決意の炎を纏いて
「お前……!!」
「何をそんなに怒るんだい? 面倒な道具であることには変わらないだろう? なら誰かが管理しなきゃならない。それを買って出ると言っているんだよ? なんの不満があるんだい?」
本当に不思議そうな顔をして首をかしげるネロ。
「……もう、いい」
諦めたような、呆れたような声色で吐き捨てるレオン。その拳から炎が吹き出る。まるで、レオンの怒りを代弁するかのように、大きな音をたてて燃え盛る炎を見てネロが笑った。
「ふふっ。僕が戦えなくても容赦しない、って感じだね」
「文句があるのか? あったところで聞きはしないが」
「構わないよ。好きにするといい」
こんな状況でも余裕の表情を崩さないネロに不気味さは感じるが、それでも、殴り飛ばすために突っ込む。炎を纏った拳がネロの顔面をとらえたーーそう思った瞬間、レオンの纏っていた炎が掻き消えた。
「なっ!?」
突然のことに動きを止めるレオン。すると、レオンの脇腹をひやりとしたものが通り抜ける。
「君もまだまだだね」
「ぐっ……」
脇腹を見ると、短剣が突き刺さっていた。ネロがどこかに隠し持って居たのだろう。二、三歩下がって距離を取ると、脇腹に刺さった短剣を一気に引き抜く。
「うっ……ぐ、ああぁぁぁっ!!!」
出血量を抑えるために傷口を炎で焼く。痛みのせいで火力の制御が効かなかったのか、ただの錯覚なのか、内蔵まで焦がされたような痛みが全身を駆け巡る。ふらふらとさらに後退すると、崩れ落ちないように震える足に力を込める。
「すごいな……素直に尊敬するよ。自分の体を焼くなんてなかなか出来ることじゃないよ? 素直に誇っていい」
「く、そっ!」
うまく舌が回らない。視界も心なしかぼやけているように感じる。指先の震えが止まらない。
「どちらにしろ、そんな状態じゃもう勝ち目も無いだろう? 早く負けを認めて、楽になったらどうだい?」
にやにやとこちらを見てくる視線が不愉快だ。含みのあるその声が気持ち悪い。手のひらに炎の塊を作る。これで吹き飛ばしてやる。そう考えてレオンは火球を振りかぶる。
「……レオン、こっち!」
まるでタイミングを計っていたかのような声。思わずそちらを振り返ってしまったせいで、火球の軌道が僅かに逸れる。火球はネロの横を通り過ぎると、レオンを呼んだ少女ーーミラめがけて飛んでいった。
「ミ、ミラ!」
レオンの声は、届くこと無く轟音に掻き消された。
「あ、……あぁ、」
頭がパンクして言葉が出ない。脳が目の前の光景の処理を拒否している。だが、そんなことはおかまいなしに爆煙はおさまっていく。その先を見たら終わってしまうと知りながらも、目を離すことが出来ない。
煙が晴れる。一番最初に見えたのは、ぼろぼろに砕けた石製の椅子だった。ミラの体を拘束していたゴムのバンドや金具、鎖なんかも焼け焦げ、所々溶けた姿で散乱している。
「ミラ……?」
だが、肝心のミラの姿が見えない。完全に煙が晴れても、そこにあったのは焼け焦げた椅子の残骸だけだった。
必死にミラの姿を探すが、その痕跡すら見つけることができない。
混乱した頭で必死に視線をさまよわせるレオンが、後ろからの強い衝撃で倒れた。何者かに押し倒されたのだと気付いてとっさに振り向くと……
「……怖かった」
ミラが、声を震わせながらしがみついていた。
どうやらレオンの火球で逃げ出せるかは完全に賭けだったらしい。ミラの体を見れば、煤だらけで所々に軽い火傷も見て取れる。いや、軽いだけ幸運だと思わなければいけないのかもしれないが。
「全く、とんだ茶番だね」
振り向くと、短剣を手にしたネロの姿があった。その瞳は、忌々しいものを見るかのように細められていた。
「どうせ一人ではなにもできないくせに、あんな危険を冒してまで何がしたいんです?」
「……言ったって、あなたには、わからない」
「ーーほぅ」
興味深そうにミラを見つめるネロの視線を、正面から受け止めながら紡ぐ。
「……『誰かのため』を考えられないあなたに、レオンは絶対負けない」
「は……はっはははは!! これは傑作だな! どんな罵詈雑言が飛び出すのかと思えば、言うに事欠いてまだそいつに期待しているのか!」
本当におかしそうに笑うネロ。だが、ミラはもうネロを見てはいなかった。膝をつくレオンの傍らに寄ると、ゴムのバンドを留めていたと思われる金具を差し出していた。
「分からない奴から見たら、悪い冗談に映るんだろうな」
「……レオンは知ってるから、大丈夫」
「……そうだな」
レオンはかすかに微笑むと、初めて出会ったときのように、渡されたミラの優しさを握りしめた。途端、その体が淡い光に包まれる。光が消えた後に残ったのは、傷跡の残らないレオンのみ。
その手に握られていた金具をミラに返すと、再びネロと対峙する。
「俺はどうしてもこいつらと一緒に帰らなきゃならない。だからあんたの願い、俺個人の望みによって潰させてもらう!」
「ふざけるな!」
解放術によって推進力を得ると、一気にネロに向かって突き進む。炎で拳を覆うと、その数瞬後には掻き消されてしまう。
(こいつがやってるのはおそらくアインと同じような事だけど、少し違う。魔法に魔力の塊をぶつけて破壊してるのか!)
もう一度拳に炎を出現させるが、やはりすぐに無効化されてしまう。魔法が使えないのなら、肉弾戦しかない。
「はあっ!」
固く握り込んだ拳をネロめがけて打ち出す。腕をクロスさせて防御するその交差点ーー腕の真ん中に標準を合わせる。
そして、インパクトの直前ーーレオンの腕全体を炎が覆った。
「なっ……!?」
驚愕に目を見開くネロ。後悔してももう遅い。このままぶん殴る!!
「吹き飛べええぇぇぇ!!!」
レオンの拳がネロの腕を捉える。ミッシィィィ!! という音が拳を通してリアルに伝わる。状況の変化はそれだけでは終わらない。レオンの腕全体を覆っていた炎がインパクトと同時に拳に集まると、そのままレオンもろとも爆発したのだ。周囲は粉塵と黒煙で満たされ、一寸先も見えないような状態。
直後、その黒煙からレオンが飛び出してくる。その腕は軽い火傷に包まれている程度。そこはさすが、『炎の民』と呼ばれるだけのことはあるだろう。
「お前……」
晴れた黒煙の先に、ネロは立っていた。ただ、その腕に盛大な違和感を覚える。
シルエットは普通の腕と変わらない。ただ、よく見ればその違和感の正体に気がつくだろう。彼の腕は半ばで折れ、火傷で爛れ、爆発で抉れているにも関わらず、人の腕の形を保っているのだ。これが異常でないわけがない。
「ずいぶんと酷い事をしてくれるよねぇ? おかげで腕がこんな形になっちゃったよ?」
そう言って腕を掲げて見せる。目を凝らしてみるとその腕の周りを薄い膜が覆っている。
「ふふ。魔力で無理矢理形を保っているんだ。魔法が使えなくても魔力は扱えるからね。けど、これじゃ不便だなぁ……『再生』」
ネロがぼそりと呟くと、両の腕がもぞりとうごめきーー内側から爆ぜた。
「なっ!?」
起きた現象はそれだけに止まらない。四散した腕の破片、その血肉が一片すらも残っていないのである。ネロの両腕は肩口からすっぱりと切り取られたように無くなっているのに対し、やはり流血が無い。
「どういう、ことだ?」
「言っただろう? 僕は魔族だって」
レオンの疑問はネロによって氷解する。それも、最悪の方向で。
「君は魔族の名前の由来を知っているかい?」
「由来……? 魔法を生み出したからじゃないのか?」
「ふふ。確かに一般的にはそう言われてる。でもね……」
レオンの見ている前で、ネロの体がみるみる歪んでいく。いや、歪んでいるのはネロ自身ではない。その周りの空間、腕のあったあたりで何かが渦巻いている。
「ま、さか……」
「ふふふ。そう、魔族はね……」
「魔力で出来ているから魔族と呼ばれているんだよ」
音は無かった。ただ、何も無かったはずの空間から腕が生まれた。その現象を間近で見たレオンも一瞬判断がつかなかった。
「……!? 自分の腕を分解した魔力で、もう一度自分の腕を生成したのか!」
さっき腕が爆発したように見えたのは、単純に腕を魔力に変換するのがそう見えただけだったということか。
「ご名答。まぁ、この腕は一時しのぎみたいなものだけどね」
「一時しのぎ?」
どこからどう見ても精巧な生身の腕を見ながら眉をひそめる。そして気付いた。いまだにネロの周りに歪みが、魔力が渦巻いている事に。
「おや、気付いたんだね。まぁ、これだけの量なら仕方ないか」
「お前、そのために魔力を……?」
「その通り! 僕自身の戦闘能力なんてたかが知れてるからね」
ぐにゃぐにゃと歪む空間にネロが右手を伸ばすと、歪みが手の周りに集まっていく。
「そこで気絶してる子がやっていたように、魔力は凝縮すれば物理的な効力を持つ。これだけ集めたら……どうなるだろうね?」
楽しそうにそう言うネロ。ミラを背にかばうが、おそらくこの程度ではどうにもならないだろう。逃げても無駄なのは試さなくても分かる。ならば……!
「ミラ、アインのとこにいろ」
「……ん、分かった」
とことこアインの方に歩くミラを見送ってから、再度ネロに向き直る。その右手は収束した魔力のせいで原型を留めていないように見える。
「なんだか最終決戦みたいだね?」
などとのたまうネロを無視して、炎に意識を集中する。
まず最初に、レオンの周りを風が渦巻く。それだけでも火傷を負わせるだけの高温を孕んだ熱風だ。
しだいに突風に混じって火の粉が舞い始める。それは瞬く間に業火へと姿を変え、レオンを覆い隠した。
そして、その業火もまた一点に収束を始める。熱風と火の粉がおさまった時、そこには炎の衣を纏ったレオンが佇んでいた。
「かっこよくなったのはいいけど、それで僕に勝てるのかい?」
「勝つさ」
「……そう」
何の前触れも無く、魔力の塊が向かって来た。今のレオンには魔力の塊がよく見える。
「へぇ……」
向かってくる魔力の塊を、レオンは避けなかった。避けられなかった訳ではなく、わざと正面から受けたのである。
レオンには傷一つない。炎の衣もいまだにその体を取り巻いている。
「この通り、何ともないよ」
余裕そうに言うレオン。そも後も発射される魔力を無視して、一気に駆け寄る。
「ーーふっ!」
炎で武装された拳を振るう。ネロもただ待っている訳ではない。魔法を打ち消すための魔力の壁で身を守る。当然、レオンの拳の炎は無力化されるものだと思っていた。
「くっ……!? 魔力の壁を吹き飛ばすほどの威力!?」
壁に当たる寸前、レオンが拳に纏わせていた炎の量が膨れ上がった。ただ、ネロに取って幸運な事に、その炎も壁を破壊すると霧散していた。
「ふぅ、壁を破壊されたのは予想外だったけど、所詮そんなものだよね」
「そうか? そんなことないと思うけどな?」
「? ……まさか!?」
「そう、そのまさかだよ」
ネロが慌てて周囲の魔力を見ると、さっき壁に使った魔力が丸ごと消し飛んでいた。
「まさか、最初からこれが目的で……」
操る魔力が無くなれば、ネロに抵抗の手段は無い。
レオンは、おののくネロを見て薄く笑う。
「さぁ、最後に似合わない消耗戦をしようぜ」
レオンはネロの魔力を吹き散らし、ネロはレオンの炎を掻き消す。そんな削り合いのような勝負がしばらく続いた。しかし、終わりは唐突に訪れる。
ネロの眼前で炎が吹き荒れる。その奔流を防いだ魔力が弾け飛んでいく。もうあと数回防いだら魔力が底をつく。それが分かっているネロは、最後の攻勢に出る事に決める。
一番最初に異変に気付いたのは、アインのそばで座り込んでいたミラだった。薄く広く、レオンとネロを包み込むように魔力が展開されていくのを見つけた。おそらく、広く展開した魔力を一気に圧縮して内包したものを押しつぶすためのものだ。
「ふん……下手な魔法よりよほど危険じゃないか」
「……アイン、もう大丈夫?」
ミラが覗き込もうとするのを、鬱陶しそうに押しのけるアイン。だが、その動作が酷く弱々しいものである事に、ミラでも気付いた。
「あの馬鹿、夢中になりすぎて気付いて無いぞ」
「……でも、夢中になってるのは私たちのためだよ?」
呆れたようなアインの声に、ミラが言う。二の句が継げずにただミラを見つめるアインに向けて、再び口を開いた。至極いつも通りに、間延びした声で。
「……だから、私たちがレオンを守らなきゃ」




