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王様!ちょっと待ってください!~ネット小説の暴君王に、主婦のツッコミが届いてしまいました~  作者: だしのもと
第3章 戦場無敵王、沈黙の神を取り戻すため剣を捨てます

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第21話 もう一度、彼女たちに会うために①

 ―――北国使節団 ――― 


 リディアの自室は、朝の光が差し込んでも冷たい空気に満たされていた。


 机の上には、新しく用意したハンカチが置かれている。

 リディアはそれを手に取り、指先でそっと布地をなぞった。

 白い布は真新しく、折り目も美しい。

 茶会の席で紅茶をこぼした時、カリナが差し出してくれたあの一枚への返礼として、リディアが選んだものだ。

 カリナから受け取った優しさに、きちんと応えたかったからだ。


『ハンカチを返す』だけなら、侍女に託せばいい。

 わざわざ自分で会う機会を設ける必要はない。

 でも、それでは足りなかった。


 カリナから受け取った小さな紙片。

 そこに書かれていた一行。


『手紙は破られた 侍女頭によって』


 あの言葉が、まだ胸の奥に刺さっている。

 自分の最も近くにいる者が敵だった。

 父の命令だけではない。

 この王城の中にも、誰かがいる。

 衣装も文机も寝室の出入りすら預かる侍女頭が敵なら、信じられる相手など、どこにもいないのだ。


 だからこそ、もう一度会わなければならない。


 リディアは、ハンカチを握りしめた。

 あの二人に、真実を伝えなければ。

 そして、聞かなければ。

 セレスが言いかけた言葉の続きも、カリナが知っている情報も、きっとまだある。


 リディアは深く息を吐き、ベルを鳴らすとしばらくして、ノックの音がした。


「どうぞ」


 扉が開き、一礼をしたエルザが入ってきた。

 いつも通り整った立ち姿で、冷静で完璧な侍女頭の顔をしている。

 でも、その裏に何があるのか、リディアはもう知っている。


「お呼びでしょうか、リディア様」


「ええ」


 リディアは椅子に座ったまま、エルザを見た。

 声が震えないように、表情が崩れないように、深く息を吸う。


「もう一度、候補者の方たちと交流会を開こうと思います」


 エルザの目が僅かに細くなる。

 一瞬だけ、探るような光が宿った。


「前回で十分ではございませんか? 不用意に近づけば、姫様の立場を弱めることになりかねません」


 リディアは、ハンカチをそっと机に置いた。

 指先が僅かに震えそうになるのを、必死に抑える。


「そうね。でも、前回は顔合わせに過ぎなかった。今度はもう少し、踏み込んだ話をしたいの」


「踏み込んだ、と申しますと?」


 エルザの声は丁寧だが、探るような響きがある。

 リディアの意図を読み取ろうとしているが、明らかに疑っている顔だ。


 リディアは、深く息を吸った。

 そして、父が使うような冷たい声で言った。


「北国が余裕を持っているという姿勢を見せることは、政治的に重要よ。他の陣営の候補に、私《わたくし》たちが動じていないと示す必要があるわ」


 エルザは黙って聞いている。

 表情は変わらないが、視線がリディアの顔を捉えて離さない。


 リディアは続けた。

 父の論理を借り、父の言葉を使って、嘘を積み上げていく。


「それに、他候補の動向を探ることも必要だわ。聖女が何を考え、近衛騎士がどう動くのか。それを知らずに次の一手は打てないでしょう。前回は和やかに終わりましたけれど、それだけでは不十分です」


 エルザは少し考えるような顔をした。

 リディアの言葉を吟味している。


「それは、確かに一理ございますが‥‥‥。あまり頻繁に接触すれば、かえって姫様が他候補に親近感を抱いているのではと疑われます」


「だからこそ、今度は少し距離を置いた態度で臨みます」


 リディアは、机の上のハンカチを指先で押さえた。


「前回は友好的に接しすぎたかもしれません。今度は、北国の姫としての立場をもう少し明確にします。それが、父上の望む『上位であることを示す』ということではなくて?」


 エルザの目が、一瞬だけ光った。


「‥‥‥父王様のご意向、でございますか」


「ええ」


 リディアは、父の手紙に書かれていた言葉を思い出す。

 冷酷で、容赦のない言葉。

 それを今、流暢に使っていることに自分でも驚く。


「父上からは、北国が上位であることを示せと言われているわ。そのためには、他の陣営の候補に圧をかける場も必要ではなくて?」


 エルザは、リディアの顔を見た。

 その目には、少しだけ驚きの色があった。

 これまでのリディアなら、こんなふうに冷徹な政治的判断を口にすることはなかった。


「‥‥‥姫様がそこまでお考えでしたら、私から申し上げることはございません。手配いたします」


 エルザは深々と礼をし、部屋を出て行った。

 扉が閉まる音が、やけに大きく聞こえた気がした。

 リディアは、椅子に座ったまま、深く息を吐いた。


 胸が苦しい。

 喉の奥が詰まる。

 手が震えそうになるのを、必死に抑える。


 今口にしたのは、半分嘘で半分本当だった。

 北国の立場を示すことも、他候補の動向を探ることも、確かに父なら言いそうなことだ。

 政治的には正しい理屈でもある。


 でも、リディアの本当の目的は違う。

 ただ、もう一度あの二人に会いたかった。

 真実を知りたかった。

 そして、助けたかった。


 嘘をつくことに心苦しさがないわけではない。

 リディアは、ハンカチを手に取った。

 白い布が、手の中で少しだけ震える。


 父の冷酷な論理を使った。

 一番嫌っていたあの言い回しを、自分が口にしてしまった。

 それが、父と同じになってしまったような気がして、吐き気がする。


 それでも。


 リディアはハンカチを握りしめた。

 友を助けるためなら、この痛みを背負う。

 正しい道を選び取り、守るべきものを守るためだ。

 時には、こうした方便を使う覚悟も負わなければならないのだ。


 姫(・)として生きるということは、きっとそういうことだ。

 綺麗な言葉だけでは、誰も守れない。

 嘘をつくことも、父の論理を使うことも、時には必要になる。


 それが胸が苦しく、痛くても。


 リディアは立ち上がり、窓の外を見た。

 陽の光が美しく王城の庭を照らしている。

 でも、その美しさの裏には、陰謀が渦巻いている。


 リディアは、ハンカチを胸に当てた。

 カリナの不器用な優しさ。

 セレスの柔らかい微笑み。

 あの二人がいてくれたから、自分は一人じゃないと思えた。

 だから、今度は自分が動く番だ。


 リディアは、ハンカチをそっと机に戻し、深く息を吸った。


(痛みを背負う覚悟はできている)


 次の交流会で、必ず真実を掴む。


お読みくださりありがとうございます!

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