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匂いの色  作者: ゆず
第1章 ライラック
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18/21

ライラック 17

私は韓国人の小説家です。

2年前に出版した自分の小説を日本語に翻訳し、こちらで連載することにしました。

不自然なところがあったりするかもしれませんが、楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。

ありがとうございます。

 走るだけでは到底体力をつけられないと判断した僕は、料理を始めた。


 それは思っていたより遥かに難しく複雑だった。


 強迫症の人のように包丁とまな板を何度も洗い、傷みやすい食材は余ればもったいなくてもすべて捨てた。


 一度で食べ切れる分だけを作り、完成するまでキッチンを離れることはできなかった。料理が焦げたり鍋に火がついたりしても気づかないからだ。


 それに、レシピは一文字も漏らさず従わなければならなかった。料理人の味覚を真似ることを目標にした。


 数日が過ぎ、1、2回それらしい料理を完成させると、別の目標も生まれた。


 僕の好きな誰かに料理を作ってあげたかった。


 そう。


 タンミという女に。


 彼女は、僕が望んでいることを一目で察してくれるだろう。


 材料を準備し、味付けをしようとする僕を、そして完成した料理をテーブルに並べるまでのすべての課程を楽しそうに見守ってくれるだろう。


 その頃にはもう僕の秘密を知っているだろうけれど、僕たちはごく普通の人たちのように食事を始める。

 彼女なら、僕の作った料理を褒めながら食べてくれるはずだ。


 この10日間、僕のそばを漂っていた薔薇の香りが、そう教えてくれた。


 その匂いはいつの間にか親しみのある存在となり、孤独を紛らわせてくれる存在にもなっていた。


 女と会う日が近づくにつれ、僕は空っぽの家の中で辺りをきょろきょろと見回すことが多くなった。


 時折、振り返った先にある薔薇の香りが彼女であることを望み、その願いは、ますます強くなっていった。



 洗い物を終える頃、誰かが玄関の扉を叩いた。


 低く、弱い音だった。


 ところが、いざ扉を開けてみると誰もおらず、下から白い湯気がもくもくと立ち上っていた。


 死ではなかった。


 それとはほど遠い女の子が小さな両手で皿を支えていた。


「ママが渡してって」


 女の子は、餅の載った皿を差し出した。


 僕はびっくりした。


 女の子の瞳が驚くほど黒く、丸かったからだ。


「ありがとう」


 僕は皿を受け取った。


「でも、どうして……」


 女の子はもう玄関から駆け出していた。


 扉を閉めた途端、また誰かがノックした。


 今度は母親らしい女が、女の子と一緒に立っていた。


「こんにちは」


 女は丁寧に挨拶すると、塀の向こうを指さした。


 幼さの残る顔で、声は柔らかかった。


 手編みらしいマフラーを巻いていた。


「私たち2人、向かいの家に引っ越してきたんです」


 僕はそちらの方を見た。


 赤いレンガに囲まれた古い2階建ての家。


 そこからかなり長いあいだ白い匂いを漂わせていたおじいさんは亡くなったらしい。


「最近はこういうことをあまりしないみたいですが、それでもご挨拶くらいはしたくて。ご近所さんですし、顔くらいは知っておいたほうがいいかなと思ったんです」


「あ、はい……」


 母親の瞳は、女の子の瞳とは全く違っていた。


 ごく平凡だった。


「代々、餅屋をやっているところのものなんです。すごくおいしいですよ。よかったら召し上がってみてください」


 僕は餅を見つめながら言った。


「ありがとうございます。本当においしそうですね」


 女は笑顔を返すと、両手を女の子の肩に置いた。


「ソン、ご挨拶は?」


 女の子は母親の脚のあいだへ潜り込んだ。


 それでも、横目で僕のことを窺っていた。


「名前、ソナっていうんですか?」


「一文字なんです。カ・ソン」


「きれいな名前ですね」


 その言葉に、女の子は小さく笑った。


 それでも、丸い瞳は少しも隠れなかった。


「それじゃ、失礼します。引っ越しは初めてだからか、やるべきことが多くて。お餅は冷める前に、ぜひ召し上がってみてください」


「あ、このお皿、あとで持っていきます。それと……」


 ふと、ちょっとした考えが頭をよぎった。


 ジェヒョク以外の誰かと、こんなふうに会話を交わしたのはいつ以来だろう?


 ブックカフェで僕に話しかけてきた男。


 そして、変わった名前の女。


 そして……。


 いくつかの唇しか浮かばなかった。


 それなのに、自然に会話をしている自分に驚いた。


 僕は一度唾を飲み込み、言葉を続けた。


「僕にできることがあったら、いつでも呼んでください。例えば、男手が必要なこととか。僕、一人暮らしが長いので、大抵のことはできます」


 女は頷き、女の子は恥ずかしそうに手を振った。


 そうして、会話は終わった。


 おしゃべりな女の子の声が向かいの扉の中へ消えるまで、僕はぼんやりと立っていた。


 数分後、もう一つ気づいたことがあった。


 味を感じられない人に与えられる最悪の食べ物は、まさに餅だということだ。



『一体、どこが悪いんだろう?』


 1週間のあいだに、何百回も考えていた。


 日はゆっくりと暮れかけていた。2階の窓枠に腰掛け、押し寄せてくる夕闇を見下ろすふりをした。


 風が季節を思い出した。


 鼻先が冷たかった。


 僕は鼻をすすった。


「そんなに具合が悪そうには見えなかったけど」


 そんな疑問を抱きながらも、僕は錯覚だという結論だけは出さなかった。


 匂いに関することなら、僕はいつだって揺るぎなかった。証拠を出せと言われれば、自信を持って母の死を差し出せる。


 他の白なら錯覚だと言えるかもしれない。


 けれど、あの匂いだけは絶対に違った。


 他の匂いが囁くくらいなら、あれは悲鳴に他ならなかった。


 一体誰が、悲鳴を錯覚するというのだろうか?


 ソンが庭で僕を見つけ、両手を激しく振った。


 僕も手を振り返しながら呟いた。


「あれほど白い匂いを漂わせた人は、母さんだけだった。母さんは子宮がんだったから、あの人もがんなのか? でも、がん患者なら1人や2人どころじゃなく見てきた。母さんが入院していたときに会ったがん患者たちも、他の人と大して変わらなかった」


 ソンは母親と物干しロープを張っていた。


 もちろん、女の子は主に見ているだけだった。


 片方の端が掛かりそうで掛からず、もどかしく揺れると、女の子は僕に助けを求めるような視線を向けた。


 僕は頷き、向かいの家へ行くという合図を送った。


 そのとき、張り詰めていた香りが揺らめいた。


 僕は窓の外へ身を乗り出した。


 雲ひとつないない空は、今では少しオレンジ色の混じった夕焼け色だった。


 その中で、薔薇の香りは間違いなく動いていた。


 ついに、向かいの家の物干しロープは宙に一直線を描いた。すると女の子は腕をクロスさせ、来なくてもいいという合図を送った。


 僕は笑いを堪えられなかった。


 やがてクローゼットのほうへ駆けていくと、ポケットの中で振動が響いた。


 女が帰ってくる時間を決めた。


 そのことが、どれほど嬉しかったことか!


『今、電車に乗ったところです。8時頃はどうですか?』

#読んでいただき、ありがとうございました!

ブックマークや評価「☆☆☆☆☆」で応援していただけると嬉しいです!

よろしくお願いします!


※もし韓国語を勉強している方や、韓国語に興味のある方がいらっしゃいましたら、お気軽にメッセージをください。韓国語の原文をお送りします。

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