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王様!ちょっと待ってください!~ネット小説の暴君王に、主婦のツッコミが届いてしまいました~  作者: だしのもと
第3章 戦場無敵王、沈黙の神を取り戻すため剣を捨てます

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第22話 剣を交えて、問うものは

―――北国使節団 宿舎 回廊―――


 王城の庭は朝の光に磨かれていた。

 咲き揃えた花も整えられた芝も、王城の威厳を示すために整えられている。

 けれど今のリディアには、その美しさが薄い膜のようにしか思えなかった。

 背後で控えていたカリナが、静かに口を開く。


「リディア様」


 リディアは振り返った。

 カリナはいつも通り背筋を伸ばし、騎士らしい硬さを崩していない。

 けれどその灰色の瞳には、普段よりも強い警戒が宿っていた。


「先日の件を踏まえ、申し上げます。リディア様の護衛は、増やすべきです」


「やはり、その話ですか」


 リディアは小さく息をついた。


「……大げさではなくて?」


「いいえ」


 即答だった。


「むしろ、何も起きていない今だからこそ動くべきです」


 カリナは一歩も引かない。


「婚姻が破れる方が北国に有利である可能性がある以上、リディア様ご自身が火種として使われる危険があります。事故を装うことも、王城の失態に見せかけることもできる」


 リディアは視線を落とした。


 火(・)種(・)。


 自分は、そういう立場なのだと、もう知っている。


「……ですが、私一人のために大事にはしたくありません」


 言いながら、自分でもそれが半分は本音で、半分は見栄だとわかっていた。

 怯えていると見せたくない。

 守られるだけの存在だと思われたくない。

 そんな幼い意地を、カリナは静かに見抜いたようだった。


「リディア様」


 声はやわらかい。

 だが揺るがない。


「起きてから守るのでは、護衛の意味がありません」


 リディアは顔を上げた。

 カリナの言葉には、飾りがなかった。

 ただ騎士として守る者の、まっすぐな責任だけがある。


「私が申しておりますのは、リディア様が弱いから守る、という話ではありません」


 カリナはまっすぐに言う。


「リディア様が狙われるだけの価値を持ってしまっているからこそ、守らねばならないのです」


 リディアはしばらく黙っていた。

 その価値が、姫としての価値ではなく、手札としての価値であることも、もうわかっている。

 だからこそ、その現実から目を逸らしてはいけないのだろう。


「……わかりました」


 ようやく、リディアは頷いた。


「ですが、ただ守られるだけではいたくありません」


 その言葉に、カリナの目元がわずかにやわらいだ。


「はい。そうおっしゃると思っておりました」


 そこでカリナは、一度だけ周囲を見渡してから声を落とした。


「昨日の席でもお話しした通り、私には陛下へ近づく口実があります。騎士の立場で動けますから、引き続き私が動きましょう」


「……ありがとうございます」


 リディアがそう言うと、カリナはほんのわずかに目を伏せた。


「礼には及びません。これは、私の役目ですから」


 そう言いながらも、その声には少しだけ照れたような硬さが混じっていた。


***


―――騎士団陣営 執務室―――


 同じ頃、ガルドが険しい顔で報告書を見下ろしていた。

 机の上に置かれた書面には、短く要点だけが記されている。

 北国姫リディアの護衛強化。

 候補として挙がっているのは、『カリナ』。


 薄く息を吐き、ガルドは書面を置いた。

 こうなる気はしていた。


 妹は一度守ると決めた相手に対して、妙にまっすぐだ。

 止めたところで簡単に引く性格ではない。

 だが、それとこれとは別だった。

 王家の中枢。

 后候補。

 北国姫。

 そこへ、カリナが入る。

 ただの護衛任務ではない。

 政治と陰謀の泥の中へ、自分の妹が足を踏み入れるのだ。

 窓の外に目をやりながら、ガルドは無意識に奥歯を噛んだ。


 『カリナをもっと王に近づけろ』


 支援する家門からは、以前から圧があった。


 騎士としてだけではなく、候補としても位置を強めろ、と。

 虫唾が走る。

 けれど完全に無視もできない。

 騎士団長としての立場もある。

 家の立場もある。

 妹の意思もある。

 どこにもきれいな答えはない。


「……面倒なことになったな」


 低く漏らしたその呟きに、答える者はいなかった。


***


――― 王宮 騎士団訓練場―――


 夜。

 訓練場には、人の気配がなかった。

 昼の喧騒が嘘のように消えた空間で、灯火だけが石床を薄く照らしている。

 鉄と汗の残り香が、静かな闇に沈んでいた。

 ガルドが足を踏み入れると、すでにそこには人影があった。

 木剣を肩に担いだレオンが、振り向きもせずに言う。


「遅いぞ」


 昔と変わらぬ、ぶっきらぼうな声だった。

 だからこそ、かえって遠いもののようにも聞こえた。

 ガルドはわずかに眉をひそめた。


「陛下自ら人払いまでして呼び出しておいて、その言い草ですか」


「二人きりだ。そう堅くなるな」


 そこでようやくレオンが振り返る。

 灯りの下に立つその姿を見て、ガルドは一瞬だけ、遠い昔を思い出した。


 レオンがまだ王太子ですらなかった頃。

 王位継承の重みが、今ほど現実のものではなかったのをいい事に、日が暮れるまで剣を交え、勝った負けたで言い合っていた。

 あの頃は、確かに「レオン」と呼んでいた。

 けれど今は違う。


「呼び出した用件は、カリナのことだろう?」


 先に切り出したのはガルドだった。

 レオンは木剣を軽く回し、無造作に構える。


「……北国姫の護衛につく、か」


「だそうだ」


 ガルドも壁際の木剣を取った。


「カリナが申し出た。表向きは護衛強化。だが実際は、それだけじゃない」


「だろうな」


 レオンの返答は短い。

 そのあまりにあっさりした態度に、ガルドの胸に小さな苛立ちが走る。


「お前はそれを、どう見る」


「ガルド、お前はどうしたい」


 問いを問いで返され、ガルドの眉間が深く寄った。


「聞いているのは俺だ」


一瞬の間を置いて、ガルドは言った。


「……レ(・)オ(・)ン(・)」


 名前が口から出た瞬間、空気がわずかに張った。

 けれどレオンは咎めなかった。

 むしろ、それでいいと言うように口元だけをわずかに動かす。


「……正直に言えば、あまり賛成はしていない」


 レオンは木剣の切っ先を下げたまま言った。


「后候補はただの駒じゃない。護衛だろうが何だろうが、軽々しく危険の中に立たせたくはない」


 ガルドは一瞬、言葉を失った。

 その答えは、予想していたものと少し違ったからだ。

 昔のレオンなら、もっと冷たく切り捨てていただろう。

 使える駒なら使う。

 それだけで済ませたはずだ。

 だが、それで警戒が解けるほど、ガルドも甘くはなかった。


「口ではそう言うか」


 木剣を構える。

 レオンも同じように構えた。


「今までのお前は、誰が傷つこうが気にもしなかった」


 踏み込む。

 木剣がぶつかり、乾いた音が鍛錬場に響く。


「騎士団の仲間が倒れても、前に進むための損耗としか見ていなかった」


 もう一撃。

 レオンは受ける。

 反撃は鋭いが、昔より無闇に荒くない。


「カリナもその列に加わるなら、俺は黙って見ていない」


 踏み込みにこもった怒りに対し、レオンは正面から受け止めた。


「……だろうな」


 ガルドの動きが、一瞬だけ止まる。

 レオンは木剣を払って間合いを取り、低く続けた。


「そう見られて当然のことをしてきた」


 言い訳はしないし、開き直りもしない。

 それが逆に、ガルドの胸を苛立たせた。


「なら、なぜ今さらだ」


「今さらだからだ」


 短い返答。

 再び剣がぶつかる。

 火花の代わりに、鈍い木の音が夜気を震わせた。

 昔と違う、そう思った。

 昔のレオンは、怒りのままに押し切る剣だった。

 強く、速く、苛烈で、ただ前だけを見る剣。

 今の剣は、それでも重い。

 だが、相手を見ている。

 受けている。

 呼吸を読んでいる。

 それが、妙に腹立たしかった。

 変わったように見えるからこそ、簡単に信じたくなかった。


「俺はまだ、お前を信用していない」


 ガルドは言い切った。


「妹を預けていいとも思っていない」


「……あぁ」


 レオンの答えに、迷いはなかった。

 次の瞬間、レオンが深く踏み込み、剣を打ち込む。

 ガルドが受けた衝撃に、腕が痺れる。


「だからガルド、お前に言っている」


 レオンは間合いの内側で、低く言った。


「俺がま(・)た(・)間違った道へ行くなら、刺してでも止めろ」


 ガルドの目が見開かれる。

 木剣がギリッ、と軋んだ。


「お前には、その資格がある」


 一瞬、時間が止まったように感じた。


(なぜ、そんな言葉を)


 そんな言葉を、かつてのレオンが口にするはずがなかった。

 ガルドの脳裏に浮かぶのは、命じることしか知らなかった頃の背中だった。

 その男が今、自分に止めろと言っている。


 ガルドは答えなかった。

 剣を構えたまま、ただ目の前の男を見る。

 信じ切れるわけではない。

 まだ、信頼を示すにはまったく足りない。

 それでも。

 少なくとも『昔と同じではないのかもしれない』と、ほんのわずかに思ってしまった。

 それが腹立たしく、そして苦しかった。

 先に剣を下ろしたのはガルドだった。


「……次は、言葉だけで済むといいな」


 そう言って背を向ける。

 レオンはそれを呼び止めない。

 ただ一言だけ、背中に向けて落とした。


「ガルド」


 足が止まる。


「カリナを、便利な駒にするつもりはない」


 レオンの静かな声だった。

 ガルドは振り返らなかった。

 だが、その言葉を聞かなかったふりもできなかった。


「……覚えておく」


 それだけを返して、鍛錬場を後にする。

 夜風が頬に冷たかった。

 警戒は、まだ解けない。

 だが完全に切り捨てるには、今のレオンの目は、少しだけまっすぐすぎた。

 ガルドは空を仰ぎ、小さく息を吐いた。


「厄介なことになったな、本当に」


 誰にともなく呟いたその言葉は、夜の闇に静かに消えていった。


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