第2話 作家のクセを読め!①
―――現代 日本―――
翌朝も、由奈の頭は昨夜の小説から離れなかった。
「ママ、水筒忘れてる」
「あ、ごめん要」
「ママ、体操着みつからないよー!」
「待って、明日香。ここにあるから」
息子の水筒をカバンに押し込み、娘に手提げ袋を持たせる。
手だけは動くのに、頭の中はまだアルカディア王国にいた。
「いってきまーす」
飛び出していく子どもたちの後ろで、晃が顔も上げずに靴を履く。
「いってらっしゃい」の声は、今日も玄関の閉まる音に呑まれた。
いつものことだ。
いちいち引っかかっていたら、身がもたない。
子どもたちがいなくなると、家はしんと静かになる。
洗濯機のスイッチを入れ、朝食の食器を片付け、テーブルを拭く。
ひととおり終えて、冷めかけたお茶を一口。
こんな時間だけが、かろうじて自分のものだった。
――でも、今日は落ち着かない。
頭の隅に、あの作者の新作が引っかかっている。
『聖剣の継承者と地獄の門』
『魔導学院の落ちこぼれが大魔法使いになりました』
『竜騎士と天使の誓い』
何度も読み返した作品たちには、共通する癖がある。
この作者は、容赦がない。
主人公を隅々まで追い詰めて、選択をひとつ間違えれば平気で破滅させる。
だからこそ、ハラハラして目が離せなかった。
「そうそう。この人、いっつも序盤で主人公に致命的なミスをさせるのよね」
洗濯物を干す手が、途中で止まった。
「で、三話あたりで必ず恋愛の修羅場。ヒロイン複数から好意を寄せられて、全員まとめて傷つける発言をして――」
そこまで言って、嫌な予感が走った。
慌ててスマホで『アルカディア王国戦記』の作品ページを開く。
キャラクター紹介の欄で、指が止まった。
リディア・フォル・ノルトハウゼン(北国の氷の公女)
セレス・アルティナ(神殿の聖女)
カリナ・ヴァルニール(貴族出身の女騎士)
「后候補、三人……やっぱり」
この作者なら、間違いなくやらかす。
三人全員に、悪気なく地雷を踏み抜くのだ。
いつもなら、それでよかった。
「作者さん、攻めるなぁ」なんて笑いながら、主人公が転がり落ちていくのを眺めていられた。
でも、今回は笑えない。
ページの向こうのあの王様の顔が、どうしても晃に重なってしまう。
誰かの破滅を、他人事として楽しめない。
そして――昨夜のあれ。
画面が点滅した瞬間、王の言葉が、まるで自分のツッコミをなぞるみたいに変わった。
「……気のせいじゃ、ないよね」
理屈では説明がつかない。
それでも、確かめずにはいられなかった。
午後三時、更新通知が震えた。
『第2話 謎の声の正体』
由奈は唾を呑み、画面をスクロールした。
昨夜の「奇跡」が本物なのか――それが、すぐにわかる。
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