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王様!ちょっと待ってください!~ネット小説の暴君王に、主婦のツッコミが届いてしまいました~  作者: だしのもと
第3章 戦場無敵王、沈黙の神を取り戻すため剣を捨てます

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第19話 后候補たちの交流会と、静かなる同盟

―――王宮 執務室―――


「‥‥‥后候補たちが、茶会を開くだと?」


 レオンは書簡から渋い顔を上げた。

 報告したシグルは淡々とうなずいた。


「はい。交流の場としては妥当かと。互いの立場を探り合う意味でも、無意味ではありません」


 『探り合い』という言葉に、レオンは眉を寄せた。


「三人集まって茶を飲むだけで、なぜそんなに不穏な響きになる」


「陛下。戦場では敵が見えますが、社交では見えないことが多いのです」


「見えない敵の相手など、俺はしたくない」


 あからさまに嫌そうな顔をしたレオンに、シグルは穏やかに笑った。


「ご安心ください。最初から陛下は呼ばれておりません」


「‥‥‥」


 レオンは無言でシグルを睨んだが、彼の表情は涼しい顔のままだった。


「‥‥‥それにしても、お前はやけに女同士の機微に詳しいな」


 レオンは書簡を机に置き、疑わしげな目でシグルを見る。


「姉が三人おりますので」


 シグルは淡々と答えた。

 表情一つ変えない。


「幼い頃は、姉たちの衣装合わせの度に人形役をさせられ、茶会から帰った後は『誰それの態度がどうだった』と延々聞かされました」


「地獄のような環境だな」


「ええ。おかげで女性同士の社交には詳しくなりました」


「――それは、気の毒だったな」


 レオンは本気で同情した。


「陛下に同情されるとは思いませんでした」


 シグルは眉を上げ、珍しく皮肉めいた笑みを浮かべた。

 レオンは腕を組む。


「それにしても。三人で茶会、ということは何だ。菓子の種類で牽制し合ったりするのか」


「‥‥‥どのような想像をなさっているのですか」


「違うのか? どの菓子が『旨いか不味いか』の話し合いだろう?」


「違わない場合もありますが、陛下の思っている内容ではありません。たいていはもっと静かで厄介です」


「‥‥‥やれやれ、剣を抜く方がまだわかりやすい」


 レオンは腕を組んだまま、露骨に嫌そうな顔をした。


「多くの男性がそう思うでしょう。ですから女性の社交は怖いのです」


 シグルは書類をめくりながら、淡々と続ける。


「なら茶会など禁止にすればいい」


「陛下、それは火に油を注ぐだけです」


 レオンらしい返答に、シグルは顔も上げずに即答した。


「面倒だな」


「ええ、とても」


 あまりにも即答され、レオンは少しだけむっとした。

 シグルは書類を整えながら続ける。


「ですが、今回の場には意味があります。三名とも、立場は違えど孤立しておられるでしょうね」


「北国の姫、神殿の聖女、貴族出の女騎士‥‥‥か」


「誰か一人でも味方を得られれば、状況は変わります」


 レオンは立ち上がり窓の外、街を見下ろした。


「‥‥‥集めたのはこちら側だ。無関係とは言えない」


 その声音は素っ気なかったが、どこか複雑な響きがあった。

 シグルはあえて何も指摘しなかった。


***


―――王宮 応接室―――


 小さな応接室には、穏やかな香りの紅茶と、気詰まりな沈黙があった。


 リディア、セレス、カリナ。


 立場も育ちも異なる三人が、同じ卓を囲んでいる。


 白磁のカップには湯気が立ち、銀の皿には繊細な焼き菓子が並んでいた。

 けれど、誰も手をつけようとしない。

 誰から口を開くべきか、誰にもわからなかった。


 給仕を終えた侍女は扉脇へ控え、卓には不用意に近づかない。

 この場に完全な私語の自由はない。


 最初に微笑んだのは、リディアだった。


「本日は、お時間をいただきありがとうございます」


 丁寧で、隙のない挨拶。

 姫として完璧な声だったが、その完璧さがかえって距離をつくっていた。

 セレスは小さく会釈した。


「こちらこそ‥‥‥こうしてお話しする機会は、あまりありませんでしたから」


 カリナも背筋を正し、静かに続ける。


「私もです。こうした場には、正直あまり慣れておりません」


 三人とも、丁寧で正しくて、よそよそしい。


 その空気を少しだけ壊したのは、意外にもリディアだった。

 カップを手に取り、一口飲んでから静かに置く。


「‥‥‥正直に申しますと、私《わたくし》は少し安心しております」


 セレスが目を瞬く。


「安心、ですか?」


「ええ。お二人とも、思っていたよりずっと‥‥‥お話ししやすそうでしたので」


 カリナの緊張した表情が解れる。


「私も同じことを思っていました」


 セレスも、柔らかく微笑む。


「私もです」


 その瞬間、空気が少しだけ和らいだ。

 リディアは焼き菓子を一つ取り、ゆっくりと口に運んだ。

 甘さが舌に広がる。

 少し迷うように視線を伏せてから、リディアは口を開いた。


「‥‥‥お二人のことを、私《わたくし》は素晴らしいと思っております」


 セレスとカリナが目を瞬かせた。


「セレス様は、民衆から深く慕われています。祈りの場に立つだけで、人の心を静めることができる。それは、地位だけでは得られないものです」


「‥‥‥そ、そんな」


 リディアはセレスを見て、やわらかく微笑んだ。

 セレスは戸惑ったように睫毛を伏せた。


「カリナ様は、女性でありながらも、ご自身の信念で剣を取り、国を守っていらっしゃる。そのお姿は、とても眩しく見えます」


 カリナは少し目を見開き、それから静かに視線を落とした。


「‥‥‥私《わたくし》には、そのようなものがありません」


 リディアの指先が、受け皿の縁にそっと触れる。


「私《わたくし》は姫という立場でここにおります。けれど、それだけです。国のための駒(・)として置かれているだけで、私自身を見てくれる者は……あまりおりません」


 セレスは、リディアの言葉を静かに受け止めた。

 自分の手を見つめる。


「そのように見えていたのなら‥‥‥少し、救われます」


 セレスは小さく息を吐いた。


「実は‥‥‥私は孤児です。神殿に拾われ、聖女として育てられました。けれど神殿の中でも、皆が私を仲間として見てくれているわけではありません」


 カリナも、少し間を置いてから言った。

 剣帯に手を置く。


「リディア様は買いかぶりです。ですが‥‥‥そう言っていただけるのは、ありがたいです」


 カリナは静かに続けた。


「私は騎士として立ちたいと思ってきました。ですが、女であるというだけで、軽んじられることも少なくありません。兄の名がなければ、ここにも立てなかったかもしれません」


 沈黙が落ちた。

 だが先ほどのような冷たさは、もうなかった。


 三人は、互いの孤独を共有していた。

 リディアはためらいながらも、それでも笑おうとした。


「――私《わたくし》たちは皆、孤独《ひとり》だったのですね」


 その言葉は、不思議と誰の胸にも静かに落ちた。


「でしたら、友人になりませんか?」


 セレスは目を見開いた。

 指先を組む。

 友人、という言葉の重さを噛みしめるように。

 やがて柔らかく微笑んだ。


「‥‥‥はい。そうなれたら、嬉しいです」


 カリナも、少しだけ目元を和らげる。


「私のような者でよろしければ、ぜひ」


 三人は、静かに頷き合った。

 紅茶の湯気が、ゆっくりと立ち上っていた。



 しばらくして、セレスが少し迷ってから言った。

 声が僅かに震えている。


「あの、この場での話として相応しくないのを承知しているのですが。実は‥‥‥お伝えしたいことが」


 その時、扉の外から控えめな声がかかった。


「セレス様。儀式の準備のお時間です」


 呼び声を聞いた瞬間、セレスの肩がぴくりと強ばった。

 表情が、はっきりと曇る。

 手が、カップの縁を握りしめた。


「‥‥‥申し訳ありません。ここで失礼いたします」


 彼女は二人を見つめ、何かを言おうとして、結局飲み込んだ。


「また、次の機会に」


 その言葉は、願いに近い響きだった。

 セレスは深々と礼をし、部屋を出た。

 扉が閉まる音が、やけに大きく聞こえた。


***


 セレスが去り、室内の空気が少し緩んだ、その時だった。

 カリナが椅子を引いた拍子に、腰の剣の柄が卓の端に触れた。

 かすかな音とともに、リディアのカップが傾くき、紅茶が皿に溢れた。


「あ‥‥‥! 申し訳ありません!」


 カリナはすぐに立ち上がり、ハンカチを手に卓へ回り込んだ。


「今、お拭きします」


 騎士らしい無駄のない手つきでカップを起こし、こぼれた雫を拭う。

 その一瞬、折りたたまれた小さな紙片が、そっとリディアの手元へ滑り込んだ。

 剣なら迷わず振れる手が、紙片一つ渡すのに妙に慎重だった。


 侍女たちの視線は、誰一人そこに留まらなかった。


 リディアは表情を変えないまま、指先だけでそれを押さえた。

 ハンカチに隠すように紙片へ視線を落とす。

 伏せた睫毛の下で、一行だけを素早く読んだ。


『手紙は破られた 侍女頭によって』


 リディアの呼吸が僅かに止まる。

 だが次の瞬間には、何事もなかったようにカップへ手を伸ばした。

 そして、髪を耳にかけ、下唇に小指を立てる。

 貴族の娘なら幼い頃から叩き込まれる、社交の隠し合図『了解の意』だった。


「大変失礼しました」


 カリナは一礼し、それ以上は何も言わない。

 リディアは、カリナのハンカチを手に取った。

 指先で、丁寧に畳む。


「ハンカチ、汚してしまいましたね。後日、新品をお返しいたしますわ」


「そんな! 構いません」


「――いえ、必(・)ず(・)」


 リディアは微笑んだ。

 その微笑みには、再び会う約束が込められていた。


***


 やがて交流会も終わり、リディアとカリナもまた穏やかに席を立った。

 笑みも、礼儀も、何ひとつ乱れはない。

 けれど部屋を出た後、リディアは袖の内で、あの小さな紙片を強く握りしめた。

 袖の中で紙片の角が、掌に小さく食い込む。


 父の圧力だけではない。

 この王城の中にも、誰かがいる。

 衣装も、文机も、寝室の出入りすら預かる侍女頭が敵なら、安らげる場所などない。


 けれど同時に、今日初めて知ったこともあった。

 この宮廷で、自分はもう、ただ一人ではないのだと。


 カリナは廊下を歩きながら、右手の肉刺《まめ》を見下ろした。

 剣で握った手。

 その手が、今日は別の形で誰かを守った。


 セレスは礼拝堂へ向かいながら、胸に手を当てた。

 言えなかった言葉が、喉に詰まっている。

 でも、次がある。

 次こそ、伝えられる。


 三人は、それぞれの場所へ戻っていった。

 でも、もう孤独ではなかった。

 それはまだ細い糸にすぎなかったが、確かに三人を結んでいた。


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