ライラック 1
私は韓国人の小説家です。
2年前に出版した自分の小説を日本語に翻訳し、こちらで連載することにしました。
不自然なところがあったりするかもしれませんが、楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。
ありがとうございます。
僕は、匂いを嗅ぐことができない。
幼い頃、薔薇が咲き乱れる空間に閉じ込められた。嗅覚を失ったあの日のことは、今でも手に取るように鮮明に覚えている。
7歳の時のことだった。
いつもの朝と同じように、目を覚ました。
僕は、自分が泣いているのだと思った。天井がゆらゆらと揺れ、耳は涙に浸ったかのように音が遠かった 。
時折、それとよく似た夢を見ることもあったが、今度は次第に鮮明になっていった。
重苦しい空間に押し潰され、少しも動くことができなかった。荒い息を繰り返した。服はすでに汗でびっしょりだった。結局、僕は起き上がることを諦めるしかなかった。その代わり、目だけを動かしてみた。
遥か高くにある天井と壁はあまりにも真っ白で、その境目を見分けるのが難しかった。視線を天井からずっと下へと降ろしていった。そして下まで辿り着いたとき、驚きのあまり、危うく飛び起きそうになった。
床一面に、無数の薔薇が咲き乱れていた。
風ひとつないのに、花びらと茎が揺れていた。蛍なのか花粉なのかわからない、小さな赤い粒が漂っていた。
綺麗だった。
その空間は、笑うことまでは許してくれた。
白と赤は、よく似合っていた。
同時に生まれた存在のように。
真っ白な空間に咲き乱れる薔薇は、どれも凄まじいほどの香りを放っていた。数分が過ぎると、頭がずきずきと痛み始めた。時折、息を吸い込むたびに赤い粒まで入り込み、咳き込んで、吐き気を催した。
やがて、花びらまで舞い始めた。
目が半分ほど閉じかけていた。残りの半分は、自分で閉じることにした。
そのとき、何かがかさりと音を立てるのが聞こえた。
僕は再び、瞼をほんの少し開いた。
鼻をすする音。
泣き疲れて、もう涙も出なくなったとき、息を吸い込むと鳴る音。
顎を下に引くと、呻き声が漏れた。僕の視線が、かろうじてそこまで届いた。
母だった。
母は真っ黒な髪を垂らし、膝を抱いて、その間に顔を埋めたまま、うずくまっていた。
突然、空間が気まぐれを起こした。
もう、笑うことを許してはくれなかった。
僕は首に青筋を立てながら、なんとか声を絞り出した。
「母さん……」
二十回くらい。
ようやく母が顔を上げた。
青白い目の周りはひどく腫れ、唇をぎゅっと噛みしめていた。すでにひとしきり泣き尽くしたのか、髪が好き勝手に頬へ張りついている。
「*書畫」
真っ白なワンピースの上に所々散らばった赤い花びらは、初めからそうだったかのように自然だった。
「ソファ!」
母がすすり泣いた。
花びらが落ちる、また、ところどころに。
「ソファ、すごくつらいよね? ごめんね。全部、お母さんのせいなの」
声が出なかった。
母が僕の顔を撫でた。涙がぽろぽろと流れた。
「もう少しだけ我慢して。もうすぐ全部終わるから」
僕は、母にこのままずっと僕と目を合わせていてほしかった。その気持ちをわかってほしかった。
けれど、母は結局、僕の胸に顔を埋め、涙を流し始めた。
花びらが母の頭の上に、ふわりと舞い降りた。
涙は温かく僕を包んでくれた。温もりが胸から体の隅々へと広がっていった。
内からも。
外からも。
再び、目が半分ほど閉じた。
同時に、四方から何かが弾ける音が聞こえた。
最後にもう一度手をつなぎたかったが、母は顔を上げてくれなかった。
見えない手に触れられたように、瞼が優しく閉じられた。
僕は、死を受け入れた。
花が悲鳴を上げた。
音が止むと、辺りは暗くなっていた。
無数の薔薇から散った花びらが影を落としていた。真っ白な天井を完全に覆い隠したまま、漂っていた。
やがて、花吹雪が僕たちの上へ、土砂降りの雨のように降り注いだ。
死は、まだ始まったばかりだった。
*書畫
>書畫の畫は、韓国で使われる漢字です。「絵」あるいは「画」という意味です。
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