マリアお嬢様
私はバルミラ伯爵家にお仕えするセバスチャンと申します。齢は60を超えておりますが、まだまだ若い方々には負けておりません。
先代の伯爵様の時からかれこれ50年近く、こちらのお屋敷でお世話になっておりますり、今では執事長の立場までいただいております。
最近、バルミラ伯爵家に新しい主人が加わりました。それが旦那様のお息女、マリア様です。
お嬢様は、それはそれは美しいお顔立ちのご令嬢でございます。おそらく、成長した暁には傾国の美女といわれても納得の美しさです。
諸侯だけでなく、王族や他国の諸王を巻き込んで、お嬢様のお心を得んとする男性が群がるとしても、全く不思議ではございません。そのために、戦乱や圧政で国が亡ぶとしても。
しかし、お嬢様を見ているとそのような心配はないようです。
何しろお嬢様は、民のことをよく考えておられるうえ、とても聡明な方だからです。殿方の気を惹こうとやっきになっている同じ年頃のご令嬢と比べると不思議なほどに、そのようなことには慎みを持たれているようです。
とはいえ、お嬢様さえその気になれば、このセバスが責任をもって三国一の婿を探す所存でございます。
そんなマリアお嬢様でございますが、その出自には不明な点が多くございます。
旦那様はマリア様をご自分の娘だとおっしゃっておられますが、執事長の私でさえ、マリア様の存在を存じておりませんでした。
旦那様がどこで羽を伸ばされようと、当家の執事やメイドが後処理をしてまいりましたから、私共が存じてないご子息がいらっしゃるはずがないのです。
最初は、お嬢様が来てからすぐに旦那様が心を病んでしまわれたので、ほとんどの召使は不信に思ったのは事実です。
けれど、すぐにその不安はなくなりました。
お嬢様は、自分のためにこの伯爵代理の権力を使うことはありませんでした。どちらかと言えば、質素な生活を好まれ、民に交じって働くことまでされています。贅沢に目がくらむどころか、領内の仕事を増やすために伯爵家のお金を出されております。
最初は何かたくらみを持っているかもしれないと感じていた私どもは、すぐに考えを改めることになりました。
それにマリアお嬢様は、そもそもこのような辺境の伯爵家よりも高位な家柄のご出身の可能性が高いと私は考えております。
もしかしたら、どちらかの王族かとさえ思っております。
その理由の一つは、お嬢様の立ち振る舞いとお姿にあります。
大変美しい容姿は、生まれたときにある程度決まるものですが、それを維持するには多くの資産が必要となります。
食事にエステ、適度な運動をするための先生など。これだけでもお嬢様が庶民ということはありません。
加えて、高度な知識もお持ちでした。
経済の仕組みや経営の仕方、軍の運用に関して、長年内政をお任せいただいた私と話し合えるほどなのです。
普通、十代のご令嬢は、男の仕事であるそうした知識を持つことはございません。なのに、制度をご自分で提案できるほどの知識を持っているとなると、よほどの教育を受けた証拠です。
おそらく、お嬢様の本当の父上は宮廷や大学の教授かもしれません。
しかし、私がマリア様に関して、不思議に感じていることがあります。それは金銭感覚です。
マリア様は非常に質素なものを好まれ、年頃のご令嬢であれば欲しがるであろう宝石やドレス、またその流行にあまり関心を持たれません。
それらは贅沢と考え、必要でなければ購入されないのです。
しかし、毎日の風呂であるとか、シェフが作る甘味などは当たり前に楽しまれております。それらがどれほどの贅沢なのか、あまりお分かりでないふしさえございます。
私が一度、砂糖は銀と同じほどの価値があるという話をしてからは、食事とお茶の時間に召し上がられていた甘味を、お茶の時間のみにされておりました。
このような、一部の方々に限られる楽しみが、生活の一部となっておられるマリアお嬢様は、もともとどのようなお家で暮らされていたのか、不思議に思っております。
やはりどちらかの国の姫君なのでしょうか? それなら、なぜお付の方々とはぐれたのでしょ? 本当に不思議でございます。
こうしてお嬢様のことを振り返りますと、私がお仕えしている方はただ者ではないという感じがいたしますが、大変かわいらしい面もございまして、それがマリアお嬢様の魅力を高めることになっているのでございます。
あれは私がお嬢様に、伯爵軍の編成に関して相談しに行った時のことでございます。
たまたま開いていた扉の隙間から、何やらお嬢様のお声が聞こえてきました。
「今回の戦は祖国を、我々人間の世界を守るための戦いなのです。勇気を出し、強くありなさい! 私たちのその心が、故郷を、家族を守るのです!」
大変勇ましいセリフでございます。
おそらく、出陣の際にする演説を練習されているのでしょう。
鏡の前でペンを掲げたお嬢様は、自らの姿を確認しておりました。
「ん~、なんか違うなあ。やっぱり、こっちのポーズがいいかな?」
今度は祈るように両手を組むと、真剣に訴えるように同じセリフを述べておられました。
私は開いたドアを軽くノックすると、「失礼いたします。セバスチャンでございます」と言いました。
「ひゃ! あっ、セバスさんですか」
何やら鏡の前から離れ、慌てた様子で席につくマリア様。
「演説の練習中に申し訳ございません」
「いえ。いいのです。なんでもありませんよ」
恥ずかしかったのか、ちょっと支離滅裂です。
「演説もご当主の大事な仕事ですから、練習は必要なことですよ」
「はい。そうですね」
私は何度もフォローしたのですが、お嬢様はますます小さくなるばかり。先ほどまであれほど堂々とセリフを述べておられた方とは思えないほどに、顔を赤くして、うつむくばかりです。
思わず笑ってしまった私は、「お嬢様の勇姿を楽しみにしております」と少しばかりの茶目っ気を加えて申し上げたのでした。
お嬢様が来れてからというもの、領内だけでなくお屋敷の中も、良い雰囲気が流れるようになりました。
ですが、このような平和な日々は突然に終わりを告げてしまったのです。バルミラ伯爵家が揺れ動く、とんでもない事態がやって来ることによって。
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