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匂いの色  作者: ゆず
第1章 ライラック
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4/21

ライラック 3

私は韓国人の小説家です。

2年前に出版した自分の小説を日本語に翻訳し、こちらで連載することにしました。

不自然なところがあったりするかもしれませんが、楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。

ありがとうございます。

 僕は7歳の子供らしく、母を捜し始めた。


 怖くて、わざと大きな声で独り言を言った。僕はもう一度ベッドに潜り込み、布団を引き寄せた。


 時間が再び流れ始めた。


 さっきのあの空間が抑えきれないほど込み上げてきた。真っ白な天井と、咲き乱れる薔薇、悪臭、花粉。


 ふと、母があそこに閉じ込められているに違いないと思った。膝を抱え、顔を埋めたまま、僕が来るのをいつまでも待っているのだと思った。


 あれは夢じゃなかったんだ。結局、そうなってしまったの?


 そのとき、コツコツと響く靴音が遠くからかすかに聞こえた。


 僕はそちらへぱっと顔を向けた。窓と向かい合う扉だった。次第に大きくなる足音が止まると、僕の心臓まで止まったような気がした。


 扉がゆっくりと開き、その倍ほどの時間をかけて閉じた。


 僕は誰なのか、すぐにわかった。


「母さん!」


 布団を蹴飛ばして扉へ駆けていくと、母が姿を現した。


「ソファ!」


 膝をついた母の両腕の間へ、吸い込まれるように飛び込んだ。


 けれど、少しおかしかった。


 僕は無意識にその胸から抜け出し、母をまっすぐ見つめた。


 ほのかな花の香りがしなかった。胸いっぱいに吸い込んでも、しばらくするとまた恋しくなる香りだった。だから僕は抱擁にしては長いあいだ母を抱きしめていた。


 別人みたいだった。


 僕が離れると、母は驚いたように見えたが、すぐに何でもないふりをして言った。


「大丈夫? どこか痛いところとかはないの?」


 母は僕の体を隅々まで撫でた。


 ゆっくりと上がってくる母の視線に、僕は無理して笑い返した。


 母は苦しんでいた。


「うん。全然平気だよ」


 母は瞳をわずかに揺らし、無理やり口角を上げた。そして、優しく僕を押した。


「今日はここで寝て、明日家に帰るよ。」


「なんで? 今帰っちゃだめなの?」


 僕は脚に力を入れた。


「もう遅いから、だめ」


 僕は唇を尖らせた。


「わかった。でも、ここどこ?」


 そのときだった。


 扉が再び開いて、閉じた。


 その間隔は、とても短かった。


「息子さん、目を覚ましたんですね」


 頭が天井に届くほど大きな人が大股で入ってきた。


 僕はさっと母の後ろへ隠れ、顔だけを少し覗かせた。


 巨人は一歩ほど距離を置き、腰を半分にかがめて僕と目線を合わせた。


「どこか痛いところはありませんか、患者さん?」


 僕は巨人をじっくり観察した。


 真っ白な白衣のボタンは、ひとつ残らず留められていた。曇った眼鏡の向こうにある切れ長の目は、あまりにも細くて本当に前が見えているのかと思ったけれど、その瞳は確かに僕を上から下まで眺め回した。そして満足したように小さく頷き、にやりと笑った。


 その笑顔にぞっとした。


「明日、退院させようと思っています」


 母が不意に言った。


 医師はそこでようやく母の存在に気づいたような素振りを見せた。


 ちらりと、眼鏡のレンズの隅に刻まれた黒い三日月が見えた。


 医師の頭が、再び天井に届いた。


「もう少し経過を見守ったほうが、息子さんのためにもいいと思います。意識も戻りましたし、追加の検査も必要ですので」


 医師は手に持った紙を見るふりをして、言葉を続けた。


「このまま退院させるのは、医師として少し気にかかりますね」


「そうですか? じゃあ、正直に言います。この病院が気に入りません。だから他の病院に移るために退院させたいです。私の息子のために。そういう理由なら、退院しても構いませんよね?」


 医師は笑みを消し、母を見下ろした。


 困ったように眼鏡の縁を触り、言葉を慎重に選んでいるのか、二度ほど口を開いては閉じた。


「私がお気に召さないのでしたら、担当医を替えます。ご希望でしたら、検査結果についても別の医師が……」


「正常なんでしょう? そうですよね?」


「どうしてそう言い切れるんですか?」


 医師は再び笑った。


 母は拳をぎゅっと握りしめた。


 背の高い医師の影が僕たちを覆った。


「嗅覚を完全に失っています。お母様と同じように。後天的な臭覚喪失が遺伝につながった例も、いくつかはありますが、追加の検査を行えば、その際にはっきりとお伝えできます。今は、それが問題なのではありません」


 紙がくしゃりと潰れる音が病室に響いた。


 医師はそれを僕たちに差し出した。


「それよりも、もっとあり得ないのは……」


「もう出ていってください。少し疲れました。その話は明日聞くことにします」


 母が言葉を遮った。


「退院するときに」


 母が携帯電話を手に取り、音を消すと、病室の中は静まり返った。


 けれど、僕の頭の中はぐちゃぐちゃに入り混じっていた。二人が僕を振り向かないのが不思議なくらい、うるさく。


 ついに医師が長い沈黙を破って言った。


「わかりました。ゆっくり休んでください」


 壊れそうなほど激しく扉が開いて閉じ、聞こえてくる鈍い足音が、段々遠ざかっていった。


 母はかなり長いあいだ、扉のほうを見つめていた。


 そして、身を屈めて僕をぎゅっと抱きしめた。


 僕はさっきから喉元を這い上がってきていた二つの言葉を、ほんの少しだけ引き止めてから吐き出した。


「嗅覚喪失?」


 僕の肩をじっと押さえる母の顎が、重くなった。


「母さん、それ、どういう意味? 匂いがしないってこと?」


 母は静かに頷いた。


 肩が痛かった。


「違うよ。さっき、確かに嗅いだんだよ。あの窓の外から変な匂いが入ってきたんだ。名前は思い出せないけど、本当だよ、母さん。匂いが嗅げなくなったらどうするの? それじゃ……」


 母の体が震えた。肩が冷たくなり始めた。


「それじゃ、母さんの世界をどうやって塗ればいいんだろう?」


 僕はその言葉をかろうじて捕まえ、呑み込んだ。


 代わりに、母を深く抱きしめた。


 僕は安心した。


 それでも、母が今、隣にいるから。


 僕たちの横顔が触れ合っていた。耳が再び水に沈んだ。


 じわじわと深まっていく、夜明けの薄明かりだった。


 あの匂いが、また病室を訪れた。


 僕は必死に気づかないふりをしたまま、眠りにつこうとした。そして、別の夢を見られるよう祈った。


 翌日、僕は退院した。


 母の言葉とは違い、僕たちは家へ帰った。


 そして、20年が流れた。

#読んでいただき、ありがとうございました!

ブックマークや評価「☆☆☆☆☆」で応援していただけると嬉しいです!

よろしくお願いします!


※もし韓国語を勉強している方や、韓国語に興味のある方がいらっしゃいましたら、お気軽にメッセージをください。韓国語の原文をお送りします。

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