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第31章

 私としては一縷の望みを持っていた。

今度もチャールズがアンを誘ったのだと。

原作がそうだから、この世界でもチャールズがアンを誘っていたと思っていた。


 だが、違った。

この世界ではアンがチャールズを今度は誘っていたのだ。

実際、ここまでにかなり流れが変わっているのだから、そうなっていても仕方なかった。

でも、本当にアンの方から裏切っていたとは。


 アンはあらためて泣きそうな顔になっている。

私に真実を明かしてしまった。

私がどうする気か、あらためて恐怖心に駆られたのだろう。


「行きましょうか。アン」

私は鬼女の笑みを浮かべながら言った。

アンは恐怖心の余り、声が出ないのか、肯くことしかできない。

私は処刑台へ死刑囚を連行する死刑執行人のような感じで、アンと連れ立って大聖堂へ向かった。


 結婚式が執り行われる入口には、既にヘンリーがチャールズと共に待っていた。

私は黙ってヘンリーに肯いて見せた。

私が肯いたら、今度はアンからチャールズを誘ったことが分かったというヘンリーへの合図だ。

ヘンリーは、やれやれといった表情を一瞬だけ浮かべた。

私はヘンリーに心の中で、こんな妹と結婚していただき、本当にすみません、と謝罪した。


 讃美歌が流れる中を、式場に4人で入場する。

ヘンリーとアンが寄り添い、その後ろにチャールズと私が続く。

アンはさめざめと涙を流している。


 マーガレットがそれを見て無邪気に言った。

「新しくお母さまになられる方が嬉し涙を流している」

私はそれを聞いて思った。

子どもの無邪気さはとても残酷だ。

本当はアンは悲しみの余り、涙を流しているのに。


 祭壇に4人でたどりつくと、教皇トマスが、開式を宣言して、結婚にふさわしい聖書の一節を読み上げる等のことを執り行う。

この辺りは、私の前世のキリスト教式の結婚式とそう違わない。

だが、この後の誓いの言葉がこの世界では微妙に違う。

私とヘンリーはそれに罠を仕掛けた。


 教皇トマスがヘンリーに尋ねた。

「誓いの言葉の文言ですが、事前に示した通りですか」

「一節だけ変えていただきたいのですが」

ヘンリーは答えた。


 誓いの言葉の文案は既にヘンリーとアンは共に目を通したことになっているが、アンは文字通り目を通しただけの筈だ。

「死が2人を分かつまでと言うところを、最期の審判の時までとしていただけませんか」

「おお、それは素晴らしい。来世以降も新婦と巡り合い、添い遂げたいと。実際にそうされることもあります。よろしいでしょう」

教皇トマスは上機嫌だ。


 輪廻転生説を執る真教だと結婚の誓いの言葉をそうすることがあるのだ。

だが、実際には極めて少ない。

この誓いの文言だと、再婚の際に教会で結婚式が挙げられなくなるのだ。


 配偶者の片方が亡くなると遺された方の生活が色々と困難になることが多い。

だから、この世界では遺された配偶者は割合、早めに再婚しようとする。

結婚の証明をこの世界では教会が請け負っていることもあり、死が2人を分かつまでと誓いの言葉の文言を大抵の結婚の場合はしている。

ちなみに私とチャールズも同様に、死が2人を分かつまでだ。


 アンが放心状態なのをそれとなく確認した私は、アンに問いかけた。

「ヘンリーの言う通りでいいでしょう。アン」

アンは黙って肯いたが、それではダメだ。

私は気持ち声を強めて言った。

「きちんと返事をしないとダメよ。アン」

「は、はい」

アンはあらためて受諾の返答をした。


「では、そういたしましょう」

教皇トマスは、ヘンリーと私の真意に気づいていないのか、それとも気づいているのか、上機嫌な表情のままだ。

私は教皇トマスはヘンリーと私の真意に気づいているのか、気づいていないのか、どちらなのだろうか、とふと思った。

 長くなるので分けます。

主人公とヘンリーが仕掛けた罠は次章で明かします。

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