圧倒的な差
「術者はあのババアだ! あいつを叩け!」
最前線で指揮を執っていると思われる男が剣をラインに向けて叫ぶ。悲鳴と怒号に混ざって、魔砲台が炎塊を吐き出す音が連続して轟く。
「あら、ババアとは聞き捨てなりませんね」
ラインが杖を前方に掲げる。すると、彼女に向かって飛来していた炎塊が数メートル先で急停止する。ゴウゴウパチパチと燃え盛りながら、進むでも落ちるでも、ましてや消え去るでもなくただ空中で停止させられている炎塊を見て、顔を引きつらせる指揮者。とその部下たち。
「これ、お返ししますね」
にこやかに微笑むラインは杖を前方の掲げる。すると、飛来していた炎塊、合計十個が来たとき以上の速度と威力をもってして打ち出された。
「まっ、待て――」
轟音とともに炎塊が地に刺さり弾けた。塀の上からの砲撃も、防御魔法を突き破りながら止むことなく降り続けている。敵軍の制圧も時間の問題だった。
(ちゃんと、全員で帰ってくるんですよ)
今はこの町にいない三人を思って、彼女は遠くを見つめた。
戦闘が始まってからまだ五分しか経っていないにも関わらず、趨勢は既に決していた。
「こんの……バケモンが……!」
剣を杖代わりにかろうじて立っている黒ピアス。しかし、その左足は膝の部分からおかしな方向へ曲がっていた。よく見るとその身体のあちこちに痣や裂傷が見てとれる。
その彼の後ろ。数分前まではお喋りの絶えなかった赤ピアスが、意識を失って地に伏していた。剣は半ばから折れ、それを握っていた両の肩は、脱臼したのか服の上からでも歪なのがはっきりと分かる。
「言っただろう、結末は同じだと。今息が出来ているだけ有り難いと思え」
そう言うアインの身体にはホコリ一つない。息切れもしていなければ、乱れた箇所もない。退屈そうに、いまだにこちらを睨み付ける黒ピアスの視線を受け流すだけである。
「もうこれくらいでいいだろう。お前たちのレベルに合わせるのも飽きた。私は私のするべきことを終わらせてとっとと帰る」
途端、黒ピアスの視界から彼女の姿が掻き消える。背後に回られたことに気付くこともなく、彼は意識を刈り取られていた。
「後でシルクに最低限治癒してもらえ」
そう言って、念のため剣をへし折ると、洞窟の入り口に意識を移す。いまだにレオンは帰ってこない。特に心配な訳ではないが、様子くらい見に行っても構わないだろう。不甲斐ないようなら蹴っ飛ばしてやらなきゃいけないし。うん。
「まったく……世話のかかる」
歩き出そうとしたとき、洞窟内から熱風が吹いた。
「……?」
怪訝に思い入るのを躊躇った直後、洞窟内から轟音が響く。パラパラと天井が崩れる。
「まったく何をやっているんだあいつは……!」
逸る気持ちを抑えて、洞窟の入り口に足を踏み入れたのだった。
時は少々遡る。
洞窟内を駆けていたレオンは閃光を目の当たりにしていた。その発信源は一人の兵士。床にはもう一人兵士が倒れている。そしてその奥。椅子に縛り付けられたミラと、あのときの青年、大男を視界に捉えた。
「ミラ!」
その声を聞いたミラが強く感情を露にした表情をする。ただそれは安堵や希望ではない。焦燥や後悔――絶望のようなもの。なぜそんな表情をするのか、いや、そんなことより早く助け出さねばとレオンが一歩踏み出した、そのとき。
「……レオン! 逃げ――」
彼女の声が最後までレオンに伝わることは無かった。
ドームの中央、兵士たちが爆発した。それも、普通に弾け飛ぶような爆発ではない。内側に生じた何かに押し出されるように、その肉体は破片となって散った。
内側から出てきたのは無数の刃。三日月のような形をした黒光りする刃が、肉塊を突き破りながら無差別に飛翔する。それはもちろん、レオンやミラにも等しく牙を剥く。
「くそっ――!」
即座に力を解放すると、炎の壁を構築する。ある程度の金属なら一瞬で溶かしてしまうほどの熱量を持った紅蓮の壁。しかし、刃たちは原形を留めたままレオンに飛びかかる。全てを避けきることは、出来なかった。
ミラの方を見ると、先程まで居なかった大男――ウルゴが二人を守ったらしい。三人とも怪我はない。
「はははっ! これは傑作だな!」
ウルゴに守られて傷一つない青年が、堪えきれないといった様子で笑い始めた。
「囚われの姫、それを救わんと颯爽と現れる騎士! しかし! 騎士は姫の用意した罠にかかり負傷!」
クツクツと笑いながらそして、と付け加えた。
「敵兵によって挽き肉に変えられたのでした」
レオンは青年の言葉を最後まで聞いていなかった。いや、その余裕が無かったと言う方が適切かもしれない。いつの間にか右側面に移動していたウルゴの右腕が、レオンの身体を、文字通り挽き潰さんと迫っていたのだから。
「くっ!」
飛び退いて距離を取るレオンを見て、ウルゴが淡々と言った。
「その傷では俺と戦っても勝ち目はあるまい。大人しく降伏しておけ」
「降伏しようがしまいが結果は同じだろう。なら、足掻いてやるさ」
そう答えるレオンを見て、ウルゴは口をつぐんだ。これ以上何を言っても無駄だと思ったのかも知れない。
(確かに、この傷じゃあいつを倒すことすらできないだろうな)
先程の刃が身体を直撃していないだけ僥幸だと思わなければ。胸元を飾る、今は赤い光を放つペンダントをなぞってから、まだ使うべきではないと考え直した。
「ふふふ、面白くなりそうだね」
「ネロ、お前は下がっていろ」
「言われなくても」
ネロは歪んだ笑みを湛えながらレオンとウルゴを観察している。
「なんのためにこんなことすんだよ」
比較的まともだと思われるウルゴに声をかけるが、返ってきたのは問いとはずれたものだった。
「お前は、あの女の価値を知っているか?」
「価値? どういう意味だよ」
「知らないのなら教えてやろう」
そう前置きして語られた真実は、想像を絶するものだった。
「あの女は、己が望んだ魔法を生み出すことが出来る。完全に死亡して消滅した生物を蘇生させることは不可能らしいが、それ以外のことなら大抵はやってのけるだろうな」
言葉の出ないレオンに代わって、ウルゴは語り続ける。
「だが、あの女には一つ欠陥がある。己が生み出し、物品に込めた魔法を己で扱うことが出来ない。つまり――」
――誰かが使ってやらねばならない。そう吐き捨てるのだった。
「使ってやらねばならない、だと……?」
震えるほどに強く拳を握りしめて、相対する大男に牙を向く。
「ウルゴ、そろそろお話も終わりにしろ。そいつは生かしておく必要はない。やれ」
二人とも臨戦態勢で向かい合う。ウルゴは既にグローブをはめ、レオンは力を解放したまま様子を伺っている。
先に動いたのはウルゴだった。その巨体に似合わぬスピードでレオンに迫る。迎え撃つようにレオンも走り出した。
「うぉああぁ!」
拳に炎を纏わせて突っ込むレオン。単発の突きは簡単に避けられたが、すれ違いざまに置き土産を用意していた。
数瞬前までレオンが居た位置に、握りこぶしほどの火の玉が浮かんでいた。レオンの残したソレを、ウルゴはその腕で粉砕する。
「……!?」
本来なら小規模の爆発を生むための魔法だ。グローブをはめているとはいえ、素手で破壊出来るような代物ではない。
狼狽えるレオンを、ウルゴは冷めた目で見据える。まるで、自分の勝利を確証しているかのような。
少し距離を取ると、左右の腕に炎を集めウルゴに向けて放つ。即席の砲弾のようなものだ。二つの炎は空中をまっすぐウルゴに向かって進んでいく。
「なっ!?」
しかし、またしても攻撃は阻まれる。ウルゴが無造作に払った手によって掻き消されたのだ。あたりには火の粉が舞うだけで炎塊は陰も形も無くなっていた。
「こんなものか」
言葉通りに失望したような顔をする。強く奥歯を噛みしめると、再び両腕に炎を纏わせて突っ込む。今度は衝撃を加えると爆発するタイプ。
「うおおおっ!」
距離が縮まり、ウルゴの姿が目前まで迫ったとき、自身の両腕をかち合わせた。
「ぬっ!?」
驚き、回避行動を取ろうとしてももう遅い。迎え撃とうとしていたウルゴは、少し身体を反らしただけで、そのまま爆発に巻き込まれた。
「ゲホッ、ゲホッゲホッ!」
いくら自分の魔法だからってノーダメージとはいかないかと、むせながら思う。だが、予想が正しければこれは当たっているはずだ。そして、その予想は的中した。
「やってくれるな」
煙の中から出てきたのは、顔と手以外煤だらけになったウルゴだった。咄嗟に腕で顔だけはガードしたのだろう。
「やっぱり、そのグローブか」
「…………」
ウルゴのはめているグローブ。黒い革に小さな長方形のプレートが鱗のようにびっしりと取り付けられている特殊な品。
「それ、虚無石で出来てるのか?」
「……だったらどうした」
開き直ったような表情でそう語るウルゴ。
虚無石(石とは言っているが実際は鉱石)とは、いわゆる『魔法』を無力化する唯一の物質だ。虚無意思が触れると、魔力を拡散させてしまうのである。だが、加工が極端に難しくあまり市場に出回ることはない。もともとの鉱石と、それを加工して作られた盾では、価格が数百から数千倍になるとまで言われている代物だ。
「この奥の坑道には虚無石が多く含まれている。事故を装って封鎖したらしいが、実際は魔法で採掘が出来なくなって諦めただけだ」
そう言うと自分のはめたグローブをこちらにも見やすいように掲げた。
「これは俺の自作だ。虚無石の加工は難しいが、破壊はそう難しくない」
「つまり、あんたが身に付けている虚無石はそれだけってことだな?」
「……だったらどうする?」
普通の魔法使いならば己の魔法が通用しないことに絶望、ないし恐怖するはずである。だがレオンは、勝機ありと笑っていた。
「俺があんたを上回る速度で立ち回るか、さっきみたいに広域魔法を使えばいいだけだろ?」
手のひらの上に大きな火の玉を浮かべながら得意げに言うレオンを、ウルゴは憐れむように言った。
「出来ると思うなら、かかってこい」
「言われなくても!」
手のひらの上の火の玉を、ウルゴの足元めがけて発射する。着弾したそれは轟音とともに爆発する――はずだった。
「そんなのありかよ……」
しかし、実際にはなにも起こらなかった。爆発する前の火の玉を踏み潰されたのだ。
「あぁ、言い忘れていたが、靴にも虚無石は取り付けてある。足元を狙おうとも無駄だ」
「なら!」
左右の手に次々と火の玉を灯していく。その数は十を超える。
「これでどうだ!」
俗に言う絨毯爆撃というやつである。ウルゴの周囲、爆撃に巻き込める範囲に火の玉を落としていく。地面に触れた火の玉は轟音と熱風、火の手を上げながら燃え盛った。
「やはり、その程度か」
「――っ!」
横から聞こえた声に振り向く間もなく、横合いに殴り飛ばされた。勢いが強すぎて冷たい床を転がる身体を止めることができない。
長いようで短い回転が壁への衝突によって止まると、息つく暇もなくウルゴの蹴りが炸裂する。壁と足に挟まれたせいで威力を殺すこともできない。吐かなかったのは奇跡だと言っても過言ではないほどの衝撃が体を襲う。
「うっ……」
呼吸すらままならないレオンの首を鷲掴むと、目線の位置を合わせた。
「だから言っただろう、勝ち目は無いと」
少しずつ、その腕にかかる力が増していく。酸素を求めて呼吸をしようにも、気道が塞がれているせいでまともに息が出来ない。
そのとき、力強い足音はすぐそこまで来ていることに、二人はまだ気がついていない。




