奇跡
私は幾人かの兵士を伴って、衛生用の幕舎に足を運んでいた。戦場でもバルミラ伯爵領の兵たちにはヒールをかけて、死者が出ないように気を付けてはいたけれども、乱戦になったときに行方が分からなくなった者たちがいる。
どうにか生きて本陣まで戻れているといいけれども……
治療を待っている部下がいないか、並べられたベッドの顔ぶれを見ていった。
「お嬢様!」
ベッドから半身を起こすようにして青年が声を上げる。
「グラス! 生きていたのですね!」
「何とか! こんなところにどうしてお嬢様が」
私は彼のところへ駆け寄ると、体を支えて起こしてやる。
「あなたを探しに来たのですよ。それと、あと何人かバルミラ領の方が戻らないのです。ほかの方は知りませんか?」
「俺たちならここに!」
「まあ、皆さん! よくご無事で! 心配しました」
兵たちが集まり、無事を報告する。皆傷を負っていたが、重症の者はいないようだった。
「わざわざお嬢様自ら探しに来てくださるなんて、本当にありがてえ」
「当然です。私の領民の皆さんですから」
一人一人の手を握った私は、順番にヒールをかけて治癒していく。
「やはりお嬢様がシスターだったんですね」とグラスが言った。
「実はそうなんです。内緒ですよ」
私がいたずらっぽく笑って見せると、兵士たちも声を上げた。
「お嬢様のお顔を見た時からそうじゃないかと思っていました。一度見たら忘れられないほどの美人ですからね」
グラスが思わず私を褒めると、「お前、抜け駆けしてお嬢様をくどいてんじゃねえ」なんて怒られていた。
再会できて本当に良かった。私は彼らの笑顔を見て、少しだけ胸を撫でおろした。
「あああああ!」
そのとき、奥の幕舎から苦痛に満ちた叫び声が響いた。
「何事です?」
「あっちは重傷者のテントです。今、治癒に当たる司教様がいないから、誰も治療できなくて苦しんでるんですよ」
「なぜ? 司教様はどちらに?」
「それが……」言いにくそうにグラスは眉間にしわを寄せると「勇者様が重傷を負われたそうで、その治療に駆り出されることになったみたいですよ。司教様だけじゃなく、他の司祭様も一緒に行ってしまわれました」
「何てこと……」
すぐさま重傷者の幕舎へ駆け込むと、そこは血と汚物の匂いでいっぱいだった。
「誰ですか……ここは立ち入り禁止ですよ」
法衣を纏ったシスターが咎めるように、でも気力のない声でそう言った。その法衣は血でベットリと汚れ、目の下には魔力が欠乏した際に出るクマが浮かんでいた。
「私はマリア・バルミラです。ここにいる者たちの治療は誰がしているのですか?」
「私たちです」
何名かのシスターが息も絶え絶えにヒールをかけているが、その効果は全くと言っていいほどない。
「ああああ! しっかりしろ!」
突然の叫び声に振り向くと、今こと切れたのであろう者の隣に兵士がいた。装備からすると、おそらく民兵だ。
「クソ! 司教様さえいてくれたら、こいつは死なずに済んだのに!」
こんなことがもう何回も起こっているのだろう。諦めを含んだ嘆息が、シスターたちから漏れた。
「どいてください!」
私は今死んだ男のわきに腰を下ろすと、首筋に手を当てて体温を確かめる。脈は打ってないものの、まだ温かかった。今ならまだ間に合うかもしれない。
「戦姫様! 戦姫様じゃありませんか! どうかこいつを助けてやってください」
懇願する兵士に黙ってうなずき、祈りを捧げる。
「憐れみと慈しみに富む我らが神よ。どうか祖国のために勇敢に戦ったこの者の魂を、もう一度お返しください。この勇気ある若者に今一度慈悲をお与えください」
魔力を少しずつ込めていき、体の中に生命力を流していく。脳に損傷が及ばないためには、早さが勝負だ。肺から心臓、そして頭部へと意識を集中させる。
徐々にあたりを光が包み込んだかと思うと、死んだ男の顔に赤みがさし始めた。
割かれていた腹は元に戻り、静かに、でも力強く心臓が鼓動を始めた音がした。どうやら成功したらしい。
「もう、大丈夫ですよ」
「は……はい」
涙を流す兵士は、男が息をしていることを確かめると、その場に平伏して言った。
「戦姫様! ありがとうございます。本当に、ありがとうございます!」
「ええ。本当に良かった。」
振り返ると、シスターたちや様子を見に来た兵士たちも平伏していた。
「女神様だ……」
「死んだ人間が生き返った」
目の前で起きたことが信じられないという様子の皆に、私は今一度声を掛けた。
「まだまだ重傷者は居ます。私が看ますから、案内してください」
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