第11話 戦場無敵王の『戦力扱い』発言を緊急修正せよ!①
――― 神殿 オズワルドの私室―――
深夜、オズワルドは、一人部屋で水晶玉を見つめていた。
彼の指が、水晶玉の表面をゆっくりと撫でる。
それは、エルザに渡したものと同じ種類の水晶。
水晶玉の表面が淡く輝き、その中に映像が浮かび上がっている。
レオンとリディアの散策の様子。
そして、レオンの不自然な言動。
時折虚空を見つめ、その直後に急に話し始める王の姿。
オズワルドは、身を乗り出して水晶玉を凝視した。
「ふふ……やはり思った通りだ」
オズワルドは、満足げに笑った。
彼の両手が、水晶玉を包み込むように持ち上げた。
「陛下には、確かに《《何かが》》憑いている」
彼は、冷たく滑らかな感触の水晶の表面を、楽しみながら撫でた。
「しかも、あの力は《《何か》》と対話しているようだ」
オズワルドの瞳孔が、わずかに開く。
その奥で、貪るような光が揺れた。
「これは……素晴らしい」
床を擦る音を立て、彼は椅子から立ち上がった。
そのまま、落ち着きなく部屋の中を歩き回る。
コツ、コツ、と規則正しい靴音が、静かな部屋に響く。
彼の手は、興奮のあまり小刻みに震えていた。
「浄化儀式で、あの力の正体を暴く」
オズワルドは、窓辺で立ち止まった。
両手を窓枠に置き、身を乗り出す。
「そして……可能ならば、私もその力に接触する」
抑えきれない野心が、じわりと膨れ上がる。
呼吸が、わずかに速くなっている。
「もし、あの力が私のものになれば――」
彼は、野心に満ちた笑みを浮かべた。
「神官長どころか……この国、いや世界の真の支配者になれるかもしれん」
オズワルドは、窓の外を見つめた。
月明かりに照らされた王宮が、静かに佇んでいる。
あの中に強大な「力」がある。
彼の手が、窓枠を強く握りしめた。
「浄化儀式まで、あと数日……」
オズワルドは、ほくそ笑んだ。
その声は低く、ささやくように静かな夜に溶けていった。
***
――― 翌日 王宮 レオンの執務室―――
朝日が、執務室の窓から差し込み、机の上の書類を照らしていた。
レオンは、書類に目を通していた。
羽根ペンを手に取り、何か書こうとするが——手が止まる。
彼はペンを置き、窓の外を見つめた。
その表情は、どこか浮かない。
コンコン。
扉がノックされた。
レオンは、はっとして書類に視線を戻した。
「陛下、シグルです」
「入れ」
扉が開き、シグルが入ってくる。
彼は、いつもの予定表を手にし、もう片方の手で扉を静かに閉めた。
足音を立てずに、レオンの机の前まで歩く。
「陛下、本日の予定ですが……」
「ああ」
レオンは、書類から目を上げた。
その目には、わずかな疲れが見える。
「本日は、騎士団《カリナ様》との交流でございます」
「……騎士団、か」
レオンの表情が、わずかに変わった。
眉間の皺が、少しだけ緩む。
それは——少しだけ、安堵したような表情。
「はい。カリナ様は、騎士団の訓練場にお越しいただきたい、とのことです」
「訓練場……」
レオンは、少し考え込んだ。
トン、トン、トンと彼の手が、規則正しいリズムで机の上を軽く叩く。
(訓練場なら……剣のことを話せる)
レオンの胸に、わずかな期待が芽生えた。
(リディアとの散策は……花の名前も知らないし、天気の話も難しかった。だが、剣の話なら——俺は得意だ)
レオンは、椅子から立ち上がった。
その動作は、いつもより少し軽やかだった。
「わかった。準備しよう」
「承知いたしました」
シグルは、少し晴れやかなレオンの表情を見て、内心で苦笑した。
(陛下。今日は、少しお楽しみのようですね。ですが……それで大丈夫でしょうか)
シグルは予定表を胸に抱き、わずかな不安を感じた。
彼は一礼してから、静かに退室した。
***
――― 王宮 騎士団訓練場―――
訓練場は、王宮の敷地内にある広大な場所だった。
太陽が、容赦なく照りつけている。
土の地面に、いくつもの訓練用の人形や的が並んでいる。
そして——
騎士たちが、汗を流しながら訓練に励んでいた。
ヒュン、ヒュン、という風を切る剣の音。
ガシャン、ガシャンという盾が打ち合う音。
「ハッ!」「セイッ!」という掛け声。
レオンは、その光景を見て、わずかに表情を緩めた。
彼の肩から、こわばりがすっと抜けていく。
(ここは……落ち着く)
これが、レオンにとって最も馴染みのある場所だった。
彼は、深く息を吸った。
汗と土の匂いが、レオンを落ち着かせた。
「陛下」
声が響き、レオンは振り返った。
そこには、鎧を身につけたカリナが立っていた。
太陽の光を受けて、鎧が鈍く光る。
その姿は、凛々しく、どこか男勝りな雰囲気を漂わせていた。
しかし、その瞳の奥には『女性らしい繊細さ』も、確かに感じられた。
「カリナ」
「お待ちしておりました」
カリナは、片膝をついて頭を下げた。
鎧が、カチャリと音を立てる。
彼女の右手が、胸に当てられている。
その動作は騎士のそれでありながら、優雅さも感じられた。
「今日は、騎士団がどのような訓練をしているのか――陛下に直接、ご覧いただきたく存じます」
カリナは、顔を上げた。
その目は、真剣だった。
しかしその奥には、わずかな緊張も見え隠れしていた。
彼女の喉が、唾を飲み込み、わずかに動く。
(俺がどう答えるのか……試しているのか?)
レオンは、カリナの真っ直ぐな視線を感じた。
「わかった。案内してくれ」
レオンは、訓練場へと歩き始めた。
その足取りは、いつもより自信に満ちていた。
カリナも立ち上がり、一歩下がって歩く。
二人の足音が、土を踏む音となって響く。
シグルは、少し離れたところで、二人を見守っていた。
彼の手には、いつものように予定表が握られている。
***
レオンとカリナは、訓練場を歩いていた。
騎士たちは、二人の姿を見て、一瞬動きを止めた。
剣を構えたまま硬直し、王たちが通り過ぎるのを見守った。
そしてすぐに訓練を再開した。
レオンは、訓練の様子を観察していた。
彼の視線が、一人一人の騎士の動きを追う。
その目は冷静で、分析的だった。
構え。
足の運び。
剣の軌道。
すべてを、瞬時に判断していた。
(あの者の筋力は十分。反応も良い。統率も取れている)
レオンは、いつものように「戦力」として騎士たちを見ていた。
彼の手が、無意識に腰の剣の柄に触れる。
「陛下」
カリナが、レオンに声をかけた。
「何だ」
「あちらで、若い騎士たちが基礎訓練をしております。よろしければ、そちらもご覧ください」
カリナは、訓練場の一角を指さした。
そこでは若い騎士たちが、ぎこちない動きで剣を振っていた。
レオンは、頷いた。
「ああ。行こう」
二人は、そちらへ向かった。
若い騎士たちの訓練場。
レオンとカリナが近づくと、若い騎士たちは緊張した面持ちで動きを止めた。
「陛下……!」
一人の若い騎士が、慌てて剣を下ろし敬礼しようとした。
しかしその動作が慌てすぎて、バランスを崩しかける。
「落ち着け」
カリナが、声のトーンを落とし静かに言った。
若い騎士は、ハッとして姿勢を正した。
カリナは、レオンを一瞬見てから若い騎士たちの前に立った。
「陛下がお見えになったが、そのまま普段通りの訓練を続けろ」
「は、はい!」
若い騎士たちは、再び剣を構えた。
しかしその動きは、明らかに硬い。
「陛下が見ている」という緊張で、体が思うように動いていない。
それに見兼ねたカリナは、一人の騎士の前に歩み寄った。
「構えが高い」
カリナは、若い騎士の肘に手を添えた。
「もっと低く。そう、その角度」
若い騎士が、頷く。
そして、ヒュンと剣を振る。
先ほどより鋭い音に、カリナが満足げに頷いた。
「良い。その調子だ」
その動きは無駄がなく、的確だった。
レオンは、その様子を見ていた。
彼の目が、わずかに細まる。
(指導が……的確だ)
レオンは、感心した。
「優秀だな」
レオンは、カリナに言った。
レオンの方を向いたカリナの表情には、期待が浮かんでいる。
「これなら《《戦力》》として、問題ない」
レオンの発した言葉に、カリナの表情が一瞬だけ固まった。
彼女の背筋が、わずかに強張る。
そして——
すぐに、笑って見せた。
しかし、その笑みは口元だけのもので、目は笑っていなかった。
「ありがとうございます、陛下」
その声は、明るかった。
しかしその目は、わずかに冷えていた。
カリナの手が、剣の柄を握る。
その握り方は少しだけ、強かった。
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