第11話 戦場無敵王の『戦力扱い』発言を緊急修正せよ!③
――― 王宮 訓練場―――
「終わりにするか? それとも……」
照れ隠しのように吐き捨て、レオンは剣を構え直した。
「いえ、まだです!」
カリナも息を吸って構え直す。
赤い耳のまま、悔しそうに笑った。
「――では、参ります!」
模擬戦は、その後も続いた。
カリナは全力で挑み、動きがさらに速くなる。
一歩、二歩と踏み込む。
レオンは退かない。
だが、剣は守りではなく、導くように動いていた。
(……この勝負は、剣だけの話ではない)
レオンは最後の一手を選ぶ。
斬るのではなく、奪う。
ガキィィン!
刃が弾かれ、カリナの剣が宙を舞い、地面に突き刺さる。
カリナは膝をつき、肩で息をしている。
汗が、ぽたりと落ちた。
「……参りました」
カリナは息を整えながら言った。
その声は疲れていたが、どこか満足げだった。
「お見事です。陛下の剣技は……噂以上でした」
「……そうか」
レオンは剣を下ろし、シャキンと鞘に収める。
パチパチパチ、と周囲から騎士たちの拍手が起こった。
ガルドも拍手をしているが、その表情にはわずかな困惑が浮かび、目がレオンとカリナを交互に見る。
レオンは、カリナに向き直った。
「……先ほどの『戦力』という言い方が、悪かった」
カリナが目を瞬き、フッと笑みをこぼした。
「今さらですか」
「今さらだ」
言い切って、レオンは照れ隠しのように視線を逸らした。
***
模擬戦が終わり、レオンとカリナは訓練場の隅で休んでいた。
木陰に簡易的な椅子が置かれており、二人はそこに座った。
侍女が銀の杯に冷たい水を注いで持ってくる。
「陛下、ありがとうございました」
カリナは水を飲みながら言い、喉がゴクゴクと動く。
飲み終えると、息をついた。
「あぁ」
レオンも水を飲み、冷たい水が喉を通る。
そしてレオンは、カヤの言葉を思い出した。
(力の話だけじゃなく、怖かった瞬間を聞け……だったか)
レオンは杯を置き、カリナを見た。
「カリナ」
「はい?」
カリナが振り返り、その目に疑問が浮かぶ。
「―――怖かった瞬間は、あるか?」
カリナは少し驚いた表情を見せ、肩がわずかに跳ねた。
「……怖かった、瞬間ですか?」
「ああ」
レオンは真剣に見つめた。
カリナは少し考えてから、視線を遠くに向けて答えた。
「……初めて、騎士団で剣を握った時です」
「初めて?」
レオンの眉がわずかに上がる。
「はい。正当な騎士の家系であるヴァルニール家の出ではありましたが……女であることを理由に、騎士団で見下されました」
カリナの声は静かだったが、その奥には強い感情が隠されていた。
彼女の手が、杯を少しだけ強く握る。
「『女には無理だ』と言われました。そして兄にも『諦めろ』と強く説得されていました」
責任感の強いガルドのことだから、妹を一緒に同じ戦地に向かわせるのには躊躇したのだろう。
「その時、怖かったんです。自分が、本当に無力なのではないかと」
カリナは遠くを見つめ、その目には当時の記憶が蘇っているようだった。
「でも……それでも、剣を握り続けました」
彼女の手が腰の剣に触れる。まるで、剣の存在を確かめるように。
レオンはカリナを見つめ、目がわずかに細まる。
「ならば、守りたいものは?」
レオンは続けて尋ねた。
カリナはわずかに驚き、体がわずかに硬直する。
「……兄です」
その声は、小さかった。
「ガルドを?」
「はい。兄は……私を騎士団に在籍させるために、多くを犠牲にしました」
カリナの目がわずかに潤み、彼女は瞬きをしてそれを隠そうとする。
「だから私は、恩返しがしたい。兄を守りたい。そして、兄が大切に守る騎士団も」
レオンはカリナの言葉を聞いて、ようやく理解した気がした。
(カリナは、剣だけで生きているわけじゃない。守りたいものがある。大切な人がいる)
レオンはカリナを見つめ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「剣の腕だけの話じゃないな」
レオンは静かに言った。
「強い信念の元に、あなたは立っている。それを、俺は認める」
その言葉に、カリナの喉が小さく鳴り、杯を持つ手にわずかに力がこもった。
「陛下……」
カリナの声は震え、その目から一粒の涙がこぼれ落ちた。
彼女は手の甲で、急いでその目元を拭った。
***
ガルドは少し離れたところで、木に寄りかかり腕を組んで、レオンとカリナの様子をじっと見つめていた。
彼の表情にはわずかな困惑が浮かび、眉間に皺が寄っている。
(陛下が……あんな言い方をする人だったか?)
ガルドの記憶の中のレオンは——冷徹で、他者に興味を示さず、ただ理不尽な命令を下すだけの王だった。
しかし今のレオンは、カリナの話を聞き、カリナを《《人として》》見ている。
ガルドの手が、腕を強く握る。
(カリナのあの表情。あれは、騎士団で見せる顔じゃない)
ガルドはカリナの表情を見た。
彼女は明らかに嬉しそうで、涙を拭いながらも微笑んでいる。
その顔は、幼少の頃の無防備な笑顔だった。
(―――まずい)
ガルドの手が、さらに強く腕を握りしめた。
(妹が、王に惹かれている。それは……危険だ)
ガルドは唇を噛み、視線をレオンに向けた。
その目には、疑念が宿っていた。
国か、妹か――己が守るべきものを、ガルドはまだ選びきれずにいた。
***
シグルは、さらに離れた位置で、レオンとカリナの様子を静かに見守っていた。
彼の手には、いつもの予定表が握られている。
しかし、今はそれを見ることなく、ただ場の空気を読んでいた。
(陛下……よくやられました)
シグルは、レオンとカリナの会話を見て、内心でほっと息をついた。
最初の「戦力として問題ない」という発言には冷や汗をかいたが、その後の言い直し、そして今の会話——レオンは確実に、人を見ることを学んでいる。
(カヤ様の導きが、陛下を変えていく……)
シグルの表情に、わずかな安堵が浮かぶ。
しかし、シグルの視線が、ガルドに向いた。
木に寄りかかり、腕を組んで二人を見つめる騎士団長の姿。
その表情には明らかな困惑と、疑念が浮かんでいた。
まさか、団長は何かに気づいたのだろうか。
シグルの表情が、わずかに強張る。
ガルドの目はレオンを見つめ、何かを見極めようとしていた。
(陛下の変化を、不審に思っておられるのかもしれない)
シグルは、予定表を握る手に力を込めた。
(リディア様の侍女、エルザも陛下を疑っていた。そして今、団長も……)
シグルの心に、不安が広がる。
レオンとカリナの会話は、良い方向に進んでいる。
しかしその一方で、疑念を抱く者も増えている。
浄化儀式まで、あと数日。それまでにこれ以上疑う者が増えてしまえば――。
シグルは、静かに息をついた。
そしてもう一度、レオンとカリナを見た。
二人は、穏やかに会話をしている。
その光景は確かに、希望を感じさせるものだった。
しかし、シグルの心の中には拭えない不安が残っていた。
***
―――王宮 騎士団詰所―――
夕刻。
交流が終わり、カリナは騎士団の詰所に戻っていた。
詰所は訓練場の隣にある石造りの質素な建物で、中には簡易的な机と椅子が並んでいる。
ガルドは窓際に立ち、外を見ていた。
その背中は、どこか重苦しい雰囲気を漂わせていた。
「カリナ」
ガルドが、振り返らずに呼んだ。
「はい?」
カリナは入り口で立ち止まり、扉の取っ手を握っている。
「今日の……陛下との時間はどうだった?」
ガルドの声は静かだったが、その奥には何か言いたいことがあるような言葉だった。
「え? あぁ、陛下との模擬戦ですか?」
カリナは嬉しそうに言い、顔が明るい。
扉を閉めて、ガルドの方に歩いていく。
「とても、良い経験でした。陛下は……思っていたよりも、優しい方で」
その言葉に、ガルドの表情がわずかに強張り、手が強く拳を握る。
「そうか」
ガルドは、短く答えた。
カリナは兄の様子に気づき、笑顔がわずかに消える。
「兄上? どうかしましたか?」
「……いや、何でもない。楽しい時間だったなら何よりだ」
ガルドは振り返り、笑って見せた。
しかしその笑顔は、どこか無理をしているように見えた。
口角が上がっているが、目は笑っていない。
その時——ガタン、と大きな音を立てて詰所の扉が開いた。
若い騎士が息を切らして入ってくる。
「団長、カリナ様。お疲れ様です」
「ああ」
ガルドが頷いた。
若い騎士は、カリナの姿を見て一瞬躊躇し、目が泳ぐ。
「あ、えっと……」
「どうした?」
ガルドが促した。
若い騎士は意を決したように言った。
「その……神殿から、妙な噂が流れてきているんですが……」
「噂?」
ガルドが尋ね、声がわずかに低くなる。
「はい。陛下が『外なるものに操られている』と」
その言葉に、ガルドの目が鋭くなり、体がわずかに前に出る。
「誰がそんなことを?」
その声には、明確な警戒が含まれていた。
「神官長が……密かに、調査をしているとか。浄化儀式を行う予定だと聞きました。すでに街でも噂になっています」
若い騎士は声を潜め、周囲を見回してから小声で続けた。
ガルドは黙っていた。
腕を組み、静かに瞼を閉じた。
顔には深い思考の跡が浮かぶ。
彼の頭の中で、今日のレオンの姿が蘇った。
カリナと話すレオン、カリナを「人として」見るレオン、そしてカリナの嬉しそうな顔。
(陛下が、変わった。それは確かだ。だがそれが、『外なるもの』のせいだとしたら……)
ガルドの心に疑念が芽生え、手が剣の柄を強く握る。
「そんな……」
カリナの声が響いた。
ガルドは、はっとして妹を見た。
カリナは、信じられないという表情で立っていた。
「そんなはずはありません!」
カリナの声は、強かった。
「陛下は……確かに、以前とは違うかもしれません」
彼女は続けた。
「でも、陛下は私の話を聞いてくださいました。私を、人として見てくださいました」
カリナの目に、強い意志が宿る。
「その言動が『外なるもの』のせいだなんて……私は、信じません」
ガルドは、妹の言葉を聞いて複雑な表情を浮かべた。
「兄上」
カリナは、真っ直ぐにガルドを見つめた。
「私は、陛下を信じたい。お願いです。もう少し、見極めさせてください」
その言葉に、ガルドは静かに頷いた。
「――わかった」
しかしガルドの心の中には、拭えない疑念が残っていた。
***
―――現実世界 小林家 リビング―――
由奈はスマホを膝の上に置き、ソファの背もたれにもたれかかった。
(今日の王様は、すごく良かった)
嬉しくなり、その顔には満足そうな笑みが浮かんでいる。
(ちゃんと、カリナさんを人として見てた)
しかし——由奈の笑みがわずかに消え、目がスマホの画面を見つめる。
そこには、ガルドの困惑した表情が描かれている。
由奈の心に小さな不安が芽生え、手がスマホを握る。
(でも……ガルドさんが、気づいてる)
画面をスクロールする。指が微かに震えている。
(しかも神殿の噂が、騎士団にも届いちゃった)
由奈は大きくため息をつき、天井を見上げた。
(浄化儀式まで、あと数日。それまでに……もっと疑われたら……)
由奈の心に不安が広がっていき、手が胸を押さえた。
何かを見落としている気がして、視線だけが落ち着かない。
「大丈夫」と言い聞かせても、言葉は心の表面を滑るだけだった。
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