↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王様!ちょっと待ってください!~ネット小説の暴君王に、主婦のツッコミが届いてしまいました~  作者: だしのもと
第3章 戦場無敵王、沈黙の神を取り戻すため剣を捨てます

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/65

第20話 「家族の中心」としての覚悟①

―――現実世界―――


 退院の日、由奈は晃と並んで車に乗っていた。

 窓の外には見慣れた街並みが流れていく。

 病院から自宅までいつもの道。

 けれど、今日は少しだけ違って見えた。


「‥‥‥大丈夫か?」


 信号待ちの間に、晃がちらりと由奈を見る。


「うん。大丈夫」


 由奈は頷いた。

 体はまだ本調子ではない。

 けれど、家に帰れるのだと思うと、それだけで胸の奥が少しほどける気がした。


 晃はそれ以上は何も言わず、ハンドルを握り直した。

 その手に、強ばりが見えた。


 玄関のドアを開けると、リビングの明かりが目に入った。

 由奈は靴を脱ぎ、家の中へ足を踏み入れる。

 そして、息を呑んだ。


 家の中が、整っていた。

 いつもなら少し散らかっているリビングのテーブルは綺麗に拭かれ、ソファのクッションもきちんと並べられている。

 床には掃除機の跡が残り、空気も淀んでいない。

 ただ、几帳面に整えようとした気配はあるのに、クッションの向きがひとつだけ微妙にずれていて、それがかえって誰かの頑張りを物語っていた。

 キッチンのカウンターには、ホワイトボードが置かれている。


『明日香:お風呂掃除』

『要:ゴミ出し』

『パパ:洗濯』


 それぞれの名前と担当が、晃の字で書かれていた。

 由奈は、洗濯物が畳まれているのを見た。

 少し不格好に畳まれたタオル。

 端がずれているシャツ。

 でも、ちゃんと畳まれている。

 明日香が教わった通りに、丁寧に折った跡があった。


 喉の奥が、つまる。

 自分がいない間、この家は崩れてしまうんじゃないかと、どこかで思っていた。

 晃も子どもたちも、きっと大変だったろうと心配していた。

 でも、違った。

 みんな、みんなで必死に回そうとしていたのだ。

 目の奥がじんと熱くなって、由奈は慌てて瞬きをした。


「‥‥‥どうした?」


 荷物を置いた晃が、由奈を見る。


「ううん。何でもない」


 由奈は少し笑った。


「ちょっと‥‥‥嬉しくて」


 晃は気まずそうに視線を逸らし、小さく息をついた。

 由奈はソファに腰を下ろした。

 足の力が抜けて、深く座面に沈み込む。

 立っているだけでも、まだ少し体が重い。


「‥‥‥何か、食べれるか?」


 晃が立ったまま、少し迷うように由奈を見た。


「うん。少しなら」


 由奈が答えると、晃は頷いた。


「‥‥‥わかった。少し、待ってろ」


 そう言って、晃はキッチンへ向かった。

 由奈は背もたれに体を預け、改めてリビングを見回した。

 ホワイトボードのメモ。

 畳まれた洗濯物。

 窓際に置かれた、子どもたちの描いた絵。

 全部が、この家がちゃんと動いていた証だった。

 そして同時に、自分がいなくなって初めて見えたものでもあった。


 しばらくして、晃がキッチンから湯気の立つお盆を運んできた。

 白い陶器の器に、卵がゆが盛られている。

 晃はお盆をテーブルに置き、由奈の前に器を置いた。


「‥‥‥同僚に教わった。初めて作ったから、味は保証できないけど」


 少しばつが悪そうに言う。

 由奈は器を見た。

 卵がゆは少し固めで、卵の黄身が半分ほど溶けている。

 完璧ではない。

 でも、湯気はやさしく立ちのぼり、ほっとする匂いがした。


「‥‥‥ありがとう」


 由奈はスプーンを手に取り、一口食べた。

 味は少し濃かった。

 けれど、あたたかかった。


「美味しい」


 由奈が微笑むと、晃は無言のまま椅子を引いて座った。

 そしてぽつりと言った。


「‥‥‥どうして、あそこまで具合が悪くなるまで何も言わなかった」


 由奈は手を止め、目を伏せた。

 責められているのかと思って、一瞬、言葉が出なかった。


「それは‥‥‥」


 由奈が言いよどむと、晃はすぐに眉を寄せた。


「‥‥‥いや、違うな。言い方が悪かった」


 晃は視線を落とし、膝の上で手を握る。


「責めたいんじゃない。そんなになるまで、言える感じではなかったし、俺も気づけなかったってことを言いたいんだ」


 それから、低い声で続けた。


「‥‥‥すまなかった」


 由奈は顔を上げる。


「これまで、お前に全部任せきりだった」


 晃は視線を落としたまま、続けた。


「家のことも、子どものことも、ずっとお前がやってくれてた。俺は仕事だけして、帰ってきたらご飯があって、洗濯ができてて、それが当たり前みたいになってた」


 由奈は、静かに顔をあげた。


「でも、全然当たり前じゃなかった」


 晃の手が、膝の上で強く握られる。


「お前が倒れてから、初めてわかった。料理も、洗濯も、掃除も、子どものことも‥‥‥。自分が思ってたより全然、回らなかった」


 低い声が、少しかすれる。


「お前がいないと駄目だって、そういう意味じゃない。そうじゃなくて‥‥‥俺が、今まで何も見てなかったってことだ」


 由奈は、晃を見つめた。


「それを、お前は毎日やってたんだなって思った。文句も言わずに」


 晃は一度言葉を切り、それからようやく顔を上げた。

 その目は、まっすぐ由奈を見ていた。


「本当に、すまなかった」


 由奈の胸が、きゅっと縮む。


 晃は不器用で言葉も多くない。

 でも、今ここにある言葉は、ごまかしではなかった。


「‥‥‥ありがとう」


 由奈は涙を拭った。


「言ってくれて、嬉しい」


 晃は黙って由奈の言葉を受け止めた。


「私も‥‥ちゃんと伝えきれなかったこと、あったかもしれない」


「いや」


 晃は首を横に振る。


「俺が、聞こうとしてなかっただけだ」


 少し間を置いてから、晃は続けた。


「これからは、ちゃんと話を聞く。家のことも、一緒にやる。お前一人に任せない」


 由奈は晃の顔を見た。

 その目は、真剣だった。


「‥‥‥うん」


 由奈は小さく頷く。


「一緒に、やっていこう」


 晃も、静かに頷いた。


 由奈は、卵がゆを最後まで食べた。

 あたたかいおかゆが、ゆっくりと胃に落ちていく。

 晃が作ってくれた、初めての料理。

 完璧じゃない。

 けれど、その不格好さごと、やさしかった。


 器を置いて、由奈は深く息を吐く。

 自分は、ただ家事をこなしていただけじゃなかった。

 気づかないうちに、この家の真ん中を支えていたのかもしれない。

 晃も、子どもたちも、それぞれに頑張っていた。

 それでも、自分がいたから保たれていたものが、確かにあったのだ。

 由奈は自分の手を見た。

 この手で、家族を支えてきた。

 そして、これからもきっと支えていく。


「‥‥私、ここをちゃんと守りたい」


 小さく呟く。

 晃は由奈を見た。


「ああ。一緒に守ろう」


 短い言葉だった。

 でも、それは確かな返事だった。

 由奈は、静かに頷いた。


 晃は器を片付け、キッチンへ戻っていった。

 由奈はソファに背を預け、窓の外を見る。

 夕暮れの空が、オレンジ色に染まっていた。

 胸にそっと手を当てる。


 ここが、私の居場所――そして大切な場所。


 (まだ終わっていない。そんな気がする)


 あの別世界のことも、胸の奥で静かに疼いていた。

 浮かぶのは、もう一人の不器用な人。

 由奈は小さく笑った。


 (――どちらも諦めない)


 その覚悟が、静かに胸の中で形になっていった。

お読みくださりありがとうございます!

ブックマーク、評価、コメントを頂けると大変嬉しいです!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。