↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王様!ちょっと待ってください!~ネット小説の暴君王に、主婦のツッコミが届いてしまいました~  作者: だしのもと
第2章 ツッコミ主婦、過去と疑念とデート指導で大忙し

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/65

第12話 戦場無敵王の『悪神憑依疑惑』を徹底擁護せよ!③

―――神殿 礼拝堂―――


 セレスは祈りを終え、ゆっくりと目を開けた。

 そして、振り返った。

 レオンは彼女を見つめていた。

 その目には、明らかな動揺が浮かんでいた。

 彼の瞳孔がふっと開き、唇がわずかに震えた。


「今……創造神カヤ、と?」


 レオンの声は、いつもより少し高かった。


「はい、古い伝承ではありますが。この世界を創った神の名だと言われています」


 セレスは静かに答える。

 その声には、何の疑いもない。

 レオンは「そうか」と返そうとしたが、言葉が喉に引っかかった。

 指先が、微かに震える。


 その時——

 シグルがすっと歩み出て、穏やかに微笑むような表情で、話し始めた。


「創造神アーク・ディア=カヤですか。……今は、ほとんど忘れられた伝承ですね。私もその伝承が幼少のころから大好きでして、よくその資料を読み漁ったものです」


 とセレスに笑顔を向ける。


「そして、今のは古い時代に残る『結び句』ですね。慈恵神《リーヴァ》への祈りに、創世の名を添える——大昔は、そういう祈り方もあったと文献で読みました」


 セレスが、声をひそめて目を丸くした。


「まぁ、シグル様。とてもお詳しいのですね」


「つい嬉しくなってしまいまして。お二人の会話に割り込んだ非礼、お許しください」


 シグルは礼儀正しく一礼し、元の位置へ下がる。

 そして下がり際、レオンにだけ——表情は崩さず、声量だけを落とした。


「……陛下。伝(・)承(・)の(・)話(・)として受け取りましょう。ここは神殿です」


 淡々とした声音だが、目の奥には冷たい緊張が張りつめていた。


(神殿がその名(カヤ)に触れた。まずい。こちらの弱みになるかもしれない)


 レオンは一瞬だけ視線を伏せ、息を飲み込んだ。


「……そうだな」


 ***


 礼拝堂の柱の影に、若い神官がいた——オズワルドの手下だ。

 彼は息を殺し、目を細めて、レオンとセレスの様子を観察している。

 手には、小さなメモ帳が握られていた。

 報告のために、すべてを記録しているのだ。


(『創造神カヤ』。あの名で明らかに動揺された……)


 若い神官の目が、レオンの震える手を見逃さなかった。


(これは、重要な情報だ)


 若い神官は、メモ帳に素早く何かを書き込んだ。

 そしてすぐに報告のため、礼拝堂を後にした。

 その足音は、静かで誰にも気づかれなかった。


 ***


―――神殿 回廊―――


 レオンとセレスは、回廊を歩いていた。

 夕日が窓から差し込み、二人の影を長く伸ばしている。

 その影は、まるで巨人のように壁に映し出されていた。

 レオンはまだ動揺していて、見るからに表情は硬い。

 彼の目は前を見ているが、その焦点はどこか遠くにあった。

 頭の中では『カヤ』という名前が、何度も繰り返されていた。


「陛下?お顔色が……」


 セレスが心配そうに尋ねた。

 彼女の手が、わずかにレオンの腕に触れかける。

 しかし、触れる前に止まった。


「いや、何でもない」


 レオンは短く答えたが、発せられた声には力がなかった。

 シグルは、後ろから二人を見守りながら、気づいていた。


(陛下、先ほどのを気にしておられる)


 シグルの目が、レオンの背中を見つめる。

 その背中は、心なしか丸まっているように見えた。


 その時、回廊の先から、神官たちが大きな御像を運んでいるのが見えた。

 御像は巨大で、複数の神官が必死に運んでいる。

 表面は複雑な紋様で覆われ、まるで生きているかのように、神秘的な光を帯びていた。

 そして胸元には、まるで別の何かを納めるための窪みが、不自然に整っていた。

 レオンは足を止め、その御像を見つめた。

 彼の呼吸が、わずかに速くなる。


「あれは?」


 レオンが尋ねた。

 口調は平静を装っていたが、薄っすらと緊張が滲んでいた。


「あれは、浄化儀式の準備です。明日の陛下の浄化儀式に使う、聖なる御像です」


 セレスは答える。

 レオンは御像を見上げ、その大きさに思わず眉をひそめた。

 そして口元だけを動かし、フン、と鼻で笑う。


「……浄化ひとつに、ずいぶん大袈裟だな」


 虚勢だった。

 そう言わなければ、心の揺れが顔に出てしまう気がした。

 御像から、何か圧(・)倒(・)的(・)な(・)存(・)在(・)感(・)が放たれている。

 ただの像のはずなのに、まるで最初から中身があるみたいな感覚に、レオンの背筋が、ぞくりと冷えた。


 その時、すれ違いざまに年配の神官が小声で呟いた。


「……また下々に慈(・)悲(・)を振りまいて。おまけに、古い名まで持ち出すとは、世間知らずにも程がある」


 その声は小さかったが、レオンの耳に届いた。

 セレスの表情がわずかに曇り、袖の中で指が震えた。

 彼女は唇を噛み、視線を下に落とす。

 その姿は、まるで何かに耐えているかのようだった。

 近くの神官たちは聞こえないふりをして、視線だけを逸らした。

 レオンはその様子を見て、心の中で呟く。


(セレスは……神殿内で浮いているのか?)


 レオンの胸に、控えめな同情が芽生えた。


 回廊を歩いていると、遠くで祈りの間が見えた。

 そこには大勢の民衆が列を作り、祈りを捧げていた。

 数十人、いや百人以上はいるだろう。

 その列は、祈りの間から回廊まで続いている。

 レオンは驚いて足を止め目を見開いた。


「民衆が……こんなに?」


 胸の奥が、ざわつく。


 ——前世


 支持を得られず、声を失い、最後には「王は何も見ていない」と切り捨てられた記憶。

 民衆からの、あの失望した視線、怒りを押し殺した沈黙。

 そして、何もかもを諦めた顔。


 だが――


(今回は違う)


 レオンは、脳裏に浮かんだ前世の出来事を否定するように、小さく首を振った。


「これは――神殿が告知したのです」


 セレスが静かに説明する。

 落としたトーンの声には悲しみが滲んでいた。


「民は……『王が悪神に侵されていない』と知りたがっています。善意と、疑念が混ざった祈りです」


 悪(・)神(・)。

 その二文字が耳に触れた瞬間、腹の底で燃えた。

 握った拳がきしみ、爪が掌に食い込んだ。


(ふざけるな! 俺は正しい。少なくとも、『民を害する何か』に屈した覚えはない)


 列の中で、小声が漏れる。


「王様が本当に王様なら……助けてくれますよね」

「浄化で『悪くない』って証明してくれたら、安心できるのに」


 胸が締め付けられると同時に、苛立ちが熱になる。


(安(・)心(・)のために、王が証明しろ? ……いいだろう。ならば、やってやる)


 レオンは口元だけで笑った。

 王は絶対に折れない、それを見せつけるために。


(噂ごと黙らせる。俺が白なら『白』だと、見せればいい)


「私は、陛下を信じています。どうか民の不安を、晴らしてください」


 セレスが真剣な目で見つめる。

 懇願が込められていた。

 レオンは、ゆっくりと頷いた。

 喉が動き、唾を飲み込む。


「……ああ」


 声は小さいが、逃げないという意思だけは、はっきりしていた。


 その背後でシグルが、ほんの一瞬だけ目を細めた。

 表情はいつも通り穏やかで、傍目には何ひとつ変わらない。


(……神殿がここまで民(・)を動かすとは。明日の儀は、ただの浄化では終わらない予感がする)


 まばたきの裏に感情を隠し、次の瞬間には柔らかな顔つきに戻っている。 

 シグルはいつもの距離を保ったまま、二人の背を静かに追った。


 ***


―――神殿 オズワルドの私室―――


 御像は夕刻のうちに、神殿中庭にある『祈りの広場』へ据えられた。

 そこは、民衆が遠巻きにでも拝める場所。

 灯りが落ちても、御像だけは淡く光を帯び、闇の中に輪郭を浮かび上がらせている。


 私室の高窓から、その光景が見えた。

 オズワルドは窓辺に立ち、もう手中に収めたとでも言いたげな顔で、御像を眺める。

 その時、コンコン、と扉がノックされた。


「入れ」


 若い神官が入ってきて、深く頭を下げる。


「神官長様。ご報告がございます」


「うむ」


 若い神官が差し出したメモに目を通した瞬間、オズワルドの肩が揺れた。

 喉の奥で笑いを噛み殺すようにして、次の瞬間、こらえきれず声が漏れる。


「そうか……! やはり『創造神』が関わっていたか!」


 瞳が、飢えたように光る。

 若い神官は動じずに続けた。


「あと祈りの瞬間、礼拝堂の空気が、揺れたように感じました。陛下も神の名に対して、明らかに動揺しておられました」


 その報告に、オズワルドは窓へと向き直った。

 広場に据えられた御像の胸元。

 そこに納められるはずの『核』を、じっと思い描いた。


「これですべて整った。明日、王は儀式を受ける。そして……あの『力』の正体が明らかになる」


 オズワルドは本棚の奥から、一冊の教典を引きずり出した。

 表紙は擦り切れ、角は欠け、背は糸がほつれて裂けている。

 めくれば紙は茶色く波打ち、指先が触れただけで粉が落ちそうだった。

 それでも文字だけは執念深く残っていた。

 オズワルドはその『ぼろぼろの神の言葉』を撫で、邪悪な笑みを浮かべた。


「降(・)神(・)の(・)儀(・)――成功すれば、私はあの力を手にできる」


 その低い声は、明らかに野心と狂気が滲んでいた。


 ***


―――王宮 レオンの執務室―――


 レオンの机に、一冊の古い本が置かれた。

 表紙は埃をかぶり、開いてめくると黄色いページに沁みが無数にあった。

 辛うじて読めるレベルだ。


「創世の伝承資料です。これなら、陛下もわかりやすく、読みやすいと思います」


 シグルは何でもない顔をして言う。

 普段このような歴史書、特に伝承もの等は読まない。

 レオンは思わず眉をひそめたが、今夜はありがたかった。

 明日の浄化儀式の前に、創造神の事を知っておかねばならないと思ったからだ。

 レオンはページを追う。


 ――創造神アーク・ディア=カヤ。


 古代語で「アーク・ディア」とは「アルカディア」を指す。

 世界に『名』を与え、形を定め、そして姿を消した。

 祈りに応える神でも、救いを与える神でもない。

 残るのは名と、はじまりの記述だけ。

 そして、注釈が添えられていた。


『声(・)を(・)送(・)る(・)とは、耳で聞く声にあらず。言葉を授け、迷いを断つ内なる言を指す——』


 レオンは鼻で笑った。


(神殿が言う神(・)と違う)


 慈恵神《リーヴァ》のように、民の信仰を集めている神ではない。


(祈りの対象でもないなら、憑(・)き(・)物(・)扱(・)い(・)される筋も薄い……はずだ)


 根拠というより、意地と虚勢に近い安心だった。

 それでも、不安を払拭するには、今夜のレオンには必要だった。

 やがてレオンは、静かに目を閉じた。

 意識を、『あの繋がり』へと向ける。


 ***


―――現実世界 小林家 リビング―――


 由奈は画面を見つめ、大きくため息をついた。


「民衆が……王様を信じてる。でも、疑ってる人もいる」


 スマホを握る手に力が入る。

 胸の奥に、あの時の引き寄せられる感覚がまだ残っていた。

 息を吸うたび、少しだけ重く感じる。


「浄化儀式……やっぱり受けるしかないよね……」


 ここまで壮大な儀式になるとは思っていなかった。

 自分から王様に「受けるべきだ」と言った手前引くに引けない。

 窓の外はもう暗い。

 なのに、胸の中だけが落ち着かないままだった。


 ——その時。


『カヤ』


 レオンの声が、遠くから聞こえるように響いた。

 由奈は思わず息を呑み、スマホの画面を見た。


(王様……)


『お前の名が、この世界の伝承にあった。創造神カヤ。そう書いてある』


(うん……。でも私は――)


 「神様なんかじゃない」そう言おうとした由奈の声は震えていた。

 レオンは本のページを指で押さえたまま、言葉を続ける。


『だが、ここにある創造神(アーク・ディア=カヤ)は神殿が言う神と違う。祈りに応える神じゃない。……なら、浄化で炙り出される類でもない。たぶんだ』


 自分に言い聞かせるような言い方になった。

 由奈が息を飲む気配がする。


『明日、浄化儀式を受ける。噂ごと、黙らせる。俺(・)は(・)正(・)し(・)い(・)。それを見せればいい』


(……うん)


 返事は小さい。

 けれど、消えそうで消えない。


(私は……王様を一人にしない)


 その言葉だけが、妙に強かった。


『……ああ』


 レオンは静かに目を閉じた。

 由奈は暗いリビングで、スマホを胸に抱えたまま、じっと息を整えた。

 明日が来る。

 来てほしくないのに、止められない。



お読みくださりありがとうございます!

ブックマーク、評価、コメントを頂けると大変嬉しいです!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。