これから本気出す
「残念だが、不確定要素はここで処分させてもらおう」
ウルゴが、その鍛え上げられた右腕を構える。おそらく、一撃では死ねまい。それを分かっていてウルゴはあえてそうしているのだろう。
「さらば――」
「だぁらっしゃぁー!」
処分を開始しようとしたウルゴに、黒い塊が奇声をあげながらドロップキックをかましていた。
「ゴホゴホゴホッ……はぁ、ゴホッ」
塞がれていた気道が確保できたおかげでなんとか動ける。視線を上げると、ドロップキックをかました本人と目が合った。
「……不甲斐ない」
「うっ……」
痛いところを突かれたレオンは、話題をすり替えるために出入口の方を見た。
「あの二人はどうしたんだ?」
「私が、あんなのにやられると思うか?」
「いや、全然」
ニヤリと悪そうな笑みを浮かべながらそう言うアインに、苦しいながらも同じような表情で返すレオン。
彼女が使う魔法は非常に特殊だ。もはや魔法とも呼べないほどに。彼女はそれを『纏』と呼んでいる。
纏は彼女が編み出した彼女だけの魔法だ。魔力に物理的効力を付加するというもの。だが、それは言うほど簡単ではない。もともと不可視であり、実体の希薄な魔力を攻撃を受け止めるほどの硬度にできる者は極々少数だろう。しかし、この魔法は決定的な欠点がある。
「お前のそれは、あいつと相性が悪すぎる! 早く逃げろ! ウルゴは虚無石で武装してるんだぞ!」
そう、魔力を拡散させてしまう虚無石とは絶望的なまでに相性が悪い。虚無石で触れられた瞬間に魔力の防壁が霧散してしまうのだから。『纏』がなければアインもただの女の子だ。
「そんなこと、言われなくても見ればわかる」
「だったら!」
蹴り飛ばされたウルゴが、大したダメージもなさそうに起き上がる。アインは、この時だけはウルゴから目線を外して、レオンの瞳を正面から見据えた。
「もし私に戦わせたくないのなら、手抜きをするな。今のお前ではどれだけ挑もうが無駄だ」
「ーーっ!」
アインはレオンの胸元ーーそこに下げられているペンダントをちらりと見てから、レオンに背を向ける。見据える先には、今までの茶番が終わるのを待っていたウルゴが腕を組んで仁王立ちしている。
「待たせたな。ヘタレとの会話が長引いてしまった」
「何のために俺に挑む? さっきあいつが言った通り、おまえでは万に一つも勝機はない」
むしろ挑発するかのようなウルゴの言葉を、アインは鼻で笑った。
「お前に勝てないのは分かってる。だが、いまさらどうしようと殺されるなら、私はあいつに賭ける」
「……下らんな」
話は終わりだとばかりに一歩踏み出すウルゴの足下に、一つの礫がぶつかって弾けた。それを投擲した本人は、さらに二つ三つと礫を拾い上げながら一歩後ろに下がる。
「さて、鬼ごっこと洒落込もうじゃないか」
「くそっ……!」
強く胸元のペンダントを握りしめる。アインの言っていたことは正しい。今のままでは、ミラを救うどころか、アインも失うことになる。
アインの戦闘とも呼べない逃走劇は苛烈を極めていた。逃げながら常人離れした力で投擲し続けるアイン。一方、ウルゴはその礫を危なげなく躱しながらアインに追いすがっている。時々ウルゴの拳がアインにかするたびに、アインの速度がガクッと下がる。あんなのがいつまでも続く訳が無い。
「親父……俺は」
首に下げられているペンダントをむしり取る。それは、レオンの中に眠る『とある精霊の一部』を抑えるためのもの。親父から譲り受けた唯一の形見。
「お袋……」
お袋が最後に言っていたことを思い出す。
『あなたはこれから一人になる。けど、あなたが私たちを忘れない限り、心は独りにはならないわ。いつか、あなたにとって大切な人を見付けなさい』
やはり母は偉大だと思う。顔を上げれば、自分の為に文字通り体を張って時間を稼いでくれているアインが居る。
自分が椅子に縛り付けられた状況であるにもかかわらず、レオンとアインを心配そうな瞳で見つめるミラが居る。
シルクもレンも、ラインおばさんや町のみんなだって帰りを待っているはずだ。
「こんなとこで、腐ってちゃいけないよな」
その後は一瞬も躊躇うことなく、彼はペンダントを握りつぶした。砕けたペンダントの破片が赤い光になってレオンを覆う。
変化はすぐさまやってきた。赤い光がその場を飲み込む。目を開けるどころか、閉じていても痛いと思うほどの光の暴力がおさまると、周囲に静寂がおとずれた。
「どういうことだ……?」
一番最初に口を開いたのは、一時的に鬼ごっこをやめたアインだった。
アインが驚くのも無理は無い。その場にいる全員が同じ思いを抱えていた。
「どういうことって言われても……見たまんまだよ」
レオンが苦笑いしながら言う。
あの強烈な光の中から出てきたレオンの姿はーーペンダントが無くなった以外は前と同じだったのだから。
レオンが一歩二歩とアインに近づいていく。レオンが目の前で止まると、アインはかすかに笑って、
「遅すぎだ、馬鹿が」
「悪い。その分、今から頑張るよ」
「当たり前……だ」
アインの体がふらりと揺れる。レオンはその力の抜けた体を難なく受け止めると、壁際まで運んだ。ぐったりしてはいるが、呼吸はしっかりしている。とりあえず、大事には至っていないことに安堵した。
「さっきのは一体なんだ?」
沈黙を貫いていたウルゴがついに口を開いた。立ち上がり振り返る。彼我の距離は十メートルほど。いつでも打ち合える距離で対峙する。
「それを教えて俺に得があるか?」
「……無いな」
ちらりとミラの方を見やる。ミラもこちらをじっと見つめていた。隣に立つネロは、イライラとした表情を隠そうともせずミラの横に立っている。
「あんたらはミラに何をさせたいんだ? 何が望みだ?」
「成すのは俺ではない。望むのはネロだ」
「ならなおさら、あんたは何のために戦ってるんだ?」
ウルゴは目を閉じてしばらく考え込んだ。それは、理由を考えているというよりも、どう言おうか熟考しているように見て取れた。数秒の思案の後、ウルゴは口を開いた。
「俺は、この世界がどうなろうともうどうでもいい。崩壊しようが破滅しようが興味が無い。だが、あいつが世界を作り替えると言うのならば、死ぬのはその後でもいいと思った。それだけだ」
「そんなことのために……!」
「お前にとってはそんなことでも、俺たちにとっては命と同じくらいには重要なんだ」
「だったら……」
正面のウルゴを睨みつけ、拳を握りしめながら言う。
「俺がミラを救うために命をかけるのも、構わないよな?」
突如、風の吹かない洞窟内に熱風が吹き荒れる。それはレオンを中心に生み出された炎の余波。
「来いよ。俺はもう、迷わない」
「ぬぅ……!」
脇腹に迫っていた炎をなんとか身を捩って躱し、大きく後ろへ飛ぶ。すると、先程までウルゴが立っていた場所が爆ぜる。爆発からはなんとか逃れたが、飛んで来た破片が体を打ち付ける。
「直接魔法を使わなきゃこんなもんだろ」
ウルゴの周りが一気に弾け飛ぶ。多少のダメージを覚悟で前に飛ぶ。体のそこかしこで嫌な音が連続する。
レオンがやっているのは、ついさっきまでアインがやっていたことの焼き増しだ。だが、その威力が桁外れに違う。魔法を霧散されないためには直接当てなければいいのだからと、地面や内壁をウルゴの動きに合わせて爆破しているのだ。
ウルゴもなんとかレオンに近づこうとするのだが、今や機動力はレオンの方が上。遠距離攻撃を持たないウルゴには為す術が無かった。
「まさかウルゴがやられるとは思ってなかったよ」
「加勢もせずに居たくせに、よく言うぜ」
「それはあれだよ。……信頼、ってやつじゃないかな?」
白々しくもそうのたまうネロを睨みつける。
「それにしても珍しいね。まさか大精霊を飼ってるとは思わなかったよ」
「お前には関係ないだろ」
いつものにやにやとした笑顔で受け答えるネロ。余裕の現れなのか、何も考えていないのか。その評定からは読み取ることが出来ない。
「ねぇ、レオンくん。さっき君は、ウルゴになぜこんなことをするのか訊ねたね? 理由が知りたいかい?」
クツクツと笑うと、レオンの答えも聞かずにこう切り出した。
「君は、魔族というものを知っているかい?」
「魔族?」
「まぁ、知らなくても不思議はないさ。もともと表にはあまり出ない種族だからね」
「その魔族とやらがどうしたってんだ?」
ネロはしばらく自分の手のひらを見つめた後、
「僕もね、魔族なんだ。ただし、落ちこぼれの、ね」
自虐的な表情でそう零した。
「魔法は魔族が生み出したもの。故に、魔法を扱えるのは当たり前のことだとされていた」
「……だけどお前は扱えなかった、か?」
「その通り」
後を継いだレオンの言葉を軽く肯定すると、今度は問いかけるように言葉を紡いだ。
「その後は容易に想像できるだろう?」
迫害、差別、暴力なんかもあったかもしれない。少なくとも、自分には完全には理解できない世界だ。
すると、ついさっきまでの自虐的な表情はなりを潜め、激情が覆う。
「僕はこれの力を使ってあいつらを見返す。それだけじゃない。この世界から、魔族も、魔法も、それを使うやつらも、全て根絶する!」
「なっ……!?」
レオンとミラは驚きに顔を見合わせた。このネロという青年にここまでの激情が眠っているとは思わなかったからだ。さらに、その目的。 この世界において、魔法と生活は切り離せないものだ。魔法を日常的に使う人は、世界人口の九割ほど。ネロのように先天的に魔法を使えない人を除けば、この世に魔法を使ったことの無い人間などいない。
「お前は、この世界に生きる人全てを本気で根絶するつもりなのか……!」
「当たり前だろう。魔法さえなければ、僕がこんな思いをすることなんかなかったのだから」
ふざけたようなことを当然のようにのたまうネロ。その瞳には、一片の躊躇も無い。
「お前の不幸にみんなを巻き込むっていうのか。お前の自己満足のために、世界中の人を殺すっていうのか!」
「そうさ。今の僕には遂げるべき目的がある。そしてーー」
振り返ると、後ろーー椅子に縛り付けられたミラの肩に手をおく。
「そのための手段も、あるのだから」




