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匂いの色  作者: ゆず
第1章 ライラック
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3/21

ライラック 2

私は韓国人の小説家です。

2年前に出版した自分の小説を日本語に翻訳し、こちらで連載することにしました。

不自然なところがあったりするかもしれませんが、楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。

ありがとうございます。

 耳をくすぐる柔らかな旋律に、目を覚ました。


 真っ白な天井が目に入り、びくっとしたが、さっきまでいた場所とは違うのだとすぐに気づいた。手足は軽く、もう目眩もないし、咳も出なかった。


 僕は微笑んだ。


「戻ってきた」


 そう呟いて、しばらく顔に笑みを浮かべていた。前にも話したとおり、ああいう夢はよく見ていたから、すぐに振り払うことができた。いつからか、あの夢から覚めると、むしろ気分がよかった。


 水の中に沈んでいるような感覚と、泣き声。花が弾け、散っていく音。目眩がするような香り。


 少なくとも、そういったものが消えた世界に戻ってきたから。


 だから、自分が今どこにいて、何を着ているのかまで考える余裕がなかった。ぶらぶらと動かしていた腕に冷たい何かが触れて、ようやく僕は体を起こした。


 布団をそっとめくると、色とりどりの絵の具を鍵盤のように背負った携帯電話が出てきた。


 そこでようやく、病室の隅々まで響き渡るピアノ曲が意識にのぼった。


 その音を辿るように、辺りを見回した。


 枕元の明かりは温かな光を放ち、何も掛かっていない象牙色の壁には、僕の影が斜めに伸びていた。右側には、少し開いた窓があった。病室に時計はなかったけれど、一秒ごとに鳴るピアノの音が、時計の針の代わりに時を刻んでいた。次第に遠ざかるクラクションの音が、窓枠に引っかかった。風にカーテンがはためいた。


 しばらくして、窓の向こうから入り込んできた何かの匂いが、そっと僕の鼻をくすぐった。


 僕は呟いた。


「何の匂いだっけ?」


 確か、どこかで嗅いだことのある匂いだった。


 母と一緒に話したことのある匂い。一緒に行った数えきれないほどの花屋の、どこかひとつだったはずだ。けれど、思い出そうとすればするほど、鮮明になるどころか、ぼんやりと滲んでいくだけだった。


 僕は目を閉じ、鼻をくんくんと鳴らした。母が来る前に、何の匂いなのか突き止めなくてはいけない。


 けれど今日は、どういうわけか鼻がひどく詰まったような感じがした。


 布団を跳ねのけ、窓辺へ駆け寄った。


 時間が埋もれた。


 構わなかった。


 僕は、どうしても突き止めなければならなかった。



 母は花をとても愛していた。


 だから、画家は花を描いた。


 主に、アトリエで。


 一方で、僕は花には興味がなく、絵の具で遊ぶほうが好きだった。少し目を離しただけで死んでしまう花より、何度でも新しく生まれ変わる絵の具のほうが。どれだけ干からびていても、瑞々しい絵の具を垂らして、あちらこちらへかき混ぜれば、再び生き生きと輝き出す。


 絵の具には死がない。そこから生まれた絵も、同じだった。


 だから、母が描いた花は好きだった。


 画用紙に咲いた花には、僕が聞かせた色が、そのまま込められている。花を見ると近づいて香りを嗅ぎ、じっと考え込むのも、そのためだった。



 母は匂いを嗅ぐことができない。

 僕が生まれたときから。



「これはどう?」


 ある花屋で、母は黄色い蕾の周りを小さくて白い花びらがびっしりと囲んでいる花を指さした。


「この花、食べることもできるのよ。甘い? 食べたくなるくらい?」


「うーん」


 僕は指で顎を撫でた。母は隣で手帳を持っている。


「春の*ネウムがしない?」



 ネウム。



 母は匂いも香りも、必ず「ネウム」と言い換えた。


 僕はじっくり考えてから言う。


「蜂蜜みたいに甘くて、淡い黄色だよ。それに、この前見た陽炎にも似てる。この花びらが舞う姿を想像してみたら、だけど」


 すると母は、にっこり笑う。そして数日後、画用紙にまた一輪の花が咲く。


 そんなふうだった。


 花だけではなかった。


 人も、建物も、街も、動物も。


 感情までも。


 僕は、母の世界を色とりどりに塗らなければならないという使命感を胸の中に抱いていた。


 それは、僕が生まれた理由に他ならなかった。


 それでも、僕が教えることの「できなかった」匂いが、ひとつだけある。


 朧げながらも数えきれないほどの匂いを覚えている母が、決して知ることのできなかった匂い。死ぬまで解けることのなかった匂い。



 息子の匂い。



 時折、眠れない夜にリビングへと続く階段を下りていくと、母が電話で祖母に愚痴をこぼす声が聞こえてきた。


「どうしてもわからないの! ソファからするネウムのことよ!」


 すると祖母は、もういいからその話はやめてくれという返事の代わりに、長いため息をつく。


 それでも母は、ぺちゃくちゃと同じことを繰り返した。


 すると僕はベッドへと引き返し、ぐっすり眠りにつくのだった。



 狭い隙間から、窓の外をぼんやりと見下ろした。


 誰かが花を踏んだのだろうか。


 それとも、ひとりでに枯れてしまったのだろうか。


 何の花だろう。


 冬に咲く花はそれほど多くないから、思い出せてもよさそうなのに、不思議だった。


 人々のざわめきが下から聞こえてきて、止んだ。誰かの悲鳴も、止んだ。


 そして、すべてが止まった。


 匂いも。

 風も。

 時間も。

 息も。


「母さん、どこに行ったんだろう?」

*ネウム

匂いや香りを美しく表現する韓国語です。漢字が含まれていない韓国語です。


#読んでいただき、ありがとうございました!

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よろしくお願いします!


※もし韓国語を勉強している方や、韓国語に興味のある方がいらっしゃいましたら、お気軽にメッセージをください。韓国語の原文をお送りします。

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