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王様!ちょっと待ってください!~ネット小説の暴君王に、主婦のツッコミが届いてしまいました~  作者: だしのもと
第3章 戦場無敵王、沈黙の神を取り戻すため剣を捨てます

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第18話 駒ではなく、私たちの意志で②

―――北国使節団 リディアの私室―――


 その夜、リディアは自室で手紙を書いていた。

 宛先は、レオン。

 机の上にはインク壺と羊皮紙が置かれていて、ランプの光が紙の上で揺れている。

 父王の言葉が、耳の奥でまだ響いていた。


 『立場は北国が上だと示せ。

 渋るなら手段は選ぶな。』


 美しい言葉で包んだ命令は、鎖だった。

 リディアはペン先を整え、最初の文を書き始めた。


『拝啓 陛下におかれましては‥‥‥』


 貴族の礼儀に則った、婉曲な言い回し。

 けれど、リディアは途中で手を止めた。


(‥‥‥これでは、あの方には伝わらない)


 レオンの顔が、脳裏に浮かんだ。

 あの真っ直ぐな目。

 不器用で、けれど嘘をつけない目。


(あの方は、真っ直ぐな言葉のほうが伝わるかもしれない)


 リディアは紙を破り、新しい紙を取り出した。

 そして、ペンを走らせた。

 今度は、隠語も婉曲表現もなく、ただ真っ直ぐに。


『陛下へ』


 最初の一文字を書くだけで、手が震えた。

 けれど、止まるわけにはいかない。


『どうか、お気をつけください』


 次の文を書く。

 インクが紙に染み込んでいく。


『父王が神を欲しています』


 リディアは一度ペンを止めた。

 この言葉を書くことが、どれだけ重いことか、分かっている。

 父を裏切る言葉だ。

 けれど、レオンを守るためには、書かなければならない。


『父はしたたかです。神を奪い、アルカディアを配下に置こうとしています』


 リディアはさらに続けた。


『これから北国は、礼の言葉の裏で、手段を選ばず動くでしょう。信頼できる方にだけ、このことを』


 そして最後に、名前を書いた。


『リディア』


 短い文なのに、書き終えた指先が冷たかった。

 リディアは封蝋を押そうとして、手が震えた。

 届けたい。

 けれど、届くだろうか。

 リディアは深く息を吸い、震えを隠すように封蝋を押した。

 北国の紋章が、赤い蝋に刻まれる。

 それは、リディアの覚悟の証だった。



 翌朝、リディアは侍女に手紙を預けた。

 侍女は信頼できる者で、リディアが幼い頃から仕えている。


「これを。王宮に届けて」


「承知しました」


 侍女は一礼し、手紙を胸に抱いて部屋を出た。

 リディアは窓辺に立ち、街を見下ろした。

 朝の光が、街を照らしている。


(どうか、届きますように)


 祈りにも似た願いが、胸の奥でほどけない。

***


―――北国使節団 宿舎 回廊―――


 その頃、廊下の曲がり角で、カリナは足を止めていた。

 ただの偶然ではない。

 今朝から城の空気が妙に騒がしい。

 視線が増えた気がする。

 胸騒ぎがして、足が勝手に止まった。

 角の向こうに、リディア付きの侍女が見えた。


(あれは‥‥‥)


 胸に封書を抱え、足早に歩いている。

 その表情は真剣で、少しだけ緊張していた。


 次の瞬間、影が伸びた。

 エルザだ。

 エルザは笑顔のまま、侍女の前に立った。

 その笑顔は穏やかで、優しかった。

 けれど、その目は冷たかった。


「あら、朝早くから、どちらへ?」


 エルザの声は丁寧だったが、その声には確かな圧があった。


「王宮へ、お届け物を‥‥‥」


 侍女が躊躇する。

 その手が、封書を胸に引き寄せた。


「まあ、リディア様からの?」


 エルザは一歩近づいた。

 その動作は自然で、けれど侍女の行動を制すには十分な距離だった。


「少し、拝見してもよろしいかしら?」


 侍女は言葉を失った。

 拒否すれば失礼になるけれど、渡せばリディア様を裏切ることになる。

 次の瞬間、エルザの手が素早く動いた。

 侍女の手から、封書をもぎ取る。

 その動作は強引で、容赦がなかった。


「あの‥‥‥!」


 侍女が声を上げかけたが、エルザの目に射抜かれて言葉を飲み込んだ。

 エルザは封蝋を破り、手紙を開いた。

 その目が、文字を追う。

 一度、二度。

 そして、何食わぬ顔で、手紙を破った。

 はらりはらりと破片が、床に落ちる。


「‥‥‥!」


 侍女の顔が青ざめた。

 エルザは、破片を足で踏みつけた。

 そして、侍女に低い声で言った。


「あなたは、何も見ていない。何も聞いていない。そして、手紙は確かに王宮に届けた」


 エルザの目が、鋭く光る。


「もし、リディア様に余計なことを言えば‥‥‥あなたの帰る場所が消えるわ、分かっているわね?」


 侍女は震えた。

 その目には、恐怖が浮かんでいた。


「‥‥‥はい」


 侍女は、ただ頷いた。


 カリナは息を殺し、柱の影に身を寄せていた。

 足音を立てないように、鎧の金具を押さえた。

 心臓が早鐘を打っている。


(‥‥‥今のは、北国のやり方だ)


 カリナは、全てを見ていた。

 エルザが手紙を奪い、破り、侍女を脅した。

 その全てを。


(リディア様は‥‥‥これを知らないかもしれない)


 胸の奥に、冷たい決意が沈んでいく。


(なら、私が動ごなかくては。騎士としての誇りにかけて)


***


―――北国使節団 リディアの私室―――


 昼になっても、返事は来なかった。

 リディアは窓辺に座り、外を見ていた。

 その時、扉がノックされた。

 リディアは振り返る。


「どうぞ」


 扉が開き、侍女が入ってきた。

 その顔は、いつもと変わらない。

 けれど、その目は少しだけ泳いでいた。


「姫様、王宮に届けて参りました」


 侍女は、礼儀正しく深く頭を下げた。


「そう‥‥‥ありがとう」


 リディアは、微笑んだ。

 けれど、侍女の様子が少しだけおかしい気がした。


「‥‥‥渡したのですね?」


 リディアが念を押すと、侍女は一瞬だけ躊躇した。

 けれど、すぐに答えた。


「はい」


 声が小さく震えている。

 けれどリディアは、その震えを疲れだと決めつけた。

 そう信じたかった。


「‥‥‥そう、ありがとう」


 手紙は届いた。

 レオンの元に警告を送れた。

 リディアは安堵した。

 ――その安堵が、偽りだとも知らずに。


***


―――北国使節団  回廊―――


 カリナは、回廊を歩いていた。

 その足取りは速く、迷いがない。


(私が、陛下に直接伝えなければ)


 カリナは、王宮へ向かおうとした。

 けれど、途中で足を止めた。


(‥‥‥いや、待て)


 カリナは、考えた。

 自分が直接レオンに報告すれば、確かに伝わる。

 けれど、それは北国を刺激することになる。

 エルザは、自分が見ていたことを知らない。

 今、動けば、エルザに警戒される。


(‥‥‥なら、別の方法で行く必要がある)


 カリナの脳裏に、一つの案が浮かんだ。


(后候補の交流会‥‥‥)


 近日中に予定されている、后候補たちの交流会。

 そこでなら、リディアに直接話せる。

 そして、セレスもいる。

 三人で話せば、何か手が打てるかもしれない。


(そうだ。まずは、リディア様に伝えよう。それから陛下に報告しても遅くはない)


 カリナは、深く息を吸った。

 そして、方向を変えた。

 まだ、動く時ではない。

 けれど、準備は始める。


 騎士として、剣と己の誇りにかけて。


 あの人を、一人にしないために。


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