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王様!ちょっと待ってください!~ネット小説の暴君王に、主婦のツッコミが届いてしまいました~  作者: だしのもと
第3章 戦場無敵王、沈黙の神を取り戻すため剣を捨てます

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第17話 支えの声と、届いた祈り

――現代・病院―――


 由奈は目を覚ました。

 視界がぼんやりとして見えて、病室の天井だと分かった。


(……そうか、まだ病院)


 窓の外から、朝の光が差し込んでいる。

 けれど、昨日とは何かが違う。

 由奈は深く息を吸った。

 空気が肺の奥まで入ってきて、昨日よりもずっと楽に息ができる。

 胸の重さが少し軽くなっている気がして、重かった手を動かしてみると指が言うことを聞く。

 足も少しだけ動かせて、身体が自分のものに戻ってきている。


(よかった。だいぶ動けるようになってる。でも……)


 由奈は胸に手を当てた。

 胸の奥にはまだ空白があった。

 何かが欠けていて、何かが足りない。


「小林さん、おはようございます」


 その時、間仕切りのカーテンが開き看護師が入ってきた。

 慣れた手つきで、由奈のバイタルを確認し始める。

 血圧計を巻き、体温を測り、脈を取る。


「顔色もだいぶいい感じですね。回復してきてます。一日でここまでなんて……」


 看護師が小さく驚いたように言った。

 その声には少しだけ不思議そうな響きがあって、「昨日まで、あんなに辛そうだったのに」と続けた。

 由奈は何も答えられなかった。


(私も、なんでこんなに急に楽になったのか、わからない……)


 なぜ身体が軽くなったのか、その理由が思いつかなかった。

 ただ、胸の空白だけが、そこに残っていた。


 ***


 午後の面会時間になり、晃が入ってきた。

 手には小さな袋を持っていて、飲み物やゼリーが入っているらしい。


「……起きてたか」


 晃の声は低いけれど前より荒れていない。

 椅子に腰を下ろすと、晃はスマホを取り出し、少し迷うような手つきで画面を操作し渡してきた。


「……これ、昨日撮ったやつ」


 由奈がスマホを受けとると、画面には短い動画が表示されている。

 再生ボタンが押すと、見慣れたリビングが映し出された。


『ママ! ちゃんとパパのお手伝いしてるよ! 見て!』


 明日香の声が聞こえて、小さな手がタオルの端をそろえ、折り目をつける。

 思ったより綺麗で、『ほら! 上手になったでしょ』と満面の笑顔で続けた。


 続けて要が映る。少し照れた顔で言う。


『ちゃんとお手伝いしてるから。早く良くなって』


 由奈の胸がきゅっと縮んだ。

 自分が知らない間に、子どもたちは育っていた。

 少しずつ教えていた事が、ちゃんと覚えてできるようになり、晃を支えていた。


(嬉しい。でも、なんだか少しだけ寂しいな)


 涙が出そうになって、唇を噛んだ。

 由奈は動画を止め、スマホを握り直した。

 ふと画面の上には、未読の通知が並んでいる。

 するとピロンと通知が来て、メッセージが表示された。


『買い出ししておいたから、会社帰りに届けるよ』


「……これって」


 と由奈が呟くと、晃は慌ててスマホを取り上げた。

 由奈に見せるつもりはなかったのか、慌てて閉じようとしたが、由奈の目にはもう入ってしまっていた。


「会社の人から?」


「……あぁ」


 バツが悪そうに晃は顔を背けた。

 短い文だが、晃が同僚に『頭を下げている』のが分かった。

 由奈は息を呑んだ。

 晃が誰かに頼っている――今まで見たことのない姿だった。

 プライドを捨てて、自分と家族を支えていることに胸が熱くなる。


「そっか……頼れる人達がいて良かった」


「そう、だな」


 晃は短く答えたが、その横顔は少しだけ柔らかかった。

 由奈は、その横顔を見ながら小さく笑った。

 

***


 しばらくして医師が入ってきた。

 医師はカルテを見ながら、由奈の様子を確認した。


「意識も戻りましたし、バイタルも安定しています」


 医師は晃を見て言った。


「問題なさそうなので、明日か明後日、退院でいいでしょう」


 晃の顔がほんの少しだけ明るくなった。


「本当ですか」


「はい。ただし、引き続き自宅療養が必要です。無理はさせないでください」


 医師は釘を刺すように言った。


「急に倒れた原因は、まだ分かりません。ストレス、疲労、いくつか考えられますが……とにかく、安静にしてください」


「分かりました」


 晃は深く頷いた。

 『退院できる』その事に、由奈は胸を撫でおろした。

 もうすぐ家に帰れて、子どもたちに会える。

 それだけで嬉しかった。


***


 医師が出た後、晃も退院の手続きをしに席を外した。

 ひとりになった由奈は、枕元のスマホを手に取り画面を点ける。

 通知はいくつか来ていたが、由奈が真っ先に開いたのは小説のアプリだった。


『アルカディア王国戦記』


 由奈は最新話を開いた。

 目に入ってきたのは、セレスの祈りの場面だった。

 画面をスクロールすると、文字が流れていく。


『慈恵神、癒しの神へセレスは祈った。


「どうか、神に癒しを。縛られたものを……今すぐでなくても、せめて少しでも楽に」


 祈りが届いたのかは分からない。けれど胸の奥でほんの一瞬だけ、ふわりと冷たい棘が抜けた気がした』



 由奈は息を呑んだ。

 自分の体が軽くなった感覚は、昨夜から今朝にかけてのことで、小説の中でも同じ頃にセレスが祈っている。


(これ……セレスの祈りが届いたの?)


 由奈は胸に手を当てた。


(現実でも、小説でも……私、支えられてる)


 その確信が胸の奥で大きくなっていく。


「――そうだ、王様。どうなってるんだろう」


 そのまま上へスクロールをする。

 レオンとシグルが、自分を助け出そうと試行錯誤している場面だった。

 あの剣しか信じなかったレオンが、シグルに「お前がいて、助かる」と言った。

 初めてのことに、ぎこちなくて、でも必死で。

 レオンも晃も、自分を守っていた『プライド』という盾を手放し、人との繋がりで立ち直ろうとしている。


(私のために、誰かが動いてる。そして、王様も晃も……変わろうとしてる)


 由奈は小さく笑った。

 声にはならなかったが、心の中で。

 支えられているのは、自分だけじゃない。

 晃も、子どもたちも、そしてきっとレオンも、誰かに支えられている。

 そうやって、少しずつみんなが繋がっていく。

 その事実が、由奈の胸を温かくした。


(声は届かなくても、繋がりはまだ切れてないのかもしれない)


 文字との繋がりが、まだ小説と現実を繋げていた。

 スクロールをセレスの祈る場面に持っていき、由奈は小さく呟いた。


「……セレス、ありがとう」


 その瞬間、胸の奥が一瞬だけ温かくなった。

 由奈は息を止める。


(今の、なに?)


 空気が柔らいで、ほんの一瞬だけ誰かの気配を感じた気がした。

 優しく温かい気配で、すぐに消えたが言葉ではない『何か』確かにそこにあった。


 由奈はスマホを握りしめた。


(本当に……まだ、あの世界と繋がってる?)


 確信はまだ弱いが、胸の中で少しずつ大きくなっていた。


 由奈はさらに画面をスクロールした。

 最新話の続きを読もうとして、その手が止まった。

 画面に見慣れない文章が表示されていて、それは手紙の描写だった。


『封蝋が押された手紙が、姫の使者の手に渡された』

 その印章には、北国の紋章が刻まれていた』


 由奈の胸がザワリと嫌な音を立てた。


(北国……もしかして、次はリディアが利用されようとしている……?)


 続きを読もうとしたが、そこで更新が止まっていた。

 次の話が、まだ来ていない。

 由奈はふぅ、と深く息を吸った。


(……早く、元気にならなきゃ)


 スマホを枕元に置き、目を閉じる。

 その思いだけが、由奈の胸の中で静かに燃えていた。


お読みくださりありがとうございます!

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