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王様!ちょっと待ってください!~ネット小説の暴君王に、主婦のツッコミが届いてしまいました~  作者: だしのもと
第3章 戦場無敵王、沈黙の神を取り戻すため剣を捨てます

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第21話 もう一度、彼女たちに会うために②

 応接室には、前回とは違う空気が漂っていた。

 リディア、セレス、カリナ。

 三人は再び同じ卓を囲んでいた。

 銀の皿には菓子が並んでいるが、誰も手をつけようとしない。

 リディアは背筋を伸ばし、姫として完璧な姿勢で座っていた。

 表情は穏やかだが、どこか冷ややかで、前回のような柔らかさはない。

 まるで北国の氷を纏ったように、氷姫としての仮面を被っている。

 セレスは戸惑いを隠せず、視線をさまよわせていた。

 カリナも眉をひそめ、リディアの変化に違和感を覚えているようだった。

 エルザは部屋の隅に控え、その様子を静かに観察していた。

 リディアの態度に満足しているのか、警戒を少し解きかけているようにも見える。


「本日もお時間をいただき、ありがとうございます」


 リディアが口を開いた。

 丁寧な口調だが、どこか距離を感じさせる。


「前回は和やかな席でしたけれど、今日はもう少し踏み込んだお話もできればと思っております」


 セレスは小さく頷き、カリナは黙って視線を落とした。

 しばらく、形式的な会話が続いた。

 天気の話、王城の庭の話、どれも当たり障りのない表面だけの言葉だった。

 やがて、リディアが明るい声でエルザに呼びかけた。


「エルザ、せっかくお二人とお友達になれたのですもの。今日は最高級の北国の紅茶をご披露したいのです」


 エルザの目が鋭くなった。

 数歩近づき、声を潜めて言う。


「そのようなことは‥‥‥わざわざ今なさらずとも。前回の席から、まだ日も浅うございます」


「だからこそ、です」


 リディアは声を落とさず、これみよがしに微笑んだ。


「前回よりも一段、こちらの余裕を示すには良い機会です。それにご存知の通り、北国の茶は繊細です。温度が一度違うだけで風味が損なわれます。丁寧に支度をして差し上げなければ失礼というもの。準備にはそれなりのお時間をいただきますが、うちの侍女頭の腕を披露したいの」


 笑顔を崩さず、セレス、カリナへと視線を移し、そしてエルザへと向けた。


「最高級の北国の茶でおもてなしする。我が国の格をお見せするのも、姫としての務めです。それともエルザ、北国の茶では不足があると?」


 エルザの表情が硬くなる。

 北国の紅茶は公式な席でしか振る舞われない、それほど格式のある品だ。

 用意に時間がかかることも、彼女にはわかっていた。

 しかし、リディアの言葉には、父王譲りの冷たい論理と圧があった。


「‥‥‥かしこまりました」


 エルザは悔しげに一礼し、部屋を出て行った。

 扉が閉まり、足音が廊下を遠ざかっていく。


 その瞬間、リディアがふっと肩の力を抜いた。

 完璧な姿勢が崩れ、背もたれに体を預ける。

 表情もやわらぎ、申し訳なさそうに微笑んだ。


「‥‥‥さきほどはごめんなさいね。少し、よそよそしくしてしまいました」


 セレスが目を丸くする。


「い、いえ‥‥‥少し驚きましたけれど」


「エルザ殿を警戒してのことでしょうか」


 カリナが問うと、リディアは頷いた。


「ええ。ああでもしなければ、油断してくれないと思ったのです。それに、あの茶の支度には時間がかかります。温度の管理から茶葉の量まで、使用人でも手を抜けない。その間だけでも、ゆっくりお話できますわ」


 セレスとカリナは顔を見合わせ、それから安堵したように息を吐いた。

 リディアは立ち上がり、部屋の隅に置いてあった小さな包みを取り上げた。

 そっと開くと、中には真新しい白いハンカチが入っている。


「それから‥‥‥これを」


 リディアはカリナへ、そっとハンカチを差し出した。


「先日は助けていただきましたもの。お借りしたお礼です」


 カリナは少し戸惑ったように目を瞬かせた。


「そのようなお気遣いは‥‥‥ですが、ありがとうございます」


「受け取ってくださると嬉しいです」


 カリナは不器用ながらも嬉しそうに、ハンカチを受け取った。

 そのわずかな間だけ、室内の空気がやわらいだ。

 だが次の瞬間、リディアの表情はすっと引き締まる。


「あの話は、本当なのですね?」


 カリナも真顔で頷いた。


「はい。手紙を破棄したのは侍女頭でした。会話の内容までは掴めませんでしたが、偶然とは思えません」


 リディアは黙って聞いていた。

 父の手紙。

 エルザの行動。

 北国が本当に望んでいること。

 それらが、ひとつの線になっていく。

 リディアの顔が青ざめた。


「‥‥‥そう、違うのね」


 声がかすかに震える。


「父上は、婚姻が成ることだけを望んでいたのではないのだわ。むしろ破れた方が、王宮にも神殿にも深い傷を残せる。私《わたくし》は最初から‥‥‥結ばれるための姫ではなく、壊すための口実にされていたのね」


 セレスが息を呑んだ。

 カリナは重々しく沈黙している。

 やがてカリナが、静かに口を開く。


「婚姻が破れた方が有利だとすれば、姫様ご自身に何か起こる可能性もあります。事故を装うことも、責をこちらへ向けることもできる。それが実行されるかはわかりません。ですが、選べる状況にあること自体が危険です」


 リディアはカリナを見た。


「‥‥‥私《わたくし》自身が、火種になり得るということですね」


「はい」


 沈黙が落ちた。

 カリナが姿勢を正す。


「私には、支援してくださっている家門から『もっと陛下に近づくべきだ』とたびたび言われています。私自身、あまり好ましい話ではありません。ですが‥‥‥今回は逆に使えます。姫様方に比べれば、私はまだ監視が薄い。陛下へ接触する口実は作りやすいです」


 リディアが顔を上げた。


「では、カリナ様が‥‥‥」


「はい。必要なら、私が動きましょう」


 その返答に、迷いはなかった。

 少しの沈黙が流れる。

 それを破るように、セレスが勇気を振り絞って口を開いた。


「私も‥‥‥ご相談したいことがあります。陛下に、お伝えしなければならないことがあるのです」


 リディアとカリナが、同時にセレスを見る。


「でも‥‥‥どう申し上げればよいのかわからなくて。神殿には、表にしてはならないことがあります。それをそのまま申し上げれば、多くを巻き込んでしまうかもしれません。けれど、黙っていてはもっと大きなことになる気がするのです」


 リディアは、セレスの震える手をそっと握った。


「では、そのために陛下とお会いしなければならないのですね」


 セレスは小さく、けれど強く頷いた。

 リディアが考え込むように眉を寄せる。


「でも、この状態なら私《わたくし》から書状を出すのは危険ですわね」


「私から取り次ぐにしても、そのような重要な内容までは守れません」


 カリナも腕を組んだ。


「神官たちの目が、以前よりずっと厳しくて‥‥」


 セレスが小さく呟く。

 三人は黙り込んだ。

 目的は一致している。

 でも、どうやってレオンに接触するか。

 監視の目、神官の目、手紙の危険性。

 どれを取っても、正攻法は難しい。

 重い沈黙が落ちた。

 その時、カリナが小さく咳払いをした。

 言いにくそうに視線を逸らす。


「‥‥‥ひとつ案があります。でも、非常に勇気の要る方法ですし、できればもっと穏当な手段が望ましいのですが」


 リディアとセレスが顔を上げた。


「どのような方法ですの?」


「その‥‥‥陛下の御前で、わざとお倒れになるのです」


 セレスが目を丸くした。


「えっ‥‥‥?」


「ま、まぁ‥‥‥!」


 リディアも驚いた声を上げる。

 カリナは視線を逸らしたまま、少し頬を赤くして続けた。


「その‥‥‥市井で流行っている恋愛小説に、似た場面がありました」


 リディアが目を瞬かせる。

 その声には、驚きとほんの少しの興味が混じっていた。


「恋愛小説、ですか‥‥‥?」


「‥‥‥兄の部屋にあったものを、たまたま‥‥‥いえ、何冊かは自分でも」


 カリナの声がどんどん小さくなっていく。


「カリナ様は‥‥‥その、実際に使ったことが?」


 リディアが興味深そうに身を乗り出した。

 頬にうっすら朱が差しているが、目は好奇心でいっぱいだ。


「なっ‥‥‥! そのようなことがあるはずないでしょう!」


 カリナが珍しく声を裏返した。


「ただの、参考として‥‥‥! 読んだだけです、そう、読んだだけ!」


「あら、否定なさるということはつまり‥‥‥」


「リディア様!」


 カリナが真っ赤な顔でリディアを睨んだ。

 リディアはくすくすと笑いながらも、こほんと咳払いをして仕切り直した。


 一方でセレスは、顔を両手で覆っていた。


「わ、わざと‥‥‥陛下の御前で‥‥‥倒れる‥‥‥? そんな、そんなこと‥‥‥でも、倒れるって、どう倒れるのでしょう‥‥‥ゆっくり‥‥‥? それともすとんと‥‥‥いえ、そんな問題では‥‥‥でも、声は出した方が‥‥‥いいえ、やっぱり‥‥‥!」


 小声でぶつぶつと呟き続けるセレスに、リディアとカリナが顔を見合わせた。


「セレス様、大丈夫です‥‥‥?」


「はっ‥‥‥! す、すみません、取り乱しました」


 セレスが真っ赤なまま顔を上げる。


「ただ、その‥‥‥あまりにも想像がつかなくて」


「でも、たしかに」


 リディアは扇で口元を隠しながら、真剣な顔へと戻っていった。

 頬の朱はまだ少し残っている。


「別室へお移りいただく理由にはなりますわね」


「はい。陛下も見捨てはされないでしょうし、周囲も最初は不自然と思わないはずです」


 カリナもようやく平静を取り戻し、真剣な顔でセレスを見た。


「だからこそ、勇気が要ると申し上げました」


「わ、私にそんなことができるでしょうか‥‥‥」


 セレスがまだ顔を赤くしたまま、不安そうに言う。


 その時、廊下から足音が聞こえた。

 リディアが小さく合図する。

 三人は一瞬で表情を整えようとした。

 だが頬の赤みはそう簡単には引かない。


「‥‥少し、顔が火照っておりますわね、お二人とも」


 リディアがこそりと言うと、カリナが苦い顔をした。


「リディア様も人のことは言えないかと」


「ふふっ、そうですわね」


 リディアは素直に認め、姿勢をすっと正した。

 完璧な姫の仮面、穏やかな聖女の微笑み、静かな騎士の佇まい。

 三人が揃って仮面を被る。

 多少、頬が温かいのはご愛嬌だ。


 扉が開き、エルザが紅茶の入った盆を運んできた。


「お待たせいたしました」


「ありがとう、エルザ」


 リディアは優雅に微笑んだ。

 紅茶が振る舞われる。

 三人は何事もなかったかのように、表向きの会話を続けた。


「北国の茶は、とても香りが立ちますの」


「これは‥‥‥。確かにこちらでは味わったことのない格式のあるものですね」


「私のような身分で、このようなものを味わえるとは、恐縮です」


 和やかな茶会。

 けれどその裏には、秘密が隠されている。


 交流会が終わり、セレスは神殿の自室へ戻った。

 扉を閉め、一人になる。

 セレスは窓辺に立ち、夕暮れの空を見上げた。


 『わざと倒れる』


 そんな大胆な真似を、本当に自分にできるのだろうか。

 恐怖が胸を締めつける。

 失敗して疑われ、そして神殿に知られたら。

 でも、陛下に真実を届けるためなら。

 セレスは胸の前で、そっと指を組み直した。

 祈るだけではなく今度は、自分が動かなければならない。

 その覚悟が、静かに胸の中で固まっていった。


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