夜会話
深夜、日付が変わった頃にレオンは空腹で目覚めた。
腹減ったなと、寝ぼけた頭で考えながら身体を起こす。ふかふかのベッドに新品の寝間着が、なんとなく彼を不思議な気持ちにさせた。
寝ぼけたままぼーっとしていると、視界の隅で何かがもぞりと動いた。驚いてそちらを見ると――ミラが布団にくるまって、すやすやと寝息をたてていた。
「っ!?」
「……んぅ」
叫びそうになった口を慌ててふさぐ。幸い、ミラは起きることなく、寝返りを打って再び寝息をたて始めた。
ゆっくりと、慎重にベッドを下りる。壁際に並べるように置かれたベッド、その間にある小さな収納とライト。レオンは今さらのように部屋を見回し、レオンの寝ていたベッドと今まさにミラの眠っているベッドを交互に見た。そして思う――これはまずい。
特に手を出そうという事では無いが、色々とまずい気がして、音をたてないように扉を開ける。
「ふぅ……」
薄く開けた扉から外に出ると、ため息を吐きつつ扉を閉めた。
「びっくりした?」
「わふっ!?」
驚きすぎて変な声が漏れた。声を掛けてきた当人は、クスクスと楽しそうに笑っている。
「シルク、後ろから急に声を掛けるなよ……心臓が破裂するかと思ったぞ?」
いまだに激しい鼓動を刻む胸に手を当てながら、げんなりした顔で言う。
「ごめんごめん。あまりにも狼狽えてたから、ね?」
なんかシルクのイメージが変わった。ふと浮かんだのは、黒猫だ。しかも子猫。
ひとしきり笑うと、数歩歩いてから手招きをした。
「お腹空いたんでしょ? 食堂に案内してあげる」
ぱちくりと瞬きを繰り返すレオン。そんなレオンを見て可愛らしく首を傾げると、肩から髪がサラリと流れた。
「あれ? 違ったかな?」
「い、いや、違わない。全然違わないです。むしろお願いします」
「そっか! じゃあ、行こ?」
柔らかに微笑むと、くるりと半回転して廊下を歩いていく。レオンもそれに続きながら、ふと思う。
(女の子に対する免疫無さすぎだなー、俺。こんなんじゃお袋に笑われ――)
そこまで考えて、レオンはぐっと唇を噛んだ。無理矢理に、それ以上を考えないようにした。そんなレオンをシルクが盗み見ているのに気が付かないくらい、必死に。
着いた先は、食堂というより食卓だった。一つの長いテーブルに、十個以上の椅子が列べられている。レオンを一番手前の席に座らせると、シルクは隣のキッチンに歩いていった。
「最近まともに食べて無いんでしょ?」
「いや、まぁ……」
「それじゃあ、軽くスープにしよっか。お腹に優しくて暖まるようなのがいいよね」
鼻唄を歌いながら冷蔵庫を開けるシルク。なんと驚くことに、大型の冷蔵庫が二つあった。
「あぁ、これ?」
レオンの視線の先を辿って苦笑いするシルク。
「左の冷蔵庫が食材を入れる用。右の冷蔵庫が調理済み用。夜食とか食べたい時は、こっちから勝手に取ってね」
そう言いながら、右の冷蔵庫から小さなお鍋を取り出す。
「オニオンスープ、飲める?」
鍋を火にかけてから問うシルク。特に嫌いというわけでもないので、頷いておいた。
「そういえば、身体の具合はどう? 一応治癒はかけておいたけど、大丈夫?」
火にかけたお鍋をおたまでくるくるかき回しながら、シルクが聞いた。改めて身体の調子を確かめても、傷どころか痛みさえない。
「ん、大丈夫。礼を言うのが遅れたな。改めて、ありがとう」
「いやいや良いんだよ、お礼なんて。私にはそれしか出来ないんだから」
照れたのか、自分の髪を盾にして顔を隠すシルクがなんとも艶っぽく映る。
「ん? それしか出来ないって……?」
「出来たよー! 準備手伝って〜」
ふと浮かんだ疑問は、シルクの声で考える間もなく霧散した。
目の前にあるのはオニオンスープのなみなみ注がれた二つの器と、同数のスプーン。どちらも滑らかな木製だ。
「あ、片方は私のだからね?」
そう言って器とスプーンを自分の方に引き寄せると、いただきますを言ってから食べ始めた。
「……いただきます」
シルクに倣って手を合わせると、スプーンを持って湯気たつスープを一口含んだ。
「おいしい……」
「でしょ?」
思わず声が出た。料理の経験が無いせいで何から出汁をとっているかは分からないが、炒めたオニオンのおかげかほんのり甘い。具材はオニオンとベーコンのみ。おそらく女性や子供向けの味付けだが、文句のつけようが無いほど美味しい。
「料理はおばあさまが作ってくれてるんだよ? 美味しいんだ〜おばあさまの料理!」
嬉しそうに話すシルクの横顔を見ながら、もう一口スープを含んだ。
スープを平らげ、片付けを済ませると、シルクがコーヒーを二人分淹れてくれた。
「砂糖とかいる?」
白い容器に入った砂糖をスプーンでザバザバ入れながらシルクが聞く。
「いや、大丈夫。いつも親父に付き合ってブラックで飲んでたから」
ふと、レオンの表情に影がよぎる。シルクはそれを見逃さなかった。
「ねぇ、君の話を聞かせてくれないかな? ご両親のこととか、住んでた所のこととか」
レオンはシルクと目を合わせずコーヒーを飲むと、波をたてる黒い液体を覗き込みながらぽつぽつと語りだした。
「俺、元はイフリーガの集落で暮らしてたんだ。精霊族の集落は全て至上主義って思われがちだけど、俺の住んでたとこは違った。商人とかもたまに来てたしな」
乾いた唇をコーヒーで潤す。シルクは黙って、レオンの話に聞き入っていた。
「俺の親父は集落の自警団長をしててな。めちゃくちゃ強いんだ。力を解放しても炎は扱えなかったけど、その分ステータスの上げ幅が半端じゃなかった。お袋は親父とは逆で、炎の扱いが群を抜いて上手かった。二人に、俺は一度も勝てなかった」
自分の足をグッと掴む。そうしないと涙が溢れそうだった。
「辛かったんだね、ずっとずっと、堪えてきたんだ」
気が付くと、シルクが後ろに回って抱擁していた。大きく心臓が跳ねる。そのせいで、雫が一つ落ちた。
「私には、君がいま思い浮かべている人たちの代わりは出来ない。それはミラにも、アインにも、おばあさまや町の皆にも出来ないこと」
そう言い切った上で、でもね、と付け加えた。
「君のこれからを一緒に歩める。だからね……」
泣いていいよと、彼女は微笑みながら言った。
「今日は泣かされてばっかだな……」
そう言いながら苦笑いするレオン。泣いた痕はあるが、その表情はついさっきよりも晴れやかだった。
「ふふ、私の胸を貸してあげたんだから、そのうちお返しを貰わなきゃね?」
「う……それは、その……」
二人、気まずい空気が流れる。シルクも照れるなら言わなきゃいいのにと、心の中でぼやく。というか、あの柔らかさとか温かさとか、思い出すといろいろとヤバい。
「ひ、一ついいか?」
「う、うん? 何かな?」
端から見れば微笑ましいことこの上無いが、これでも当人たちは必死である。
「どうして俺はミラの部屋に寝かされてたんだ?」
一番最初の疑問を口にする。
「あ、あぁそのこと」
シルクは、あははと乾いた笑みを浮かべながら、
「アインとの決闘があったでしょ?」
「うん……まぁ……」
複雑な表情で答えるレオンに笑みを返してから、人差し指を立てる。
「あれは元々、君をミラのルームメイトにするかどうかのテストだったの」
「ルームメイト? テスト?」
何のこっちゃと言わんばかりのレオンに、詳しく説明するシルク。
「ミラは少し特殊でね。その特殊性故に狙われる可能性があるから、護衛を探してた訳」
「そこに俺が来たってわけか……」
うんうんと頷くが、すぐに首を傾げる。
「そういや、扉に俺とミラの札が付いてたな〜。それに、ミラの特殊性って何だ?」
「ルームメイトの事はアインが認めてくれたんだよ。ミラのことは、自分で聞いてね?」
「アインが? 戦っても無いのに?」
「うん。不甲斐なかったら叩きのめす、って言ってたけどね」
不思議そうな顔をするレオン。シルクも似たような顔をしていた。
「もう遅いし、寝よっか?」
手元のコーヒーを飲み干すと、シルクは席を立った。二人のカップを片付けると、そのままどこかへ行ってしまった。
「……俺も戻るか」
そっと誰もいない部屋を見回し、一つ笑ってから部屋の明かりを消した。
そのあと、部屋に戻ってからミラに何かしたとかそういうことはない。
本当に無いったら無い。
それからの毎日は目まぐるしく過ぎていった。
ラインおばさんにもらった仕事をこなしたり、レンと衛兵の仕事を手伝ったり。
ミラの世話に悪戦苦闘している最中にシルクが乱入してきて、そのまま無理矢理ショッピング(の荷物持ち)に駆り出されたり。
アインと組み手をしてボコボコにされたり、その帰りに食事を奢らされたり。
そうした日々を重ねるにつれて、レオンは本来の自分を取り戻しつつあった。
そんなある日、彼が町に来てちょうど一ヶ月がたった頃、事態は動き出した。




