ライラック 13
私は韓国人の小説家です。
2年前に出版した自分の小説を日本語に翻訳し、こちらで連載することにしました。
不自然なところがあったりするかもしれませんが、楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。
ありがとうございます。
ブックカフェに着くと、午前7時だった。
「本当に会わないじゃん」
その言葉が、不安の始まりだった。
2日が過ぎても二日酔いはいっこうに治まる気配を見せなかった。
今日はトイレで目を覚ました。
一晩中、胃の中のものを吐き出していたせいで、頭がずきずきした。真夜中の冷気をまともに受け入れた体は言うことを聞かずこわばっていた。
ゆっくりと体を起こし、鏡を覗き込んでいるあいだに夜が明けた。
疲れ切った両目には木の枝のような血管が咲いていた。その細いものは、瞳孔の周りを這い回っているようだった。早く体を動かせと急かしているようだった
旅行を控えた、変わった名前の女は、なぜか勤勉そうな気がした。
僕が着いたとき、ビルには警備員のおじさんしかいなかった。
ビルは空虚な白黒で、廊下では寿命を迎えた電灯がちらちらと揺れていた。
僕は入口でうろうろしているうちに、廊下の突き当たりに警備員のおじさんを見つけた。いつもの笑顔がそのまま皺になって固まったような温厚な男性だった。
僕が遠くから挨拶をすると、中へ入って来るよう手で合図した。
「僕のことなんて、よく知らないはずなのに?」
不思議に思ったけれど、僕は笑顔を返し、階段を上る足を速めた。
女は確かに中にはいなかった。
それでも、ドアノブを握る手が震えた。
「白い匂いはない。少なくとも、このビルの中には」
その事実をもう一度確かめてからドアノブを回した。同時に、僕は女の声を思い出した。
匂いより遅い声。
ブックカフェは寂しげに僕を迎えた。
半分は影で暗く、もう半分は光で明るかった。
本棚にぎっしり並んだ本は、埃をまき散らしていた。日向ぼっこをする一部の背表紙を指で撫でてみたけれど、思ったほど温かくはなかった。
女が立っていたその場所で、僕は内心、今彼女に会ったらどうなるだろうと想像してみた。
また、僕に挨拶するだろう。
何の匂いも漂わせない女に変わったまま。
僕は宙に向かって笑った。
けれど、なぜか素直に喜べる気はしなかった。
僕は窓を全開にし、貸出室へ入って掃除を始めた。
床にうっすらと積もった埃を掃き出し、机の上に散らばった本を片づけた。
新しく入った本はおすすめリストと照らし合わせてから、それぞれに似合う色紙を背表紙に貼った。
今回は7冊入ったので、虹を纏わせてみた。
それから本棚ごとに均等に分けて差し込み、一歩下がって眺めた。
ブックカフェが少し明るくなったような気がした。
ブックカフェの会員は、月に1度、入荷してほしい本をおすすめリストに書くことができる。貸出室を自由に出入りし、リスト用紙に本のタイトルと著者、出版社名を書く。
そうして5、6冊ほど集まると、ジェヒョクが出版社に入荷を依頼する。
数日後、本が入荷されると色紙を貼って新着の印をつけ、ブックカフェの本棚に並べる。
一つ面白いのは、ブックカフェに入ってくる人なら誰しも、まずその本に手を伸ばすということだ。
色とりどりの色は人の目を引きつけるものだけれど、それが本と一緒なら到底拒むことはできない。
ただし、ここには暗黙のルールが2つある。
まず、色紙の貼られた本はなるべく早いうちに返却しなければならない。新しい本を待ち望んでいる会員全員で回し読みするためだ。
そして、入荷を依頼した人がその本を一番最後に借りる。自分が感じる楽しさより、その喜びを分かち合うことに意味を置いているからだ。
だから時折、おすすめした理由を尋ねると、好きな本なのにブックカフェにはないからだと答えたり、自分と同じように本が好きな人にも読んでほしいからだと言ったりする。
おすすめした人は別の色紙が貼られた本を選びながら、自分の本が本棚にどれくらい留まるのか、内心期待している。ある程度長くなったと思ったら、自分の本を借りていき、次に来たときには色紙を剥がして返却する。
こうしたルールのおかげで、すべての色紙がなくなるまで1か月もかからない。
そう考えると、『リスボンへの夜行列車』は僕の手元に来るまでかなり時間がかかったほうだった。
深遠で哲学的な文章は、読者を絶えず試練にさらす。
会員たちは、その本をおすすめしたのはブックカフェの管理人である哲学教師だと確信していたに違いない。実際にその本をおすすめリストに書いたのは僕だけれど、そもそもジェヒョクが僕に勧めてくれた本なのだから、半分は当たっているとも言える。
廊下からざわめきが聞こえてくると、僕は扉を閉めた。
窓の向こうは出勤する人たちでいっぱいだった。
僕は無意識に数を数えた。それから遠くにあの匂いを一度確認し、窓を閉めた。
そして貸出室へ入り、パソコンの電源を入れた。
メールボックスは、週末のあいだにいくつかの国から届いたメールでいっぱいになっていた。
アメリカと香港からは翻訳依頼のメールが届き、ブラジルからは無報酬のテストファイルが届いていた。
イギリスからは報酬に関する問い合わせが届いていたので、先に開いてみた。金額が大きいため、海外口座ではなく国内口座へ送金したいという内容だった。英文の口座情報と自宅の住所を記入して返信したけれど、時差があるため、返事が来るのは今日の夕方を過ぎてからだろう。
続いて、海外の翻訳サイトにもアクセスした。
多くの企業がこのサイトを通して僕にメールを送ってくる。
僕はプロフィールに、名前と居住地、それに経歴とメールアドレスを記した履歴書を載せておいた。
1ヶ月間で11人が僕のプロフィールを訪れていた。初めて聞く国が一つあったけれど、まったく気にならなかった。
機械的にオファーを読んだけれど、頭に入ってこなかった。
他のことに気を取られているからだ。
大学を中退して翻訳家の道を選んだ一番の理由は、在宅勤務ができるからだ。
白い匂いに対する忍耐力は、わずか23歳で底をついた。
どこへ行っても、白い匂いがあった。
そのうえ、20歳を過ぎた大学生は、期待とは裏腹に小学生と大して変わらなかった。
いや、中にはむしろ陰険なところのある者もいた。みんなが見ている前で、僕の障害をそれとなく引っ張り出そうとするような残酷さを持っていた。そんな馬鹿者ほど、決まって白い匂いを漂わせていないという事実は耐え難かった。
それとは対照的に、出会う白たちは、何の罪もなさそうだったり、僕の障害に純粋な同情を寄せたり、自分の夢を掴もうと奮闘する唇ばかりだった。
時間が経つにつれ、そんな死をますます多く見るようになるという現実が、ただ恐ろしかった。
だから逃げた。
そして、最後に辿り着いたのは僕だけの家だった。
音も匂いも、外の世界に比べれば、ほとんどないに等しかった。時折、ビデオ会議で一生会うことのない人と話す声と、窓辺から忍び込んでくる匂いだけだった。
小さな画面越しに初めて外国人を見たとき、僕は疑問に思った。
外国人も、白い匂いを漂わせるのだろうか?
馬鹿げた疑問だった。
死は、この世のどこにでもある。
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