第30章
私がいろいろとこの結婚式前にぐずぐずしてしまったのは、アンに結婚式前に確認しないといけないことがあったからだ。
ヘンリーと私が結婚式前の最終打ち合わせをしている際に、ヘンリーからアンに確認してほしいと私は言われてしまった。
私も必要だとは思ったが、どうにも気が乗らない。
それでぐずぐずしたのだが、時間は容赦なく過ぎていく。
私は仮初めの時間になるが、真教の教えの中に逃避した。
この世は悪魔が作った地獄だ。
だから、この世は苦悩に満ちているのだ。
そして、悪魔の誘惑によって原初の楽園から神に追い出された人は、この世の中を輪廻転生を繰り返して生きて行かねばならない。
それによって人は地獄の苦しみを味わうが、それは神の思し召しなのだ。
最後の審判の際に、人は神によって原初の楽園に戻れる人と未来永劫、地獄を彷徨う人に分けられてしまう。
どう分けられるのか、それは信仰と善行によるものである。
神を信じて、善行を積みなさい、帝国の国教の真教の宗派はそう説いている。
大陸に遺っている真教の中には、原初の楽園に戻れるかどうかは信仰のみによると説くとか、いろいろ教えが違う宗派もあるらしい。
だが、私には帝国の国教の真教の方がしっくり来る。
原初の楽園に戻るのには、信仰だけではなく善行を積むことも必要だと私は考えるのだ。
何でそんなことを考えてしまうのか、それは今からアンに確認することが、アンが善行を積もうとしているのかに、私の中では掛かっているからだ。
とうとう時間が来てしまった。
私は、チャールズに声を掛けた。
「私はアンのところに行くから、チャールズ、ヘンリーのところに行って」
「分かった」
チャールズは半分、腑抜けというか、心ここに非ずの状態でヘンリーの所に行っている。
幾ら何でももう少ししっかりしてよ、私はチャールズを心の中で叱った。
初恋の人で今でも愛する人が、自分の叔父と結婚するからといって、そこまで心を壊さないで。
私はチャールズを見送った後で、アンの下へ赴いた。
「マーガレット、大聖堂で結婚式が執り行われるところに行って」
私はアンとマーガレットが遊んでいるところに顔を出して、そういう羽目になった。
マーガレットは早速、義母になるアンと仲良くなっていたらしく、名残惜しそうに部屋から出て行く。
初対面の筈なのに、アンはすぐにマーガレットに懐かれていたようだ。
私にはとても無理な芸当だ。
どうして、アンはあそこまで人に好かれるのだろう。
父母を同じくする姉妹なのに私はあそこまで人に好かれたことが無い。
「アン、そろそろ行くわよ」
「分かったわ」
私もアンも本音では気が進まなかった。
だが、アンの最も濃い同性の身内は私しかいない。
母は既に亡くなり、アンの姉妹は私だけだ。
結婚式の新婦に付き添い、結婚式の証人になるのは、新郎は最も濃い同性の身内、新婦も同様と決まっている。
身内がいない場合は、教会側で(尼)僧を証人にして結婚式を執り行う。
だが、アンには私が、ヘンリーには実子代わりのチャールズが身内としている以上、私たちが証人として結婚式を執り行うことになった。
アンはマーガレットの相手をすることで気が紛れていたようだが、いよいよ気の進まないヘンリーとの結婚式が始まるとのことで、目元に涙を溜めている。
アンの真の想い人が私の夫のチャールズであることを私が知らなかったら、私はアンに間違いなく同情してしまったであろう雰囲気をまとっている。
だが、私の冷めた心の一部は今しかないと叫んだ。
「アン、チャールズを今度は自分から誘ったの」
私はさらっと言った。
「ええ、私から誘ったわ」
アンは思わず言った後で固まってしまった。
その後、慌ててとぼけようとした。
「何をいきなり言ったの」
有罪。
私の内心から、アンへの同情心は消し飛んだ。




