第3話 后候補バトルロワイヤル勃発!?①
―――異世界・アルカディア王国―――
レオンハルトは玉座に腰を下ろし、眼前に立ち並ぶ三人の女性を見渡した。
背筋を伸ばし、王としての威厳を保つ。
それが彼にとっての正しいと思われる姿勢だ。
広間の中央に並ぶ彼女たちは、それぞれがまったく異なる顔を持っていた。
リディア・フォル・ノルトハウゼン。
北方の大国から送られてきた王女。
氷を彫刻したような整った顔立ちに、冷ややかな眼差し。
その美貌は誰もが息を呑むほどだが、同時にとても近寄りがたい。
彼女の瞳には、常に値踏みの色が浮かんでいる。
(さあ、この方はどんな言葉で私を試すのかしら)
リディアは内心、冷めた目でレオンを観察していた。
政略結婚の駒として送り込まれた自分を、この若き王がどう扱うのか。
それが全てだ。
セレス・アルティナ。
神殿出身の聖女。
柔らかな微笑みと、ふわりと漂う優しげな雰囲気。
だがその瞳の奥には、どこか掴みどころのない影が揺れている。
セレスは困ったように視線を伏せた。
(噂通りこの方も、我が神を信じてはいらっしゃらないのだろう)
彼女が背負うのは聖女という名の重圧。
そして神殿という巨大組織の意向だ。
王が人々の信仰を軽んじれば、それは即座に民衆の不信へと繋がると不安視していた。
カリナ・ヴァルニール。
近衛騎士団長の妹にして、自らも剣の腕は一流。
軍装姿のまま広間に立ち、真っ直ぐに王を見据える。
(私には、一体どんな命が下されるのだろうか)
カリナの表情は静かだが、その目には僅かな警戒が宿っていた。
直属の兄の話によると王からの命令は、大分無謀なものばかり。
その内容によく兄は愚痴をこぼしていた。
レオンは一拍の間を置いてから、口を開いた。
「よく来てくれた、お前たち。感謝しよう」
その言葉は、一見すれば丁寧だ。
だが。
温度がまるでない。
まるで書類に判を押すように、事務的で心のこもらない響き。
しかもレオンの視線は、三人を順に、値踏みするように滑っていく。
北の大国の後ろ盾、神殿の影響力、騎士団の剣。
頭の中でそろばんでも弾くように、それぞれの重さを量っている。
女たちの顔そのものは、たぶん見えていない。
(……口では「よく来てくれた」。でも、あの目は違う)
リディアの眉がピクリと動いた。胸中に広がる呆れを、表情には出さない。
セレスは困ったように視線を下げた。
(真心を感じない、冷たいお言葉……)
と内心でそっとため息をつく。
(私はともかく、他のご令嬢にはもう少し言葉を選んでほしいものだ)
カリナの口元がわずかにひきつき、苦笑を噛み殺した。
三人とも、それ以上言葉を継ごうとはしなかった。
三人の后候補は、それぞれ異なる理由で失望と苛立ちを胸に抱いた。
だが、レオンはその変化にまるで気づいていなかった。
(なぜ黙っている? 何か不満でもあるのか?)
彼にとって、沈黙は異論がない証拠だった。
だから、何も問題はないはずだ。
隣に控えていた宰相シグルが、眉をひそめながら、王の耳元へと顔を寄せる。
「……陛下、お言葉が少し……」
その囁きで、ようやくレオンは自分が何か彼女らに失礼をしたことに気づいた。
だが、どこが悪かったのかまではわかっていないらしい。
その表情は曇るどころか、「これ以上何を言えばいいのだ」とでも言いたげだった。
玉座の背もたれの冷たさに構わず、威厳を漂わせる姿勢だけは崩さない。
言葉の重み、相手の心情への配慮。
そんなものは、この若き王にはまだ備わっていなかった。
誰も、レオンと目を合わせようとしなかった。
(それにしても、なぜこの3人は何も発言しないのか)
当然だ。
レオンが発言を許していない以上、彼女たちは何も言えないのだから。
その静まり返った空気の中、レオンはそれぞれの候補者たちの過去を思い返していた。
リディアは単なる后候補ではない。
彼女との政略結婚が破綻すれば、前世と同じく戦争が勃発する。
人的資源も領土も、そして王権すらも削がれた悪夢の再来だ。
セレスとの関係悪化は、神殿派閥との対立を意味する。
民衆の信仰を蔑ろにした前世では、有事の際に国民の支持を得られず、国内は混乱に陥った。
そしてカリナ。
彼女を便利な駒として扱った結果、戦場で命を落とし、激昂した兄が反乱の引き金を引いた。
さすがに結果が結果なので、レオンも少しは考えなければならないと思っている。
だが、あんなことがあっただけに彼女らに声をかけづらくなっているのも事実だ。
この重い沈黙に耐えかねたシグルが、再び耳打ちをする。
「陛下、ここは皆様に別室でお休みいただき、改めてお話を……」
内心、シグルの助け舟にほっと息をついたレオンは、小さく頷きながらも威厳を崩さぬように言った。
「……そうだな。ひとまず今日はここまでとする。各自、控えの間で休んでいてくれ。後ほど、改めて話をしよう」
彼の言葉に、三人の女性たちはそれぞれ静かに一礼をして部屋を後にした。
しかし、その態度には明らかに温度差があった。
リディアはその場を離れる際、かすかに唇を引き結んでいた。
(歓迎の言葉ひとつ、あの値踏みの目。政略の駒というだけで勘定に入れられているのが透けて見えるわ)
冷ややかな怒りを胸にしまいこみ、気品を保ったまま踵を返す。
セレスはふわりとした微笑みを崩さぬまま、そのまま部屋を後にする。
だがその眼差しには影が差していた。
(信仰なき方との心の距離は、きっとまだ遠いままなのでしょう)
カリナは無言で立ち去る際、わずかに肩を震わせた。
(……性別が違うだけで、最初から軽んじられるのか)
怒りとも悔しさともつかぬ感情を、言葉にする間もなく呑み込んだ。
重たい扉が閉まったあと、広間に残されたのは王と宰相のふたり。
「……これだから女の心情など理解しがたい」
レオンは不機嫌そうにため息を吐いた。
王としての体面を守るように、彼は自分の失敗を認めようとしない。
だがその横でシグルはまったく別の意味で、もっと深いため息をついていた。
(こんな調子では、またうまくいかないのでは……)
彼は心中で密かに、この政略の行方を案じていた。
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