第2話 作家のクセを読め!②
―――異世界・アルカディア王国―――
「陛下、昨日の外交はお見事でした」
執務室に入ってきた宰相シグルの表情は、珍しく柔らかかった。
普段は穏やかで、あまり感情を表に出さない彼が、今日は違う。
その顔には、明らかな安堵と、わずかな驚きが浮かんでいた。
「最初はどうなることかと思いましたが、途中の発言で完全に関係を修復されました。さすがです! 条件もこちらにとって、とてもいいものでしたね」
シグルの声には、純粋な賞賛が込められていた。
「……うむ」
レオンは書類を捲りながら、小さく頷く。
その動作は、いつもの無愛想なものだったが、胸の奥では小さな安堵が渦巻いていた。
書類の文字を追いながら、昨日のことを思い返す。
(確かにあのまま最後まで聞かず、あの者を返していたら、また戦争だったな……)
謎の声がなければ、前世と同じ道をなぞっていた。
だが、あの声が自分を止め、道を変えさせた。
「……シグル」
「はい」
シグルは姿勢を正した。
主君に向けたその目には、いつもの忠誠が宿っている。
「もし……俺に助言をする謎の声があるとしたら、お前はどう思う?」
「……は?」
シグルの表情が、一瞬だけ固まった。
「例えば、だ。姿なき誰かが、俺の行動を正そうとしているとしたら?」
レオンは、シグルをまっすぐ見た。
その目は冗談ではなく、本気で聞いている。
シグルの顔には、困惑と心配が浮かんでいた。
彼は慎重に言葉を選び、口を開く。
「陛下……。それはつまり……日々の疲労またはご病気では?」
シグルの目が、心配に揺れる。
その声には、主を案じる気持ちが滲んでいた。
レオンはその言葉に、ぴくりと眉を動かした。
「そんなわけがあるか」
短く、鋭い否定。
声のトーンに苛立ちが混じっていた。
レオンの目が、すっと細くなる。
(病気? この俺がありえん。それより……あの声が俺の行動を止めようとしている。この不可解さ、不快感……。俺を諌めるなど、許せん)
その時。
『だから幻聴扱いされるって言ったじゃん!』
まただ。
今度はさらに鮮明な、怒った女性の声。
まるで、すぐ隣で誰かが話しているかのように、はっきりと耳の奥で響く。
「——!?」
レオンはその声に思わず目を見開き、頭を抱えた。
両手で頭を押さえる。
頭痛とは違う。
幻聴?
いや、そんなまさか。
しかし、この前と同じ声の主が、今もはっきりと響き渡っている。
(お前は何者だ!?)
レオンは心の中で叫んだ。
その声は、明らかに怒りと、恐怖が混じっていた。
『え、聞こえてるの!? ホントに!? うそでしょ!?』
驚きと、喜びと、困惑が混ざり、焦る声の主。
「……陛下? 大丈夫ですか? お顔がすぐれません」
シグルが不安げに近づく。
それに、手を挙げて制す。
「あぁ、大丈夫だ。問題ない。それより水を持ってきてくれ」
その言葉にシグルは「ただいま持ってきます」と慌てて部屋を出た。
レオンは深くため息をつき、声の主に問いかける。
「お前は、一体何者なんだ。俺は神などという不確定なものは、絶対に信じないぞ」
相変わらず高圧な態度で、臆することなく問う。
『あはは……神様信じないとか、ほんとそういうとこそっくり過ぎるんだから』
どうやら相手は苦笑いをしているようだ。
『神様じゃないけどさ。王様がとても私の身近な人に似てるから、なんか放っておけなくて』
レオンは鼻で小さく笑い、ほんの一瞬だけ冷ややかな一瞥をくれてやった。
「お前の身辺の情報など知らん。助言もいらな……」
『おっと、そんなこといっちゃう?この前のやつ、私の助言でうまくいったことを忘れちゃった?』
その返しにレオンは言葉を詰まらせる。
確かにあの制しが無かったら、間違いなく前回と同じ道を歩んでいたはずだ。
「……お前、名前は――」
そこで、ノックと共にシグルが戻ってきた。
両手に水差しと杯を持ち、王の様子を心配そうに見つめる。
「陛下……本当に大丈夫ですか……? 」
シグルの声は、主人のただならぬ雰囲気に震えていた。
(やばいやばいやばい、王様の怪しい態度で幻覚疑惑かけられてるじゃない!)
声の主が、慌てた様子で叫ぶ。
『ちゃんと説明して! 信頼関係の基本は説明・共感・感謝! まず彼があなたを心配してる理由を考えて!』
説明・共感・感謝
その声に圧倒されながら、レオンは頭の中の助言をブツブツと呟き繰り返した。
深く息を吸い込み――
「シグル。お前が心配するのも当然だ」
シグルの目が驚きに見開かれる。
今までにかけられたことのない言葉に、信じられないという表情が浮かんでいた。
「……実は昨日から妙な現象が起きている。この俺に助言をする謎の声が聞こえるんだ」
「陛下……それは……」
「だがその声は昨日、外交を成功させた。あの声がなければ、大変な過ちをしていただろう。」
宰相の目が変わる。
冷静な観察者の顔に、鋭い洞察の光が宿った。
シグルは、数秒間沈黙し、そしてゆっくりと口を開く。
「つまり……陛下には、『導き手』がいるということですね?」
『導き手! シグル、いいぞー! 理解が早い!』
声の主が、明るく弾んでいた。
「そう解釈してもらって構わない。……すまなかった、不安にさせて」
「そんな、陛下……謝罪まで……」
「お前の忠誠に感謝している」
レオンは、静かに言った。
いつもの冷たさがない言葉に、シグルの目がさらに潤む。
「……身に余るお言葉です、陛下。この国は……まだ救われます」
レオンは黙って頷いたが、その表情は複雑だ。
強がりな王の仮面の裏で、胸の奥では小さな波紋が広がっていた。
そして。
なぜか頭の中では、喜んでいる声の主と小さな拍手の音が鳴っていた。
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