第3話 后候補バトルロワイヤル勃発!?④
――その頃、現代・由奈の部屋――
由奈はスマホを握りしめたまま、涙を浮かべていた。
「……やったぁ! やったよ、王様……! すごいすごい!」
画面には、リアルタイムで更新された続きが表示されている。
(ちゃんと、三人に伝わった……!!)
由奈は画面を見つめながら、小さく呟いた。
「よかった……本当に、よかった」
(言葉にはちゃんと力がある……。伝え方を変えるだけで、こんなにも相手の反応が変わるんだ)
そして彼女は、自分の現実にも目を向けた。
(私も晃にちゃんと伝えてみようかな)
リビングからは、夫の晃が帰宅する音が聞こえた。
「ただいま」
いつもの小さく素っ気ない声。
だが――今日はいつもと違った。
晃がリビングのソファにドカッと座ると、珍しく深いため息をついた。
「……はぁ~……」
由奈は、何かに疲れたその様子に気づいて声をかけた。
「どうしたの? 仕事で何かあった?」
「……まあ」
晃は眉間に皺を寄せながら答えた。
「今月から、新人が三人入ってきたんだ」
「ああ、この前そんなようなこと言ってたね」
「そう。で、俺がその研修担当になった」
晃は疲れた顔で続けた。
「一人は、プライドが高そうなキャリア志向の奴。もう一人は、おとなしくて温厚そうな感じの奴。最後の一人は、前職で実績があるらしくて、自信満々なタイプでさ」
「ふんふん」
由奈は相槌を打ちながら聞いていた。
「それで、今日指導したんだけど……」
晃は深いため息を吐いた。
「三人から『言い方がきつい』って人事にクレーム入れられた」
「え?」
「俺は普通に指導しただけなのに、『威圧的』だの『説明が足りない』だの言われて……正直、何が悪かったのか分からない」
由奈は、一瞬呼吸を忘れた。
(……ん? この状況どこかで聞いたような……?)
「三人の……新人女性?」
「ああ」
「プライド高そうな人と、温厚そうな人と、実績ある人?」
「そうだけど」
晃が不思議そうに由奈を見た。
「それがどうした?」
由奈の脳裏に、さっき読んだばかりの小説の場面が蘇った。
氷のように整った、プライドの高い王女『リディア・フォル・ノルトハウゼン』
柔らかく温厚そうな、神殿出身の聖女『セレス・アルティナ』
騎士としての実績を持つ、近衛騎士団長の妹『カリナ・ヴァルニール』
「……嘘でしょ」
由奈は、ぽつりと呟いた。
「何が?」
「あ、ううん。何でもない」
由奈は慌てて首を振った。
(いやまさか……偶然……だよね? でも、三人の女性で……しかも性格のタイプまで小説の后候補と一致してる?)
偶然にしても状況と登場人物が一致しすぎている。
(それに、『言葉足らずな指導でクレーム』って……まさに、王様と同じじゃない!)
「で、どうしたらいいと思う?」
晃が、珍しく由奈に意見を求めてきた。
「俺は普通に仕事を教えただけなのに、なんで文句言われるんだ?」
由奈は、一瞬考え込んだ。
(これって……王様と全く同じ状況? あの時も私に聞いてきた。いやいや、でも……まさかね)
だが、彼女の頭の中には、昨夜レオンに教えたアドバイスが鮮明に浮かんでいた。
「具体的にどんな風に指導したの?」
「どんな風って……『これやっといて』『終わったら報告』『ミスがあったら直せ』って言っただけだけど」
「……それだけ?」
「ああ。何か必要か? 他にいう事なんてないだろ、社会人なんだし。その位はわかって当然だ」
晃の発言に思わず息を飲んだ。
(やっぱり……王様とそっくりな考え方。それじゃクレーム入っても仕方ないよ。でも、晃に意見するなんて……)
由奈は迷った。
いつもなら、夫の仕事の話には口を出さない。
何か言えば、「お前に何が分かる」と返されるか「余計なこと言うな」と思われるのが怖くて。
だから今までずっと黙ってただ聞き流してきた。
(でも……。私も、言わなきゃ)
レオンが勇気を出して、后候補たちに向き合ったように。
由奈は震える声で、口を開いた。
「あ、あのね……晃」
「何だよ」
晃の素っ気ない返事に、由奈の心臓が跳ねた。
「その……私の、意見なんだけど……」
「意見?」
晃が少し驚いたように由奈を見た。
彼女が自分から意見を言うなど、珍しいことだった。
(大丈夫。王様だってできたんだから)
由奈は、もう一度深呼吸をした。
「それ、多分……言葉の『温度』が足りないんだと思う」
「温度? 何だよそれ」
晃が怪訝そうな顔をした。
「えっとね……」
由奈は昨夜レオンに教えたことを思い出しながら、慎重に言葉を選んだ。
少し手が震え、声が霞む。
でも伝える事を止めなかった。
「相手の立場で考えてみると……三人とも、新しい職場環境で緊張してるよね?」
「……まあ、そうだろうな」
「プライド高い人は、『認められたい』って思ってる。温厚そうな人は、『迷惑かけたくない』って不安に思ってる。実績ある人は、『前職での経験を活かしたい』って期待してる」
「……?」
「だから、『これやっといて』じゃなくて――」
由奈は一拍置いてから続けた。
「『これ、君に任せたい。期待してる』とか、『分からないことがあったら、いつでも聞いてね』とか、『前職での経験も活かしてほしい』とか――相手を気遣う言葉を添えると伝わるんじゃないかな……」
晃は、しばらく黙っていた。
由奈は、その沈黙に耐えられず視線を伏せた。
(やっぱり余計なこと言っちゃったかな……。もしかして怒ってる……? それとも呆れてる……?)
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
(やっぱり、私なんかが意見するなんて……)
その時――
「……お前、いつからそんなこと考えるようになった?」
「え?」
「昔のお前なら、『頑張ってね』くらいしか言わなかっただろ」
晃の言う通りだった。
以前の由奈なら、夫の仕事の愚痴には「大変だね」「頑張ってね」くらいしか言わなかった。
いや――言えなかった。
余計なことを言って、機嫌を損ねたくなかったから。
『お前に何が分かる』って言われるのが、怖かったから。
だから、当たり障りのない言葉だけを選んできた。
(でも、王様に教えるようになってから私自身も変わってきたのかも)
后候補たちにどう接すればいいのか。
部下たちにどう声をかければいいのか。
貴族たちをどう説得すればいいのか。
王様の為に必死に考えて、実践しやすいようにアドバイスを考えて――
人の気持ちを考える。
相手の立場に立つ。
言葉の選び方を工夫する。
それを繰り返すうちに、由奈自身も成長していたのだ。
「……最近、ちょっと勉強してるの」
「勉強?」
「うん。人間関係とか、コミュニケーションとか」
由奈は、スマホを握りしめながら答えた。
(小説とは言えないけど……嘘じゃないよね)
晃は、少し考え込んでから言った。
「……分かった。明日からそういう風に言ってみる」
「本当に?」
「ああ。勉強してるんだろ? お前の参考にするよ」
由奈は、ふっと笑顔になった。
「うん! きっと上手くいくよ」
晃が立ち上がり、自室へと向かう。
その背中を見送りながら、由奈は小さく呟いた。
(王様も頑張ってる。晃も頑張ってる。そして……私も)
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