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奏楽神話 〜君≠を救い出す旅路〜  作者: ぱんどいっち 
鋼牙騎士国ヴァルカス輪唱曲 第1番 
24/26

第一楽章「ヴァルカス国境、鋼の試練」

 洞窟で一夜を明かし、雨が上がった街道をさらに西へと進むこと三日。


 自由都市連合リーブラの「自由」を象徴していた、どこか浮ついた商業の空気は、今や完全に消え去っていた。

 視界を埋め尽くすのは、天を突く【星屑の背骨スター・スパイン山脈】の圧倒的な威容。そして、その山脈の麓を縫うようにして築かれた、巨大な石造りの防壁である。

 

「……見えてきたな。リーブラの西端、そして鋼牙こうが騎士国ヴァルカスの玄関口――『鉄鎖の門』だ」


 カイルの声には、これまでのような余裕の色は薄い。

 正面にそびえ立つのは、黒鉄で補強された巨大な二重門。門の頂には、抜いた剣と噛み合う牙を意匠化した旗が、山脈から吹き下ろす凍てつく風に煽られて激しく音を立てている。


「……うわ、何だあそこ。空気が重すぎるだろ」


 ミナトは思わず、持っていた荷物のストラップを握りしめた。


 門の周辺には、これまでの街道で見かけた軽装の傭兵や商人の姿はほとんどない。代わりに、全身を重厚なプレートアーマーで固めた騎士たちが、寸分の乱れもなく直立し、冷徹な眼光で往来を監視している。

 この門より先、山脈の東麓に沿って広がるヴァルカスの領土は、西の「未開地」から溢れ出す魔物や瘴気を食い止め、中央大陸の東側諸国を守るための絶対的な防衛線なのだ。


「……勇者様。……鉄のにおい。……それに、すごく、つよい人たちのにおい」


 フローラがカイルの背後に身を潜め、警戒心を露わにして耳を伏せた。

 彼女が嗅ぎ取ったのは、単なる武力だけではない。この国が何百年もの間、山脈という「世界の綻び」に背を向け、大陸の安寧を一身に背負い続けてきた、その歴史が作り上げた「意志の硬度」だ。


「……ああ、そうだね。彼らは、自分たちが崩れれば大陸の東側すべてが呑み込まれることを知っている。その自負があるからこそ、身元の不確かな余所者には極めて厳しい」


「おいカイル、本当にあんなところ通れるのか? 俺、あんな怖いお兄さんたちに睨まれたら、この前の『アヒル提督』の話まで全部白状する自信があるぞ」


「……その話だけは墓まで持っていけ、ミナト。……安心しろ、あそこの騎士たちは、信仰や血統よりも『実力』と『覚悟』を重んじる。この山脈の麓で生き抜く資格があるかどうか、それだけを見ているんだ」


 三人が門の前へ辿り着くと、長大な槍を交差させた二人の騎士が、その道を無慈悲に阻んだ。


「――止まれ、旅人。この先は鋼牙騎士国の管理領域だ」


 兜の隙間から放たれる声は、地響きのように重い。


「身分と目的を名乗れ。……それから、その後ろの獣人の娘についてもな。ヴァルカスにおいて、獣人の入国は平時よりも厳しく制限されている。今の山脈は、一段と『吐息(異変)』が激しいからな」


 騎士の一人が、鋭い視線をフローラに向けた。彼女はビクリと肩を揺らすが、それでもカイルの裾を放さず、毅然と顔を上げた。


「……騎士殿。我々は北を目指す旅の途上にある。……通行証、あるいは入国のための『試練』があるならば、速やかに提示していただきたい」


 カイルは黒茶の髪の下で鋭い眼光を騎士たちへと向けた。

 知略家として、そして半神として。カイルは相手が何を望んでいるかを、瞬時に見極めようとしていた。

 だが、騎士たちはカイルの端正な容姿に惑わされることはなかった。

 彼らは、カイルの背負う静かな気配に、言いようのない「違和感」と「重圧」を感じ取っていた。


「……いいだろう。だが、山脈の東側を守る我々の門は、力なき者が通るには重すぎるぞ。……門をくぐりたければ、その『覚悟』を証明してみせろ」


「――『覚悟』を証明してみせろ、だと?」


 騎士が、重厚な鉄扉の向こう側を指差した。

 商隊の「自由」な庇護は終わった。

 三人の前に立ちはだかるのは、大陸の盾を自負する騎士国の「鉄の掟」。

 カイルの知略とフローラの武力、そしてミナトの異質な存在が、真に試される時が来たのだ。



        ◇



 ミナトは、兜の隙間から放たれる騎士の重苦しい声に、思わず生唾を呑み込んだ。


 『鉄鎖の門』を囲む騎士たちの視線は、容赦なく「弱点」であるミナトへと向けられている。三人の重騎士が盾を構え、地響きのような足音を立てて距離を詰めてくる。

 カイルが一歩前に出ようとした瞬間、ミナトはその背中に向かって、これまでにないほど粘着質な、ニヤニヤとした笑みを声に乗せて囁いた。


「……なぁ、カイル。あんた、まさか俺をちょっとくらい盾にして、騎士の凄さを教えようなんて思ってないよな? もし俺の服の端っこでも汚れたら……洞窟で聞いた、あの『アヒル艦隊提督』の伝説。この厳格な騎士さんたち全員が、一生忘れないくらいの熱量で今すぐ語り聞かせてやるからな」


「……っ!!」


 カイルの肩が、目に見えてビクリと跳ねた。

 黒茶の髪の下、耳の付け根までが急速に朱に染まっていくのをミナトは見逃さない。


「なんなら、紙を流した後のあの壊れた笑い声のモノマネもセットだ。あんたの威厳、この『鉄鎖の門』の錆にしてやってもいいんだぜ、アヒル提督?」


「……ミナト、君……っ!! 自分の置かれた状況を理解しているのか……! 卑劣、あまりにも卑劣だぞ……!」


 カイルの瞳に、深い屈辱と、絶対にこのミナトを傷つけさせてはならないという、ある種、悲壮なまでの決意が宿った。もしここでミナトが不機嫌になれば、自分の神性プライドは永遠に失われる。


「――始めいッ!」


 審判の号令。重騎士たちが一斉に突撃する。

 カイルは凄まじい眼光と共に、白銀の障壁を一点に凝縮し、ミナトの前方に展開した。


(……カイルに任せきりにするのも、ちょっと悪いか。俺も俺なりの『不動』を見せてやる!)


 ミナトは冷や汗を流しながら、自らの右手に意識を集中させる。一日に一度、自らが決めた事象を100%確定させる最強のギフト。

 悩み抜いた末に、ミナトが「確定」させた事象は――


(俺は……俺はここで、『自分の足の裏と、この地面が、絶対に離れない』!!)



 ――【『事象確定ジャスト・ワン』】、発動。



 ドォォォォン!! と、重騎士たちの盾がカイルの障壁に激突する。

 本来ならその衝撃波だけでミナトは吹き飛んでいたはずだが、カイルが意地でも衝撃を相殺し、さらにミナト自身が「地面と一体化」したことで、彼は微動だにせず、ただの岩のようにその場に直立し続けた。


「……な、何だこの男は……!? 騎士三人の突進を、眉一つ動かさずに受け止めているというのか……!?」


 驚愕に目を見開く騎士たちを尻目に、試練の時間は過ぎていく。

 やがて規定の時間が過ぎ、重騎士たちが肩で息をしながら武器を引いた。


「……そこまで! 合格だ……。これほどの『不動』、ヴァルカスの歴史にも類を見ない」


 審判の叫びと共に、門がゆっくりと開き始める。

 カイルは屈辱に震えながらも、白銀の光を収め、背後のミナトを振り返った。


「……終わったよ。満足かい、ミナト。……一歩も、汚れ一つつけさせなかった。さあ、さっさと北へ向かうぞ」


 不機嫌そうに歩き出そうとするカイル。だが、ミナトは動かなかった。


「……いや。……その、カイル。……これ、解けない」


「……何がだい?」


「……ギフトで、地面と足を『確定』させちゃったから……。今、俺、この星の一部になってて……自力じゃ一歩も足を上げられないんだ」


「…………」


 カイルは、一ミリの揺らぎもなく地面に直立したまま、情けない顔で助けを求めるミナトを凝視した。

 フローラも、ミナトの足元をくんくんと嗅ぎ、困ったように首を傾げる。


「……ミナト、地面に、生えてる。……ひっこぬけない」


「……君という男は……。最強の力を、よりによって『接着剤』の代わりに使うとは。……それで僕を脅していたのか」


 カイルの瞳に、今度は「呆れ」という名の冷たい色が宿る。

 門の向こうでは、騎士たちが「なんと崇高な精神統一だ、試練が終わってもなお動こうとしないとは!」と、あらぬ勘違いで感銘を受けている。


 結局、事象が解けるまでの数十分間、カイルとフローラは、石像のように固まったミナトの横で「こいつ、マジでやったな……」という、冷徹な、そして慈悲のない無言の視線を送り続け、国境には奇妙な沈黙の時間が流れることになった。

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