて話せる機会は最後になるだろうからな。会いに来た」
そう告げると、ケンタの顔が固まる。
だが、それも一瞬の事。すぐに「そうですか。おめでとうございます」と返してくれた。
「すべてはケンタ無しでは事を成せなかった。
改めて、お礼を言うよ。ありがとう」
そう言い、頭を下げた。
そして、ケンタはこう言った。
「頭を上げてください、我が主よ。
今の私たちがあるのも、あなたのおかげです。
こちらこそお礼を申さなければなりません」
そう言うケンタの目は涙ぐんでいる。
「貧困の中から救ってくれた、私だけじゃない。
皆をどうしようもない、貧困の中から救ってくれました。
どうお礼を申し上げたらよいかわからないですよ。本当に」
泣くのを必死にこらえるケンタ。
ユイトも泣きそうになっていた。
「今日は語ろうか。これまでの苦労を、思い出を」
「ええ……、ぜひ」
こうして、二人は夜まで思い出を語り合った。
***
夜に特殊隊の駐屯地に戻った。
もう一人、会っておかなければならない人物がいるからだ。
まだいるかと思い、執務室を除くとお目当ての人物がそこにいた。
「イノリ、少しいいか」
「あっ、ユイト様! 」
そう言うと、筆を机に置き、立ち上がろうとした。
「いや、そのままでいい。俺も座るぞ」
そう言い、土間を上がり座るユイト。
「どうされたのか、と申し上げたいところですが、儀式のことですね」
「ああ、二日後。俺はこの世界を去ることになった」
「そうですか、おめでとうございます」
笑顔でそう言ってくれる。
「最初の奪還作戦の際に、イノリが動いてくれなかったら、すべてが始まらなかった。
街道で行き倒れていたアカリを治癒してもらったのも、助かった。
あいつが最後、王に致命傷を入れる手柄を立ててくれたわけだからな」
「それは結果的にそうなっただけで、私はあなた様に仕える臣下です」
そう言い切ってくれる。
「だが、こんな俺を許してくれ。
俺は、イノリが応じてくれるであろうことを期待して、最初に声をかけた。
最初に裏切らせた、いや、裏切ってくれると思って声をかけたことを」
少しの間、沈黙が流れる。
そして、イノリが口を開いた。
「まず初めに、このことをお伝えすることをミコト様は了承してくださっています。
そして、どうかこのご無礼をお許しください」
そう言うと、泣きそうな顔でこう訴えてきた。
「私は、嬉しかったです。
好いている人に頼ってもらえて、
一度死んだと思っていた人とまた会うことができて」
「……うん」
「ユイト様は私の思いに気が付いてらっしゃたようですね」
「済まない」
そう言い、頭を下げるユイト。
「いいんです。あの時のユイト様はどこか達観しているというか、生を諦めていらっしゃったようでしたので。
私が、この気持ちをお伝えする勇気がなかったのです」
イノリは続けて言った。
「ですが、生きる希望を与えてくださったのは、ミコト様。ですよね」
「ああ、そうだ。ミコトがいなかったら元の世界へ帰る。
という諦めていた願望を、再び持つことはなかった」
「そうですよね……」
と、黙り込んでしまうイノリ。
だが、少したってイノリは口を開いた。
「ユイト様、最後に少しだけ、身勝手をお許しいただけますか」
「うん、いいよ」
と、即答するユイト。
その言葉で、ユイトに寄っていくイノリ。
そして、顔をユイトの胸にうずめ、抱き着いた。
「抱きしめて……くれませんか……」
イノリの希望通りぎゅっと抱きしめ返すユイト。
やがて、嗚咽を漏らしながら泣き始めるイノリ。
執務室にイノリの泣き声が木霊するのであった。
***
そして、二日後。
いよいよ元の世界へ帰れる日だ。
荷物もほぼすべて処分、あるいは形見として譲渡しこの日を迎えた。
「ミコト、準備はできたか」
そう部屋の前でノックし声をかけると、戸が開いた。
「はい、私は準備万端です」
「よし、じゃあ行こうか」
「はい! 」
そう言い表へ出て、二人で馬車の荷台に乗り込んだ。
「それじゃあ、行きますね」
そうイノリが言うと手綱を操作し、馬車は動き出した。
***
王宮に着くと、歩いて門をくぐった。
以前は魔法で飛び越えた門も今回は、通すために開いていた。
そして、魔法の実験場である大きい庭に通された。
そこには、巨大な魔法陣が書かれており、周りには焚火や触媒などが置かれていた。
「二人とも来たわね」
祭壇で準備をしていたシズクがこちらに駆け寄ってきた。
「ああ、今日はよろしく頼むよ」
「ええ、こちらこそ」
そう挨拶を交わす、ユイトとシズク。
二人は無言のまま見つめあう。 言葉はいらなかった。
元々、雇われの身だ。
これはお互いに利があってやったこと。
ただそれだけを確認するのに言葉はいらなかった。
「シズク様。あの……」
と、声をかけようとするミコト。
「ミコト、時間的にちゃんと会話できるのはこの機会が最後になるわ。
だから、言っておくわね」
「は、はい」
何を言われるのか、固唾をのむ。
「本当に来てくれて、ありがとう。
そして、さようなら。異世界の私の友」
そう言い、ミコトに抱き着いたシズク。
その目には涙が浮かんでいた。
「シズク様……。お世話になりました」
そう言いぎゅっとミコトも抱き着く。
しばらくその姿勢のままだったが、やがて二人は離れ
「それじゃあ、儀式を始めるわ。
術式が起動したら魔法陣の真ん中へ来てね」
そう言い残し、祭壇へ向かっていったシズク。
そして入れ替わるようにアカリがこちらにやってきた。
「ユイト、ミコト。改めてお礼を言わせてもらいたい。
本当にありがとう」
「本当に大変だったよ。特に尋問の時」
そう口にしたユイトだったがアカリは不満そうに「仕方ないだろ、そういう役回りなんだから」と口にした。
だが、二人とも、最後は笑みがこぼれていた。
「アカリさん。私、何と言ったらわからないんですけど……」
そう言いながら、アカリの手を握り、
「シズク様共々、どうかお元気で」
その言葉に、アカリも「ミコトも、ユイトもな、どうかその行く末に幸あれ! 」そう言った。
そうしていると、魔法陣が光りだした。
「行こうか」
「はい! 」
そう言うとユイトとミコトは魔法陣の中心へ向かって歩き出した。
「前にも言ったけど、あなた達が召喚された直後の時間へ送り返すわ。
どうか元気でね! 」
そう言うと、シズクは空高く大杖を掲げ、詠唱を始めた。
「ユイトさん」
「どうした? 」
「向こうの世界でも、絶対会ってくださいね」
そう、目を見つめながら見上げてくるミコト。
「ああ、絶対だ」
そう言ったのと同時に、周りが眩いほどの温かい光に包まれる。
そしてそこで意識が途絶えた。




