第3話 后候補バトルロワイヤル勃発!?③
―――異世界・アルカディア王国―――
レオンは広間に向かう廊下を歩きながら、昨夜の「特訓」を思い返していた。
(相手の立場で考える、か)
カヤ――あの謎の声の主は、夜遅くまで付き合ってくれた。
「リディアには『遠路はるばる』を強調して」
「セレスには『あなたの存在が心強い』と伝えて」
「カリナには『頼りにしている』を強調して言うこと」
何度も何度も、声に出し練習させられた。
正直、最初は「こんなことに意味があるのか」と思った。
だが彼女の言葉には、「もしかして物事が変わるんじゃないか?」という不思議な説得力があった。
何よりも、過去と同じミスで自分の立場が再び今世でも危うくなるのは絶対に避けたい。
(あの者に従うのは癪だが……ここまできたらやるしかない)
広間の扉が開く。
昨日と同じ光景で、三人の后候補が再び並んでいた。
だが今日は違う。
レオンは深呼吸をして、玉座の前に立つ。
(まず、立って迎える。それがカヤの最初のアドバイスだ)
「お待たせした」
レオンは、まっすぐに三人を見据えた。
「昨日は……不躾な態度を取った。申し訳ない」
(――え?)
三人の女性の間に、驚きが走った。
リディアは僅かに眉を上げ、セレスは驚いたように瞳を揺らし、カリナは思わず息を呑んだ。
(あの傲慢な王が……謝罪を?)
レオンは、カヤに教わった通りに続けた。
「まずは――リディア・フォル・ノルトハウゼン」
リディアの名を呼び、一歩近づく。
「遠路はるばる……この国まで来てくれたこと、心から感謝している」
「――!」
リディアの冷たい表情が、かすかに揺らいだ。
本気で、言っているのだろうか。
「お前が……――」
レオンは一瞬言葉を切り、軽く咳払いをして即座に訂正した。
「あなたが背負ってきた責任の重さ、私も理解している。北方との関係は、両国の未来に関わる。その大役を担ってくれていることに、敬意を表したい」
リディアは、言葉を失った。
(私を……『政略結婚の道具』としてではなく、『大役を担う者』として見ている?)
彼女の胸に、小さな温かさが灯った。
「陛下のお言葉……確かに受け取りました」
リディアは、今度は心を込めて一礼をした。
レオンは次に、セレスへと視線を向けた。
「セレス・アルティナ」
「はい」
セレスが柔らかく微笑む。
「あなたは聖女として神殿から、民衆の信仰を背負ってここに来てくれた」
レオンは、カヤに何度も言われた言葉を思い出しながら続けた。
「正直に言おう。私は……神を信じてこなかった」
セレスの表情が、ふと曇る。
「だが――」
レオンは真っ直ぐにセレスを見つめた。
「それは、私の未熟さだ。民が何を信じ、何に希望を見出しているのか。私はそれを理解しようとしてこなかった」
「……陛下」
「神と民衆に寄り添うあなたのような聖女存在が、この国には必要だ。民衆の声と心を知る者として、これから私に教えてほしい」
セレスの微笑みは、崩れなかった。
けれど、その内側で何かが小さく引っかかった。
(お優しい言葉。……でも、少し不思議)
神など信じないと言い切っていた方が、一夜明けただけで「教えてほしい」と頭を垂れる。
人の心は、こんなにも都合よく変わるものだろうか。
(この変わりよう……本当に、陛下ご自身のものなのかしら)
聖女として祈り続け、人々の悩みを聞いてきたからこそ、彼女は知っている。
人が本当に変わるには、痛みも時間もいるものだ。
それがないまま整いすぎた変化は、どこか祈りの手ざわりと違う。
「……もったいないお言葉です、陛下」
セレスは、深く礼をした。所作も言葉も、非のうちどころはない。
ただ、その微笑みの奥だけが、静かに何かを見定めようとしていた。
そして最後に、レオンはカリナへと向き直った。
「カリナ・ヴァルニール」
「はっ」
カリナが背筋を伸ばす。
「私は、あなたを頼りにしている」
「……え?」
カリナの目が、驚きに見開かれた。
「あなたと、兄君である騎士団長が、共にこの国に尽力してくれている。その働きは、何にも代えがたい」
レオンは一歩近づいた。
「だが、私は気づいていなかった」
「……陛……下?」
カリナの瞳が、揺れた。
「私は王として、あなたの忠誠を『当然のもの』として受け取っていた。それはただの傲慢だった」
「――!」
「あなたが、どれほどの覚悟と強い意志でその剣を振るっているのか。そしてこの国を想いながら命を賭けているのか」
まさか、あの陛下が自分を一人の人として見てくださっているとは。
カリナは奥歯を噛みしめ、まばたきで込み上げるものを堪えた。
「あなたは一人の人間だ。命を預けるに値する理由を、私は示さねばならない」
「……陛下、私は……っ!」
「今日からは、命令ではなく、相談をさせてほしい。あなたの意見を、対等に聞かせてくれないか」
カリナは、もう言葉にならなかった。
ただ、深く深く頭を下げた。
今度は――義務ではなく、心からの敬意として。
レオンは三人に向き直り、言った。
「これから、改めて話をしたい。一人ずつ、ゆっくりと」
「もちろんです」
「かしこまりました」
「光栄です、陛下」
三人の返事には、昨日とは全く違う温度があった。
シグルは、その一部始終を見守っていた。
(これは夢か? 一体何が……この場に起きたのだ?)
昨日までの王とは、まるで別人だった。
言葉の選び方、相手への配慮、そして――
(『謝罪』と『感謝』を口にした!?)
シグルは混乱しながらも、確信した。
(まさかこれは……導き手の方のお力なのでは……!?)
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