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王様!ちょっと待ってください!~ネット小説の暴君王に、主婦のツッコミが届いてしまいました~  作者: だしのもと
第3章 戦場無敵王、沈黙の神を取り戻すため剣を捨てます

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第24話 祈りの舞台に立つ者たち②

―――現実世界 小林家 リビング―――


 由奈はスマートフォンの画面を食い入るように見つめていた。


 公開の祈り。

 大勢の民衆。

 神殿の中央に立たされるセレス。

 御像の前へ進まされる、あの細い背中。

 ここまで読めば、普通は誰だって同じことを思う。

 『危ないのはセレスだ』と。


 由奈も最初はそう思っていた。

 カヤ(自分)を助けるために、御像に近づかなければならない。

 優しくてひとりで抱え込みがちなあの子が、いちばん危うい位置に立たされている。

 しかもあの子は、自分の痛みより先に他人の苦しさへ手を伸ばしてしまう。


(だから余計に危ない。立場どころか命すらも。それは間違っていない)


 むしろ、あまりにもわかりやすい危機だった。

 読者の視線が自然と集まる場所に、傷つきそうな人物を置く。

 それ自体は物語の常套手段だ。

 危機を見せて、感情を寄せさせて、「助けてあげて」「間に合って」と願わせる。

 公開の祈りの場面は、まさにそれだった。


 でも。


「……違う」


 自分の口から出た声が、思ったより強張っていた。

 由奈は画面をスクロールし、前の話へ、さらにその前へと戻る。

 茶会、孤独を打ち明けたセレスとカリナとリディア。

 三人の后候補の静かな同盟。

 指先が止まった。


(この作者、こんなに素直に『注目するキャラ』を危ないまま、本命にするっけ……?)


 嫌な感じがした。

 読者として何度も味わってきた予感、背筋を細い針でなぞられるような、あの感覚だ。

 外れてほしい。

 今回は違っていてほしい。

 そう思うのに、胸の奥ではもっと嫌な確信が、ゆっくりと輪郭を持ち始めている。


 由奈は慌ててブックマークの一覧を開いた。

 過去作、さらにその前、ランキングを追っていた頃に夢中で読んだ作品、途中で離れてしまった作品、完結まで見届けた作品。

 そして、いちばん下に埋もれるように残っていた作者の処女作。

 タイトルを見た瞬間、妙に胸の奥がざわついた。

 当時は「雰囲気あるな」と思っただけで、途中で更新が止まったままそのまま埋もれてしまった。

 未完で、しかも作者本人の癖がいちばん剥き出しで出していた作品でもあった。


 文章は粗く、今より拙くて展開も荒削りで、会話の間の取り方もぎこちないし、場面転換も少し唐突だ。

 今の連載の洗練された流れに比べれば、完成度は明らかに低い。

 しかも完結していない。

 結末も回収も、作者が本当にどこへ着地させたかったのかもわからない。

 なのに、空気がこの作品と似ていた。


 ゴクリと由奈は唾を飲み込んだ。


 不穏の置き方、危機の見せ方、人物の並べ方。

 役割の違う三人を一度並べて読者の意識をある一人へ集中させておいて、そのすぐ横に本当に盤面を壊す火種を隠しておく癖。

 文章そのものじゃない、展開の手触りが同じだった。

「ここで読者に何を見せ、何を見落とさせるか」という、作者の根っこのやり方。


(ああ、これだ……)


 この作者は、読者の目を一度いちばん危なく見える子に集める。

 そしてその裏で、本当に盤面をひっくり返す一手を別の場所に置く。


(危ない子が終着点じゃない。入口なんだ)


 セレスは入口だ。

 きっと危なく、苦しい役回りを背負わされる。

 それは間違いないが、そこで終わる話じゃない。

 作者が本当に物語を崩したい時に狙うのは、いつだって『事件の中心』じゃなくて、その事件が起きたあとで全部を巻き込んで壊れていく場所だ。


 由奈はノートを引き寄せた。

 すでに何度も開いているページで、角が少しよれている。

 そこに三人の名前を書いた。

 セレス、カリナ、リディア。

 じっと見つめて、ペン先を動かそうとして、止まった。


 セレスは点だ。

 聖女で、神殿の中心で、祈りの中心。

 彼女が傷つけば確かに物語は大きく揺れる。

 でもそれはまだ「事件」だ。

 カリナも点だ。

 騎士で、護衛で、武の担い手。

 彼女が崩れれば守りが破れて信頼も責任も傷つくけれど、揺らぐのはあくまで一角だ。

 由奈の視線が、三つ目の名前に止まった。


 リディア。


 胸の奥が、ざわついた。


(違う……この子は違う)


 北国の姫。

 王家との婚姻。

 外交。

 北国との力関係。

 王国の大義名分。

 全部が、彼女を通っている。


 セレスが倒れれば神殿の問題になる。

 カリナが傷つけば騎士や護衛の問題になる。

 でもリディアが傷ついた瞬間、それは北国とアルカディアの問題になる。

 婚姻はただの恋愛や宮廷内の駆け引きじゃない。

 国と国を繋ぐ線そのものだ。

 そこを折ったら、事件はそのまま外交の揺らぎになり、責任問題になり、開戦の名分にすらなり得る。

 全部がひっくり返る。


 そして、その崩れた盤面を真正面から受けるのは誰だ。


 (――王様だ)


 由奈はぎゅっと唇を噛んだ。

 カヤを助けたいはずなのに、神殿の前では動けない。

 北国が絡めば、王としての責も全部背負わされる。

 誰よりも気を張って、誰よりも踏み外せない場所に立っているのに、きっとあの人は平気な顔をしようとする。


(王様……)


 思い浮かぶのは、あのぶっきらぼうな王の顔だった。

 強がりで素直じゃなくて、でも一度守ると決めたものには妙に真っすぐで。

 きっと今も、誰にも弱い顔なんて見せずに立っているんだろう。

 今すぐ伝えたいのに、声は届かない。

 助けたいのに、今の自分には見守ることしかできない。


「……神様って、こういう気分なのかな」


 ぽつりと漏れた言葉に、由奈は自分で少しだけ目を瞬いた。

 でも、笑えなかった。

 何もかも見えていても手を伸ばせない。

 相手を信じて見守るしかない。

 そんなの、優しいだけじゃ務まらない。


「そう……本当の狙いは――」


 言葉の続きが、喉で止まった。

 口にしてしまったら、それが本当に起きる気がした。

 今までだってそうだった。

 嫌な予感ほど、物語の中では妙に輪郭を持ってしまう。

 読者として何度もそれを見てきた。

 だからこそ、分かってしまったのに口にしたくない。


「――っ!」


 その瞬間、頭の奥がずきんと痛んだ。

 視界がぐらりと揺れ、胃の底がひやりと冷えて、呼吸がうまく入ってこない。

 冷や汗が背中を伝い、心臓が嫌な速さで脈を打っている。


(まただ……)


 倒れる直前の、あの嫌な感じだ。

 退院したばかりなのだと、体が思い出させるように軋んだ。

 少し考え込みすぎただけで息が上がる。

 まして今は、向こうの世界で何かが決定的に動こうとしている気配に引っ張られるみたいに、胸の内側がざわざわと騒いでいた。

 こめかみの奥で脈が暴れ、指先が冷えて、文字が滲んで焦点が合わなくなる。

 由奈はテーブルの端を、爪が食い込むくらい強く掴んだ。

 ここで倒れるわけにはいかない。

 まだちゃんと見なきゃいけない。


(早く、王様に伝えなきゃ)


***


―――神殿 北国来賓席―――


 その頃、エルザが何事もない顔で主の背後に立っていた。

 乱れのない姿勢、静かな眼差し、完璧な侍女頭の顔。

 誰が見ても、主人を支える忠実な従者にしか映らないはずだった。


 だがその水面の下では、北国の金がすでに静かに染み込んでいる。

 侍女、下働き、出入りの雑役、護衛の導線を知る者、扉の鍵を扱う者。

 目立たない者たちほど、こういう時には役に立つ。

 大きく動く必要はなかった。

 視線が一瞬逸れればいい。

 案内の順番が一つ狂えば、それだけで人の流れは変わる。

 合図一つで持ち場をずらす者、来賓席へ向かう目線を遮る者、人垣の厚みを変える者。

 それだけで十分だった。


 隠密たちも、すでに持ち場についている。

 柱の陰、観客の流れに紛れる位置、死角になる回廊の先。


 神《カヤ》を奪えれば最上。

 それが叶わなくとも、盤面を崩す手は残してある。


 エルザは表情を変えなかった。

 主の背後に立つ忠実な侍女頭の顔のまま、ただ静かに、次の瞬間を待っていた。

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