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決起と血気それから譎奇

決起……覚悟を決めて行動を起こすこと

血気……旺盛な活動意欲

譎奇けっき……思いがけないこと

 ラインおばさんに呼び出されてミラとともに執務室に入ると、先客が二人いた。シルクはこちらに気付くと、軽くうなずいた。もう一人の先客――レンの父親であり衛兵長でもあるガイは、会釈してすぐにおばさんに向き直った。寡黙だが、悪い人ではないのは把握済みなので、特に気分を害したりしない。そのまま、二人に倣って机の前に並んだ。


「……そろったわね」


 しばしの沈黙の後、ラインおばさんが重々しく口を開いた。おばさんらしくない態度に、必然的に三人(ミラ以外)の空気が引き締まる。


「ついさっき、当家の統治する町が一つ、焼き払われました。住民は、全滅です」


 この発言には、さすがのミラもはっとしていた。


「クロックハルト家の統治する町を攻撃? なぜです?」


 ガイが、この場の全員の疑問を代弁した。

 クロックハルト家とは、この世界で知らぬ者などいない有名な一族。その突出した能力と、先祖代々受け継ぐ資産。さらに、その資産を使い、商業だけでなく統治もしている。

 そして、聞いた話だとクロックハルト家は戦争が始まって以来、攻撃を受けた事がない。


「分からないわ。攻撃の宣告も無し。資金や物資の提供という形での和解も無視。突然攻撃が始まって、話し合いにも応じず町を焼き払ったそうよ」

「そんな……」


 シルクが口許を押さえながら数歩後ろによろめく。絶対安全だと思っていた場所が攻撃されたと知ったら、誰だって驚愕や不安に襲われるだろう。


「…………」


 その中で一番冷静だったのが、レオンだった。


「相手はなんのために攻撃してきたんでしょう?」


 おばさんは少し躊躇った後、口を開いた。


「ミラを探してるんだわ。どこから情報を仕入れたか知らないけど、相手はミラがクロックハルト家の庇護下にいることを知っている」


 この場にいる全員の視線が一点に集中する。ミラは、ただラインおばさんを見つめていた。


「そこで、これ以上の被害を出さないためにこちらから打って出ます」

「……何をすればいいの?」


 珍しくミラが積極的なのは、責任が自分にあると思っているからだろうか?


「町の皆に、他の町へ移転してもらい、そこで噂を流すのです。『サイラムに特殊な魔法を使える者が居る』と」

「相手を誘き寄せる、ということですかな?」


 そう言うガイはあまり乗り気ではなさそうだ。


「危険性は承知しています。だからこそ、住人全員を移転させると言ったのです。もちろんガイ、あなたたち衛兵もね」

「おばあさま、まさか一人で迎え撃つつもりですか!」


 シルクが詰め寄る。だが、おばさんも意見を変えるつもりは無いようで、「その通りです」と言うだけで口を閉ざした。ミラが二人を交互に見ながらどうしようかと考えてるうちに、ガイが動いた。


「これで自分は、反乱軍になるのでしょうな」


 おばさんの目の前に置かれたのは、衛兵を象徴する紋章。剣と槍がクロスされた青い紋章を、鎧の左胸からむしりとって叩き付けたのだ。


「……私は認めませんよ」

「だからこその反乱軍でしょう?」


 両者譲らない。その硬直を破ったのはレオンだった。


「ガイさん、俺もその反乱軍に入れて貰えないかな?」

「レオン!?」


 驚くおばさんに目を向けることなく、ガイに目線で訴えた。視線がぶつかり合う。


「……わかった。好きにするといい」


 折れたのはガイの方だった。ガイはくるりと後ろを向くと、無造作に扉を開け放った。


「あ、あなたたち!」


 唐突に開け放たれた扉から雪崩れ込んできたのは、レンを始めとする衛兵団、町の人たちの姿もちらほらと見える。いつの間にか、アインまでもが部屋に入り込んでいた。


「お、親父……」

「立て、馬鹿者ども!」


 ガイの一喝で衛兵団が姿勢を正す。なぜか、町の人たちも一緒に気を付けをしていた。


「今お前たちが盗み聞いていた通り、事態は深刻だ! その上で誰かの盾になれる馬鹿だけここに残れ!」


 ガイが話終わっても、誰一人帰らなかった。それどころか、全員が紋章をおばさんの机の上に放った。

 先頭にいたレンが、ガイの顔を正面から見据えながら叫んだ。


「親父、俺はまだ誰かのために死ぬなんて胸を張って言えない。けど! この町や、この町の人たちのことを守りたいと思ってるのは本当だ! だから頼む! 俺もここに残らせてくれ!」


 レンらしい真っ正直からぶつける言葉。真摯に頭を下げるレンを見て、ガイが一瞬だけ笑ったような気がした。


「レン、俺は言ったな。誰かの盾になれる者だけ残れと」

「ああ……」


 悲痛そうな面持ちのレン。残らせてもらえないと思っているのだろう。だが、レオンはそうは思わなかった。なぜなら……ガイがレンを見て、誇らしげな表情をしていたから。


「その誰かには、当然己も入っているのだ。自分の命を投げ打ってでも、などという奴の方が信用できん」


 レンがはっとなって顔を上げる。そのころにはもうガイの表情はいつも通りに戻っていた。


「そういう訳です、クロックハルト様」


 彼はおばさんに向き直ると、胸に手をあてて恭しく頭を下げる。


「貴女のことは尊敬しておりますが、此度の命令、従うわけには参りません」


 頭を上げた彼を呆れた表情で見つめるおばさん。そんなおばさんに、ミラがとどめを刺した。


「……私が原因なら、私もみんなを守るために戦いたい。守られるだけは、辛いもの」

「…………はぁ。わかりました。まったく、どうしようも無いですね」


 そう言って苦笑いした後、気を引き締めてから順番に言い渡した。


「ガイ、それから衛兵団は町の防衛を固めなさい。レンとシルクは別件で、町中の防御魔法や治癒魔法が得意な者を揃えなさい。無理強いはしてはいけませんよ。町の人たちは噂を流す役、武具の点検役、それから衛兵団のための炊き出しを行って下さい。もちろん、無理強いはしません。アインは相手の状況を出来る限り調べて。無茶はダメよ? ミラには魔法設備の増強を手伝って貰います。レオンはミラの護衛をしてもらいます。いいですね?」


 一気に言い終えると、にっこりといつも通りの笑顔を浮かべた。


「みんなで、返り討ちにしてやりましょう!」




 それからの日々は瞬く間に過ぎていった。

 まずは噂を流す役の人たちを魔導列車の駅まで見送りに行き、衛兵たちに防衛を固めさせる。武器屋や防具屋、鍛治屋はその衛兵たちの装備を揃えて点検しての毎日。レンやシルクは町中を走り回って協力者を探し、アインはあれから姿を見ていない。


「超ハードスケジュール……」


 青空の下、炊き出しのおにぎりと味噌汁を食べながらぼやく。ミラはと言えば、いまだに魔法設備の増強を手伝っている。レオンには魔法設備うんぬんはさっぱりだが、力仕事がある時だけは手を貸していた。


「今日だけでも塀の魔法陣の修復三ヵ所、魔砲台の点検と増強十ヵ所、そして今は町の外に仕掛けるための地雷を製作中……。体力持つのか?」


 そうこう考えているうちにミラが歩いてきた。その表情には、うっすらと疲労が見て取れる。とりあえず席に座らせて、ミラの分のおにぎりと味噌汁を持ってきて机に置いた。


「……終わった」

「お疲れ様。結局、地雷いくつ作ったんだ?」

「……予備も含めて、三十個」

「……本当にお疲れ様でした」


 ミラがもそもそとおにぎりを食べている。残っていた味噌汁を一気に飲み干すと、しばらく無言で町を眺めていた。



「あの〜、ミラさんとレオンさんですよね?」


 食事を済ませたミラと何気なく会話しているところに、声がかけられる。


「そう、ですけど」


 見たことのない青年だった。歳はレオンより上だろうが身長は低め。柔和な物腰と誠実そうな顔つき。総じて言うならば、爽やかなイケメンだった。


「ミラさんに見てほしい魔法設備がいくつかあるそうなので、屋敷に戻ってほしいそうです」

「……わかった」


 こくりと頷くと屋敷の方へ歩き出すミラ。レオンも後を追おうとするが、青年が呼び止めた。


「装備の運搬があるとかで、レオンさんの力を借りたいそうですよ」


 青年とミラを交互に見る。どうするか考えている隙に、


「……私は大丈夫。手伝ってきて」

「あ、あぁ、わかった。終わったらすぐ行くから、うろちょろするなよ?」


 ミラが屋敷に戻っていくのを見届けてから、青年が指差す方へ駆けていった。



 俺のこの時の決断を、一生悔いることになるとも知らずに。




「仕事はない!? なんか必要があって呼んだんじゃ無かったのか!?」

「お、落ち着けよレオン……」


 思わず荒らげていた気を鎮め、目の前の武器屋のおやじをもう一度問いただす。


「仕事が無いなら、なんで俺を呼んだんだ?」

「だからさっきも言っただろう? ミラのお婿さんを一人で呼び出したりしねぇって。一緒に居なきゃいけねぇんだろ?」


 おやじの冗談に突っ込みを入れる余裕さえ無かった。どういうことだ? まさか……嵌められた?


「くそっ!」


 来た道を、今度は全力で駆け戻る。


「居ない! どこ行った?」


 さっきの青年はすでにそこには居なかった。言い様のない不安に駈られて、屋敷に向けて走る。


(杞憂であってくれ! 頼む!)


 そう心で願いながら、さらに速度を上げた。



 屋敷に着くと、一直線におばさんの部屋に向かい、扉を壊しかねないほどの力で開け放つ。


「おばさん! ミラ!」


 二人の姿はない。もうここに用は無いと踵を返す途中、裏庭になにかが見えた。


「――っ! このっ!」


 窓を開けると、そこから裏庭に転がり出た。そこにいたのは先程の青年と、ミラを担いだ大男だった。


「おや? 予想以上に早かったですね?」


 青年が嫌味ったらしそうに手を叩く。大男はこちらを見据えたまま動かない。


「追い付かれては面倒ですからね。ウルゴ、頼みますよ」


 ウルゴと呼ばれた大男はミラを青年に託すと、懐から何かを取り出し両手にはめた。手の甲から指先にかけて金属が縫い付けられた特殊なグローブだ。


「先に行け」

「そうします。……ヘマはしないでくださいね?」

「当然だ」


 青年はミラを抱え上げると、スタスタとどこかへ歩いて行った。


「邪魔を、するな!」


 一気に力を解放すると、その無防備な背中へ一直線に駆け出す。大男には追い付けないだろうと思っていたが故の、慢心。


「それはこちらのセリフだ」

「――!?」


 反応する間も無かった。レオンと青年の間に入ったウルゴの拳が、胸の中心を捉えていた。レオンの内側で、聞いたことの無いような破壊音が炸裂する。


「ごっ――がはっ、う……げぇっ!」


 ノーバウンドで屋敷の窓際まで吹き飛ばされる。確実に肋骨が何本かやられた。肺が破片に傷付けられたのか、吐血の量が尋常ではない。


「ぐ……ゴホッ。くそっ、ミラを返せ!」


 ゆっくりとこちらに歩みよってくるウルゴを睨み付けながら言い放つ。もう意識を保つので精一杯で、立つ事すらままならない。


「残念だが、お前の望みは叶えられない。既に始まってしまったのだ。手に入れるのはこちらかそちら、どちらかだ」


 見下ろしながらそう言うと、レオンの頭を蹴り飛ばした。


 サブタイトルわかり辛くてすみません。

 頑張って韻を踏んだ結果です。

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