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匂いの色  作者: ゆず
第1章 ライラック
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8/21

ライラック 7

私は韓国人の小説家です。

2年前に出版した自分の小説を日本語に翻訳し、こちらで連載することにしました。

不自然なところがあったりするかもしれませんが、楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。

ありがとうございます。

 「こんばんは?」


 花ではなく、女だった。


 咲き誇る花びらではなく、驚いた二つの目だった。


「もう遅い時間なので、誰もいないのかと思いました」


 声は柔らかかった。


 少し涙声が混じっていた。


「今からでも、本を借りてもいいですか?」


 荒い息が次第に落ち着いていった。


 白い匂いが一枚ずつ剥がれ落ち、徐々に薄くなっていった。


 一方で、薔薇の香りはますます濃くなっていく。


 死は、この匂いが好きなのだろうか。


 それとも、嫌いなのだろうか?


 カチャカチャという音に、視線を上げた。



「花?」



 僕たちは同時に、お互いの手をちらりと見た。


 同じ鍵を握っていた。



「本です」



 女が吐き出した白い匂いが、僕に触れた。

 そして、声。

 そして、薔薇の香り。


 白い匂いが薄れるにつれ、ブックカフェは日が沈むように暗くなっていった。


 女は明かりをつけていなかったのだ。


 暗闇の中で、女の指が影になった本棚を撫で、明るい窓辺へ近づき、本を開く姿が浮かんだ。


 女は、黒い髪と、膝まで届く黒いコート、ヒールの低い黒い靴で構成されていた。


 けれど、自分が放っている色が白だということを、女が知るはずもなかった。


 一瞬、あの視覚障害者を思い出したけれど、この女は目がよく見えているようだった。


 女は待っていた。


 次に話すのは僕だと言わんばかりに、じっと僕を見つめていた。



 薔薇の香りが少し濃くなった。

 白い匂いが少し薄くなった。



 やがて女は静かに、胸元に赤黒い何かを掲げて見せた。


『*死の収容所で』


 第二次世界大戦、アウシュヴィッツ強制収容所に収容されたユダヤ人が、生きる意味を凄絶に追い求める物語。


「こちらへどうぞ」


 ついに僕が言った。


 本棚と向かい合った貸出室の扉を開けるなり、白い匂いと薔薇の香りが先を争うように入っていった。


 四つの本棚を無理やり詰め込んだブックカフェと同じくらい手狭な貸出室が、今日はいつにも増して息苦しく見えた。


 机が一つと、椅子が一つ。


 その周りを本の山が取り囲む、小さな空間だった。


 僕(・)た(・)ち(・)は、その中へ入った。


 僕が机の向こう側から椅子を動かすあいだ、女は好奇心に満ちた目で本の山を見回していた。


 本のタイトルを見ているようだった。


 机の上に散らばった古典小説にも視線が留まった。


 僕が古びた本を積み上げ、その上に腰を下ろすと、女は静かに微笑みを浮かべ、僕と向かい合って座った。


 薔薇の香りが少し濃くなった。


 二段目の引き出しから名簿を取り出し、女に差し出した。


「ここにお名前と本のタイトル、今日の日付、電話番号を書いてください」


 女は頷くと、顔を埋めるように深く俯き、それに没頭した。


 長い髪が横顔を伝って滑り落ちていく過程が、ゆっくりと流れていった。


 世界を真っ白に染めようとした出来事。白い匂い。薔薇の香り。


 この話をしたら、女は笑うだろうか?


「どうぞ」


 女が名簿を僕のほうへ押しやった。


「名字を書かずに、名前だけにしたんですけど、大丈夫ですか?」


「もちろんです」



 あなたは、もうすぐ死ぬ。



「本は2週間以内に返却していただければ大丈夫です」


「週末には全部/読み終えると思います。月曜日に持ってきますね」


 どう見ても、死からはかけ離れた顔だった。


「お時間がないみたいですね」


 僕はそれとなく聞いた。


「え?」


 女が目を丸くした。


「普通は、時間がたくさんあるのかって聞くんじゃないですか?」


「あ―」


 僕はすぐに後悔した。


「普通は一週間くらいで返す方が多いので」


 苦しい言い訳。


「つまり、その……人って平日は働いて、週末は休むじゃないですか。働くと疲れるから本なんて読みたくないし、それに休みの日は……」


 彼女が笑い出してくれたおかげで、僕は口を閉じることができた。


「いいえ。実は、時間がないのは当たってます」


 女は申し訳なさそうに微笑んだ。


「今朝、旅行に行こうって決めたんです。次の月曜日に出発します。混み合う週末より、平日のほうがいいかなって」


 薔薇の香りが少し濃くなった。


「今回の旅行は、計画を立てないことにしたんです。そうしたら時間が余ったので、本を借りに来ちゃったんです。とにかく、あと2日しかないから、本を読む時間があまりないっていうのも間違いではないですよね? それから、ごめんなさい。あまりにも真剣に聞かれたから、つい笑っちゃいました」


 僕はそっと首を横に振った。


「そうなんですね」


 最後の旅行?


 そのとき、名簿に書かれた見慣れない字が目に入った。



「タンミ」



 珍しい名前だった。


 薔薇の香りが少し――いや、かなり濃くなった。


 名前と匂いが、女に似ていた。


 いったい、どこからこの匂いを漂わせているんだ?

*死の収容所で

> 日本では『夜と霧』という題名で出版されました。


#読んでいただき、ありがとうございました!

ブックマークや評価「☆☆☆☆☆」で応援していただけると嬉しいです!

よろしくお願いします!


※もし韓国語を勉強している方や、韓国語に興味のある方がいらっしゃいましたら、お気軽にメッセージをください。韓国語の原文をお送りします。

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