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新しい居場所



 頭一つ小さいミラに付いてしばらく歩くと、大きな屋敷に着いた。屋敷といっても豪奢な印象は無く、質素な、ただ大きい家に見える。それでも、この町で一番の権力者なのだろうと、レオンはあたりをつけた。


 ミラが扉をノックすると、少女が出迎えてくれた。温厚そうな顔立ちも、長い髪をまとめて左肩から前に流す髪型も、纏っている雰囲気からしても、その少女は、美少女というより美人と形容するべきだと思わせた。薄緑のロングシャツに同色のスカート、水色のカーディガンを肩にかけている。なんとも大人っぽい少女。


「来てくれてありがとねミラ。大事ない?」

「……うん、大丈夫。ラインおばさんが、話があるって」

「うん、入って……と言いたいけど、そちらは? ミラのボーイフレンドだったりするのかしら?」


 冗談めかして微笑みながら言う少女に、なんとミラが紹介してくれた。


「……この人はレオン。近くの町で拾った。この人はシルク。この屋敷の主の孫。あなたと同い年」

「拾ったって……」


 なんだか悲しくなる表現の仕方だった。それを全面的に否定できないのも悲しいところだった。というか、同い年なのか。ちょっと意外、とか思ったのは秘密にしとこう。


「そう、レオンくん? はじめまして。それにしても、ミラが人を連れてくるなんて……初めてじゃないかしら?」


 ニコニコとしながらミラに詰め寄るシルク。さすがは女の子といったところか。


「……ラインおばさんが呼んでるはず」


 こちらからは見えないが、声はさっきまでと変わらない。シルクも詰め寄るのを一旦諦めて、意味ありげな微笑みを湛えながら二人を中に招き入れた。



 シルクに先導されながら屋敷を歩く。特に豪華な調度品や芸術品があるわけでもなく、赤いカーペットのひかれた廊下を真っ直ぐに進んでいく。


「おばあさま? 入りますよ〜」


 突き当たりにあった扉をノックすることもなく、一声かけただけで開ける。

 広々とした部屋。中にあったのは、背の高い観葉植物と木製の机、さして大きくもない窓が三方向にあるが、今は正面以外カーテンが閉じられている。


 正面、木製の机で作業をしている女性が目に入った。

 年の頃は五十代。短く切り揃えられた白髪のなかに、うっすらとまだ黒髪が残っている。服はすべて灰色に統一されていて、いかにも初老の女性といった風情を醸し出している。


「あら、いらっしゃい。思ったよりも早かったわね?」


 そう言ってにっこり微笑む女性の穏やかな雰囲気が、シルクと重なって見えた。ということは、この人がこの屋敷の主なのだろうか?


「ごめんなさいね、ミラ。本当は私から出向くつもりだったのだけど、どうにも仕事が片付かなくって」


 頬に手を当てながら、困ったように言う女性にミラが首を振った。


「……忙しいのは分かってるから、大丈夫。それより話って?」

「そうそう、結構重要な話でね……。ところで、彼は? 一応町の人は全員把握しているつもりだったのだけど、度忘れでもしたのかしら?」


 ちらちらと好奇心を隠しきれないといった眼差しでレオンを見ていた女性が、ついにミラに質問した。このままミラに任せていたらまた変な事を言われかねない。レオンは自ら前に進み出ると、


「俺はレオンといいます。近くの町で倒れているところをミラに救ってもらって、この町まで案内してもらいました」


 一気にそこまで言うと、一呼吸置いて続けた。


「よろしければ、少しの間、この町に滞在させてもらえないでしょうか」


 彼にとって、今のセリフを口に出すのは勇気のいることだった。一度集落を焼き払われた彼にとって、他の地に定住するのは、ある種の恐怖を伴うことに他ならなかった。少し仕事をして、服と許される限りの食糧を持って、またどこぞとも知れぬ地に行くつもりでいた。そんな彼の考えを見抜いてか、女性はにこりとしながら、


「そんな他人行儀は止めましょう、レオン。あなたが今までどうしていたのか、私に知る術はありませんが、それほどまで自らを傷付ける必要はないと思いますよ?」


 立ち上がり、レオンの前まで来ると、突然彼を抱き締めた。驚いたレオンは身体をビクンと跳ねさせるだけで、何の抵抗もしない。と言うよりも、抵抗できないような何かがあった。


「あなたにはまだ未来があるのです。過去の後悔も、己の未熟さも、いつかきっと向き合える時が来ます。だから、今はその感情の居場所を作りなさい。それらがあることを、自分で認めなさい。認めた上で、それらと向き合えるようになるまで閉じ込めてしまいなさい。大丈夫、逃げられたりなんかしませんから」


 くしゃくしゃと髪をかき回されて、レオンは自分が泣いているのに気が付いた。ごしごしと、目もとを擦る。なんとなく、どこかに居座っていた重く硬い何かが、動いたような気がした。


「住む場所も、服も食べるものも用意してあげます。その代わり、あなたもこの町のために働いて下さいね?」

「はい。えっと……」

「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はライン・クロックハルト。ラインおばさんと呼んで下さい」


 そう言って、またにっこりと笑った。



「えっと……おばあさま? ミラの用件は……?」


 苦笑いしながら指摘するシルク。おばさんも今さら思い出したのか、少しだけ苦笑した。


「その件ならもう解決しそうね?」


 ミラもレオンも、指摘したシルクでさえぽかんとした顔をする。その中でただ一人、発言者であるおばさんがレオンに向き直った。


「レオンは、戦闘はどの程度?」

「それなり、ですかね」


 胸元のペンダントにそっと触れながら答える。


「それじゃ、実力を見せてもらえる? あ、ここでじゃないわよ? 屋敷の裏に訓練場があるから、そこに行きましょ。……アイン、先に行って準備をお願い」

「……?」


 この場で、不思議そうな顔をしているのはレオンだけだった。



 四人で屋敷を出て、裏庭を横切ると、大きな白い建物の中に案内された。短い廊下を歩いて扉をくぐると、そこはガラス張りの部屋に繋がっていた。その向こう側はホールのように広々としていて、柔らかな光が内部を照らしている。


「ここが訓練場。あなたの相手をしてくれるのは、あの子よ」


 おばさんが指差す先に居たのは、黒く丈の長いローブをフードまできっちり被った人影。ローブのせいで年齢も性別も分からない。


(というか、戦うの決定なんだ……)


 あまり気の進まないレオンだったが、こうなっては仕方ないと腹をくくった。ガラス製の扉を開こうと手を伸ばしたとき、


「アインは強いよ? 油断してると一撃で倒されかねないから、気を付けてね?」


 シルクは、そう言ってレオンを送り出した。



 フィールドに立ってローブの人影と対峙すると、意外な事に先に口を開いたのは相手のほうだった。


「お前が、強いようには見えない」


 女の声だった。だが、その声からは年齢までは伺い知れない。その声があまりにも、冷ややかで鋭いものだったからだ。


「そりゃまぁ、自分が強いなんて自惚れてるつもりはないけど。そう簡単にやられるつもりもないぞ?」


 そう答えたものの、レオンはなんとなく感じ取っていた。相手が自分よりも、格上だということに。


「顔見えないとやりづらいからさ、フード外してくれないかな?」


 ほんの揺さぶりのつもりで吐いたセリフ。だが、相手――アインは、なんのためらいもなくフードを外してみせた。


「……!」


 あっさりとフードを外した事にも驚いたが、彼が言葉を失ったのはそれ以外の原因によってだった。


 黒く長い髪は整えれば腰にまで届きそうだが、今はぞんざいに振り払われている。日焼けと無縁の肌に映える美しい唇は、静かな水面に垂らされた一滴の血を思わせる。そしてその瞳。黒く底の見えないその細長い瞳は、レオンを捉えていながら映していなかった。可憐なミラとも優美なシルクとも違う。その美しさは、まるで艶かしく光る刃物のようだった。


「面倒な前置きはいい。始めるぞ」


 アインが、前傾姿勢を取る。武器の類いは見えないが、警戒するに越したことはない。

 胸元を飾るペンダント。黒い雫型の塊に、赤い線がヒビのように走っている。彼がそのペンダントを指で弾くと、レオンの姿が一瞬で赤い光に包まれた。


「……! 呪文無しで『解放術』を使うのか」


 驚いたのも一瞬、アインは躊躇うことなく駆けた。レオンも、それを迎え撃たんと走る。そして……。



 レオンは身体の感覚を一切無くしていた。走り出したはいいものの、そこで力尽き倒れたのだ。もちろん、受け身などとれるはずもない。勢いのままに地を滑った。凄まじい転倒の仕方をしながらも痛みが無いということが、頭の片隅では危険だと分かっていてもどうすることも出来ない。


「レオンくん!」


 一番初めに駆け付けてくれたのはシルクだった。おそらく治癒魔法をかけているのだろう。声を掛けながらも、その顔は集中している。ミラとおばさんも心配そうに顔を覗き込んできている。


(ああ……早く立たなきゃ)


 そう思った。そのすぐ後、いきなり目線が高くなった。知らぬ間に自分で立ち上がったのかと錯覚したが、そんなわけがない。目線だけ横に動かす。


「さっさと連れていこう。ここより、ベッドの方がいい」


 アインが、軽々とレオンの身体を担いで歩き出した。それを境に、彼は意識を失った。




 目を覚ますと、そこはベッドの上だった。


「……目、覚めた?」


 ミラがレオンの額に手を当てながら聞いた。シルクがその様子をニコニコと(ニヤニヤと?)しながら見守っている。


「……ああ、大丈夫」


 なんとかそれだけ口にする。ふと目をやると、壁にもたれるアインの姿があった。彼女はレオンが目を覚ましたのを確認すると、


「もういい? それじゃ」


 とだけ言って部屋を出ようとした。


「アイン!」


 その後ろ姿を呼び止める。彼女がこちらを向く。何のために呼び止めた? 何が言いたかったのか? その冷たい視線に刺されたせいで、よく分からなくなっていた。


「用が無いならもう行く」


 扉を開けて、今にも出ていきそうなその背中に、ようやく思い出せた伝えたいことをぶつける。


「ここまで運んでくれてありがとう。助かった」


 ピタリと、その足が止まった。ちらりとこちらを見た後、すぐにフイッっとそっぽを向いてしまう。


「……?」

「食事一回おごり。ついでにスイーツも」


 それだけ言うと、そのまま出ていってしまった。


「まだ仕事見付けて無いっての……」


 苦笑いしながらも、その約束を忘れないようにしっかり刻み付けたレオンだった。



「ごめんなさいね、疲れてるのに無理させて」


 アインと入れ替わりで入ってきたのは、おばさんだった。かなりしょんぼりしている。


「いえ、大丈夫です。自己管理がなっていなかっただけですから」


 手を振りながら謝罪は必要ないと訴える。実際、自分にも非はあるのだから当然だ。


「それじゃあ、もうすぐご飯の時間ですけど、一緒にどうです?」

「いえ……今は眠りたい気分なので」

「そうですか……じゃあ、寝間着だけここに置いておきますから、気が向いたら着替えておいて下さいな」


 そう言って部屋を出ていくおばさんに続いて、ミラとシルクも部屋を出た。

 部屋に一人になったことを確認してから、用意された寝間着に着替え、布団に入って眠りに落ちた。この部屋にもう一つ、ベッドがあることを確認もせずに。


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