第13話 神がもたらした至高の歓喜と絶望の祝福③
御像の光が、最高潮に達した。
その光は、もはや神々しいとしか言いようがなかった。
広場全体を照らし、民衆の顔を白く染める。
民衆がざわめき、その光を見た者は思わず息を呑んだ。
「像が……!」
「光った……!」
「これは……奇跡……!」
どよめきが、波のように広がっていく。
期待と驚き、それに圧倒されたような恐れ。
オズワルドが高壇から、歓喜を隠しもせず両手を天に掲げた。
その姿は、まるで神の代弁者のようだった。
ざわめきの上から被さるように、その声が広場全体を貫いた。
「見よ! 奇跡が起きた!」
民衆が、一斉にオズワルドを見た。
「我らが抱いた不安は、無意味ではなかった! 王の中に、『始まりの力』が宿っておられたのだ!」
民衆が、一瞬息を呑む。
「御像が示したのは、創造神アーク・ディア=カヤ! この世界を創りし古き名が、我らが王を選ばれたのだ!」
沈黙――そして。
「神が……!」
「王様に神が……!」
「始まりの神に選ばれた王……!」
波のように広がり、広場を、神殿を、そして街全体を揺るがすかのように歓声が爆発した。
涙を流す者、手を取り合う者、地に伏して祈る者、民衆は狂喜した。
「神に愛された王だ!」
「この国は守られている!」
「始まりの神が、我らを見ている!」
オズワルドが、さらに声を張り上げる。
「明らかになったのは、浄化の成否ではない! 王が清いか穢れているか、そのような些末なことではない!」
オズワルドは一度腕を下ろし、御像を指し示した。
たっぷりと間を取り、証人めいた顔で。
「最高位である始まりの神が、王に宿っていたという事実である!」
民衆の歓声が、さらに大きくなる。
その熱狂が、空気を震わせる。
オズワルドは両手を再び天に掲げ、声を張り上げた。
「王は、神に選ばれし者! 創造神の御加護を受けし、真の王である!」
そこで一拍置き、オズワルドは広場全体を見渡した。
その口の端に、抑えきれない笑みがにじんでいた。
「そして、その神威を預かる神殿こそが、この国を導く!」
オズワルドの声が、勝利の宣言に変わる。
歓声が、波のように押し寄せる。
その声は、祝福であり、賞賛であり、そして信仰だった。
けれど。
耳を打つ喝采は熱を帯びているのに、レオンだけがそこから切り離されていた。
民衆の歓声が、遠くで聞こえる。
それは別の世界の音のようだった。
***
―――観客席(北国陣営)―――
貴賓席が、どよめいた。
御像の光が跳ね上がり、広場が白く染まる。
リディアは目を見開き、指先が冷えていくのを感じた。
胸の奥が震え、それを抑えることができなかった。
あの光。
民衆の歓声。
『始まりの神』——そう呼ばれるものが、王に宿っていたのだと。
「……|創造神アーク・ディア=カヤ《始まりの神》……」
言葉にした瞬間、自分の声の軽さが怖くなる。
しかし彼女の視線は御像ではなく、王に吸い寄せられる。
自分の位置からは、彼の表情は読み取れない。
「……陛下……」
彼女は立ち上がり、静かに胸に手を当てた。
この歓喜を共にしていいのか、とても不安になった。
(どうか陛下が、あの時の穏やかな陛下のままでありますように)
それは不安を払拭するため、信じるための祈りだった。
対照的に、エルザは微動だにしなかった。
ただ、瞳だけが鋭く光る。
(……確定した。あれは、演出ではない)
彼女は隣の隠密に、短く命じた。
「第二便を飛ばせ。今すぐだ」
エルザは懐から小さな封筒を取り出し、隠密に手渡した。
その動作は、一切の無駄がなかった。
「『浄化の成否ではない。神殿が始まりの神を手中にしたと』——そう報告しろ」
隠密が小さく頷き、封筒を懐に仕舞う。
エルザは視線を御像に戻し、その胸の脈動を冷たく観察した。
「交渉の札になる。……いや、札で済ませる気はない。そのためには――」
続けられた言葉に、隠密が目を見開く。
エルザは視線を御像の胸へ据えたまま、さらに言葉を重ねた。
「回収する準備を始めろ。手段は選ぶな。あれは間違いなく、我が国に必要なものだ」
◇ ◇ ◇
―――観客席(騎士団)―――
カリナは目を潤ませ、胸に手を当てていた。
こわばっていた肩が、そっと下りる。
「陛下……」
伝えられた事実に、声が震える。
歓声の波の中で、彼女の祈りだけが静かだった。
「……始まりの神が宿っていた、なんて……」
けれどカリナは、御像ではなくレオンを見た。
剣を交えた時の背中を思い出す。
迷いなく、誰よりも前に立っていた強い背中。
「……でも、陛下が変わらず、ここに立っておられる。それだけで……私は、信じられます」
小さく笑って、涙を拭う。
「だから、私との戦いで……陛下は勝てたんですね……」
カリナの声は、純粋な尊敬で満ちていた。
対照的に、ガルドは眉をひそめていた。
広場の中央に立つレオンを見つめ、その表情に違和感を覚えていた。
(陛下。なぜ、あんな顔を……?)
民衆は歓喜している。
神殿は勝利を宣言している。
カリナは泣いている。
なのに、レオンの表情は虚ろだった。
何かを失った者の、あるいは絶望した者の顔だ。
(何が……起きたんだ……?)
ガルドはレオンの顔から目を離せず、胸の奥に冷たいものが沈んでいくのを感じた。
***
―――神殿内 柱の影―――
歓声の渦の外れ、回廊の柱の影で、セレスだけが青ざめていた。
「……なんてことを……!」
声が震え、指先が冷たくなる。
胸の奥で、教典の一節が嫌でも蘇る。
(あれは浄化じゃない。禁忌……降神の儀)
神を『器』に定着させる儀。
一度宿せば、神はそこに縛られる。
祀るという名の、封じだ。
神官長様は、何をなさったというのか。
止めなければ。
そう思うのに、口が動きかけただけで言葉にならない。
「さすが神官長様だ……!」
「始まりの力が、本当に現れた……!」
「これで神殿の力は揺るがない!」
周囲の神官たちは、陶酔した顔でオズワルドを讃えていた。
成功の熱に、正気が溶けていくようだった。
セレスが声を上げようとした瞬間、肩を強く掴まれた。
「黙れ」
年配の神官の手は冷たく、そして異様に強い。
「民の前だ。今ここで騒げば、王に宿った奇跡に泥を塗ることになるぞ」
別の神官が睨む。
目にあるのは信仰心の強さではなく、脅しだった。
セレスは唇を噛んだ。
声を上げれば、異端になる。
しかし黙れば、この罪に加担する。
「……っ」
言葉は喉で砕けた。
肩が、かすかに震える。
(私は……このままで、いいの……?)
そのとき、視界の端で、御像の胸が光った。
聖核部――円形の窪みだけが、他の石肌と違う。
滑らかで、濡れたように艶があり、淡い光を宿している。
ドクン、ドクン。
脈動が、さっきより落ち着いている。
まるで、最初から御像に心臓があったみたいに整っている。
まさか、本当に創造神が――。
背筋が凍った。
胃が沈み、喉が締まり、呼吸がうまく吸えない。
(宿った……んじゃない。無理やり固定したんだ。あそこに)
教典の禁忌が、鮮明な文字列で脳裏に蘇る。
祀るという名の、封印。
器に神を縛りつけ、動けなくするための術。
セレスの顔から血の気が引いた。
指先が冷え、視界が一瞬だけ暗くなる。
(あのとき感じた、整いすぎた違和感。……やっぱり、あの変化は陛下ご自身のものじゃなかった。影響していた何かが創造神で……いま、御像の中へ移された……?)
御像の胸の光が、また一度だけ脈打つ。
ドクン。
それは、何かの答え合わせみたいだった。
「……っ、やめて……!」
掠れた声が漏れたが、歓声に消える。
隣の神官が肩を掴む力が、さらに強くなる。
「いいか、二度は言わん」
セレスは歯を食いしばった。
目だけが、御像から離れない。
(私は……見てしまった。このままなら、神殿が世界を動かす程の力を持つことになる)
そして遅れて、もう一つの恐怖が喉元までせり上がる。
(……言わなきゃ。あの方に——神殿の真実を)
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