偽の父親
「恐らくマリアさんはどこかの名家の令嬢であると考えられます」
「はあ……そうなのでしょうか?」
リヒテンシュタイン侯爵は、記憶のない私(嘘で申し訳ないです)の家族を懸命に探してくれていた。そして、意外なことに、それは簡単に見つかるかもしれないとのことだ。
「あなたの手は、労働したことのない者の手です」
確かに私のこの世界での体は、日に焼けたことのない肌に、傷のない手をしていた。元の世界でも同じなので、特に違和感がなかったけれど、階級が分かれているこの世界では特別らしい。
「そして甘味にも驚かれず、初日に要望をお聞きした時に、風呂を希望されました」
「贅沢でしたか?」
「いえ、当家でも風呂は毎日入りますが、普通の貴族ではそうはいきません。風呂に入る習慣をもともとお持ちの家だったということです」
記憶喪失を偽っても、染みついた習慣というのは抜けないもの。前の世界での暮らしは、文明の遅れたこの世界からすると、とても贅沢なものだったのだと思わされる。
「そのうえ、シスターであることを考えると、周囲の街に赴任していたのかもしれません」
侯爵様の推測はこうだ。
名家の令嬢である私に魔力があることがわかり、貴族の義務としてその力を国のために使うことにした。神聖魔法の適性があったため、教会でシスターに叙任され、新人なので経験と社会奉仕のために、診療所を兼ねる地方の教会に派遣されていたのではないか。
「それで、私に思い当たる方がいます。近隣の領地を授かっているバルミラ伯爵です。先代の伯爵が大変聡明な方で、領地経営で大きな利益を得るようになりました。そして、マリアさんくらいの歳の令嬢がいらっしゃると耳にしたことがあります」
「そうですか? その方が私の家族なのでしょうか?」
もちろん家族なわけがないのだけど。
「そう心配なさらずに。私もついていきますから大丈夫ですよ」
侯爵様は私の表情を誤解したのか、紳士的な笑みを浮かべてそう言った。
そういうわけで、私はリヒテンシュタイン侯爵と一緒に、バルミラ伯爵の屋敷に出向くことになった。侯爵様が手紙を出してくださった返事には、ちょうど伯爵の娘の行方がつかめなくなっていると書かれていた。
行ってみると、確かにバルミラ伯爵の屋敷はすごかった。侯爵様の方が地位は上のはずだが、それは関係ないらしい。でも、そこかしこに置かれたものが新しいものばかりなうえ、全体的な調和がとれていないせいで、やけに成金趣味に見えなくもない。
どちらかと言えば、侯爵様のお屋敷の方が古くて小さいけれど、伝統と気品を感じるから私の好みだ。
「確かにエリーゼだ! 間違いない」
バルミラ伯爵は私を見るなり、その大柄……いや豚のようにまるまると肥えた体を揺らして叫んだ。
「今までどのように過ごしていたのだ。心配していたんだぞ」
「伯爵? 彼女はマリアという名前のようだが?」
「いや、記憶喪失ということですから、思い違いをしているのでしょう。マリアは乳母の名です」
「そうでしたか……マリア、いやエリーゼ、家族が見つかってよかったですね」
侯爵は心底安心しきったように笑った。
「私の……お父様?」
「そうだとも、忘れてしまったのか? でもこれから徐々に思い出せばよいさ」
この豚伯爵は、何を言っているのか? もちろん彼との血縁関係はない。
けれど何をたくらんでいるのか分からない以上、退屈もしていたし、少しこの話に乗ってみることにした。
私はお世話になった侯爵様を見送って、案内された寝室に入った。
豚伯爵が言うには、今日は疲れただろうから、しっかり休むようにとのことだった。
「お嬢様……あの……」
身の回りの世話をしてくれることになった侍女が、何かをいいたげに口ごもった。
「何?」
「私はこのお屋敷に5年ほどお仕えしておりますが、お嬢様をお見かけしたことがありません。おそらく、伯爵様は……」
「嘘をついているということね?」
「……はい」
顔を真っ青にした侍女は、手のこぶしを握り締めて言った。
「すぐにお逃げください」
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