第32章
教皇トマスがヘンリーとアンの結婚の誓いの言葉を改めて読み上げた後で、2人に確認する。
「それでは2人はこの誓いのとおり、相手を伴侶としますか」
「はい」
ヘンリーはにこやかに答える。
本来は同時に答えるはずのアンは相変わらず放心状態で、無言のままだ。
教皇トマスは止む無く繰り返した。
「アン、あなたはこの誓いのとおり、ヘンリーを伴侶としますか」
私はアンに耳元でささやいた。
「はい、とはっきり言いなさい」
アンはびくっとして、すかさず大声で言った。
「はい」
私はにこやかな笑顔で言った。
「まあ、アン、緊張しちゃって。余程嬉しいのね」
アンへの私からの強烈な嫌味だ。
だが、これで終わらせはしない。
「それでは、婚姻証書にサインを。本来でしたら、文言の入った婚姻証書にサインをするのですが、今回は一部文言の修正があったので、すみませんが、一時的に白紙の婚姻証書になりますが、よろしいですな。皆様がサインをされた後で、婚姻証書を教会で正式に作成します」
教皇トマスが証人の私たちを含む4人に確認する。
「はい」
ヘンリーと私はすかさず答えた。
つられて、アンとチャールズも同様に言った。
まず、ヘンリー、アン、チャールズ、私の順にサインをし、最後にこの結婚式を執り行った教皇トマスがサインをする。
婚姻証書は教会で保管し、いつでも写しを本人等から請求があれば発行してくれる。
これで、この婚姻は教会が認めた正式なものになった。
本来ならこれで結婚式は終わりだ。
だが、私はもう一つのことをした。
「教皇猊下、先程、妹が最後の審判の時までヘンリーを伴侶とすると誓いました。私もあらためて、チャールズとの結婚の誓いを同様にしたいのですが」
私はいきなり切り出した。
「おお、この際、夫と最後の審判まで添い遂げると誓約し直すと。それは素晴らしい」
教皇トマスは相変わらず本心を見せないまま、笑顔で言った。
ヘンリーが更に私に口添えする。
「チャールズ、お前は果報者だな。今度は、私とアンが証人になろう。いいだろう、アン」
「はい」
チャールズとアンは、つられて思わず言ってしまった。
「それでは早速、お願いします」
私が言うと、教皇トマスはあらためて私とチャールズの結婚の誓いをしてくれた。
参列者のチャールズの母とマーガレットは素晴らしいことと素直に喜んでいるが、私の父は微妙な表情になった。
私とアンとチャールズの間に、また何かあったと推察したのだろう。
「それでは、ここにサインを」
教皇トマスが、チャールズと私の新たな婚姻証書の準備をしてくれた。
今度はチャールズ、私、ヘンリー、アンの順でサインをして、最後に教皇トマスがサインをする。
「それでは、この4人に幸多からんことを」
教皇トマスはあらためてヘンリーとアン、チャールズと私に祝福を与え、結婚式は終わった。
これから、私たちは披露宴のためにヘンリーの私邸に移動する。
結婚式を終えて、着替えのために控室に移動するアンに私は付き添った。
アンはとりあえず結婚式が終わったと、ほっとしたようで、気を取り直している。
私は鬼女の笑みを浮かべて、アンに言った。
「良かったわね。これで来世もそのまた来世も、最後の審判の時までヘンリーがあなたの伴侶よ。そして、私の伴侶はチャールズよ。しかもお互いにそれの証人になったのよ」
アンは愕然とした。
しかもチャールズの目の前でそんな誓いを立ててしまった。
一方のチャールズも、私を永遠の伴侶とすると誓った。
もう、この世の終わり、最後の審判の時まで自分とチャールズが結ばれることは無い。
「酷い。酷過ぎる」
アンはぽつんと言うと、改めて大粒の涙を流し出した。
確かに酷すぎる報いかもしれない。
でも、私としてはこれくらいのことをしないとアンへの怒りが収まらなかった。




