第10話 戦場無敵王の会話壊滅を回避せよ!②
――― 王宮 中庭 ―――
レオンは、心の中でカヤに呼びかけた。
『カヤ! 助けてくれ! 何を話せばいい!?』
その声は、まるで戦場で援軍を求めるような——いや、それ以上に切実だった。
しかし、レオンはハッとして足を止めた。
(待て。約束では、カヤと話す時は私室か執務室のみ……)
レオンは、後方のシグルに視線を送った。
シグルは、レオンの視線に気づきすぐに理解した。
(陛下、もしかしてカヤ様と話したいのか?)
シグルはわずかに頷いた。
そして、音を立てないように静かに、レオンのそばへ歩み寄った。
「陛下」
シグルは声を落として呼びかけた。
「どうぞ、遠慮なく。私が周囲に気を配ります」
レオンはすぐには答えなかった。
答える代わりに、シグルをじっと見つめた。
「約束を破ることになる」
「緊急事態です」
ためらいが混じった、低く絞り出したような声に、シグルは小さく笑った。
「それに陛下のその表情を見れば、誰でも助けたくなります」
レオンは、少し顔を赤くした。
「……感謝する」
シグルは、リディアの方に向き直った。
「リディア様、少々お待ちください。陛下が庭園の様子を確認されております」
「ええ、構いません」
リディアは、優雅に頷いた。
エルザは、その様子を鋭い目で観察していた。
(陛下とシグル様……何か、話している?)
一方レオンは、シグルの配慮に感謝しながら、カヤに呼びかけた。
『カヤ、頼む。助けてくれ……何を話せばいい?』
***
――― 現実世界 小林家 リビング(同時刻)―――
由奈は、スマホを握りしめていた。
その時、小説の更新通知が来た。
即座に文章を読みだす。
シグルとのやり取り、リディアとの会話を見て、由奈はすべてを察した。
(嫌な予感はしてたけど、これはマズイ!)
そして、レオンの必死の声が聞こえた。
『カヤ、頼む。助けてくれ……何を話せばいい?』
(ほら! やっぱり来た!)
由奈は、心の中で叫んだ。
***
――― 王宮 中庭 ―――
『王様、聞こえてるから落ち着いて! まず、景色とか天気とかについて何か言って!』
カヤの声が脳内に響く。
その声に、レオンは少しホッとした表情を浮かべた。
シグルに軽く頷いて感謝を示すと、コホンと咳払いをし、リディアに向き直るが即座に止まる。
しかし―――
(景色? 天気? 何を?)
『「今日は天気が良いですね」とか!』
(わ、わかった)
レオンは、リディアに向き直った。
「今日は……天気が、良いな」
リディアは、一瞬驚いた表情を見せた。
「……はい。そうですね」
彼女は、丁寧に答えた。
(……天気の話題、ですか)
リディアは、内心で少し戸惑っていた。
しかし、王がようやく話しかけてくれたのだ。
それだけで、彼女は嬉しかった。
(よし! これで会話になった!)
レオンは、少し安心した。
しかし——
『えっ、ちょっと待って! まさか、それで終わり!?』
由奈の絶叫が響いた。
『会話を続けて! 「散歩日和ですね」とか「うちの庭園は綺麗でしょう」とか!』
(何? まだ続けるのか)
『当たり前でしょ!』
カヤに説教気味に言われたレオンは、再びリディアに向き直った。
「……散歩日和、だな」
「……そうですね」
リディアは、少し困惑した表情を浮かべている。
(何かおかしいか?)
彼にとって完璧だと思われた会話だったが、返ってきた鈍い反応に、レオンは不安になった。
『王様、相変わらず棒読みすぎ! もっと自然に言って!』
(自然に、とは?)
『もっと……こう、リラックスして! そう、笑顔で!』
(笑顔だと?)
レオンは、顔の筋肉を動かそうとした。
口元を、ぎこちなく上げる。
「……」
リディアは、レオンの表情を見て、わずかに目を見開いた。
「陛下……お顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」
(失敗したか……)
『……わかった、王様。無理に笑わなくていいから、普通に話そうか』
由奈も、レオンの会話を立て直すのに必死だった。
後ろで二人の様子を見ていたエルザは、レオンの不自然な様子に息をひそめた。
(―――陛下の様子が、明らかにおかしい)
彼女は、懐に手を入れた。
そこには、オズワルドから渡された水晶がある。
レオンとリディアは、庭園をゆっくりと歩いていた。
しかし、会話は途切れがちで、気まずい空気が流れている。
(これは……さすがにまずい)
レオンは、内心で焦っていた。
(カヤ、どうすればいい)
『えっと……リディアさんに、何か質問してみようか』
(質問?)
『そう。「北国の気候はどうですか」とか「こちらの庭園は気に入りましたか」とか』
レオンは小さく頷き、声を整える。
「リディア」
「はい、陛下」
レオンは、一瞬言葉に詰まった。
「あなたの国の……気候はどうだ」
リディアは、少し驚いた表情を見せた。
「……気候、ですか?」
「ああ」
リディアは、少し考えてから答えた。
「北国は一年の半分が雪に覆われております。冬は厳しく、夏は短いですね」
「そうか」
「なので、こちらの温暖な気候は……正直、少し暑く感じます」
リディアは、少し笑った。
それは今日初めて見せる、自然な笑顔だった。
「それにしても、こちらの庭園の花々は美しいですね。北国ではなかなか見られない、色とりどりの花です」
(よし、続いた!)
レオンは、会話が続けられたことに少し嬉しくなった。
同時に、カヤの弾んだ声が響いた。
『いいじゃない、王様! その調子! 今度は「どの花が好きですか」って聞いてみたら?』
「どの花が、好きだ?」
「え?」
唐突な質問に、リディアは一瞬戸惑った表情を見せた。
「あ、いや……その、あなたが好きな花は、どれかと……」
レオンは、咳払いをして言葉を言い直した。
リディアは、少し頬を赤らめた。
「……私は、あの白い花が好きです」
彼女は、庭に咲く白い花を指さした。
「北国にも似た花が咲きます。雪の中でも、小さいですが凛と咲く強い花です」
「そうか」
レオンは、その花を見つめた。
(リディアは北国で育ち、厳しい環境に耐えてきた。だから、こういう強い花が好きなのか?)
その時、強い風が吹き花々が揺れた。
ふわりと、白い花びらがリディアの髪に舞い降りた。
レオンは、そっと手を伸ばして花びらを取った。
「白い花……確かに似合うな」
彼は、思わずそう呟いた。
「……!」
思わぬ触れ合いに、リディアは顔を背けた。
普段の白い肌からは想像できないほど、その顔は紅く染まっていた。
カヤが、意味深な声で言った。
『ふふふ、今のいいじゃない。ちゃんとリディアさんのこと、考えてるでしょ?』
(……ああ)
レオンは、少しずつ交流について理解し始めていた。
(これが、「相手を知る」ということか)
***
一方、侍女のエルザは、その一部始終を少し離れた場所から見ていた。
レオンとリディアの和やかな様子とは真逆に、彼女の表情は硬い。
エルザは、そっと懐に触れた。
布越しに、硬い感触がまだそこにある。
(あの時……確かに反応した)
先ほど、レオンが何かに話しかけるように、わずかに口元を動かした瞬間、水晶がわずかに熱と光を帯びたのだ。
(陛下には何かがいる。神官長様が仰っていた通りだ)
エルザの目が、レオンを見据えていた。
(今夜、必ず報告せねば)
シグルは、さらに離れた位置から、エルザの様子を観察していた。
彼の表情は穏やかだったが、その目の奥だけが、鋭く光っている。
シグルは、エルザの手が胸元を押さえる仕草を見逃さなかった。
(……何かに気づいた)
シグルの視線が、エルザの懐に向けられる。
(あの動き……何かを隠し持っている)
シグルは、わずかに眉をひそめた。
彼の手が、腰の剣の柄にそっと触れた。
それでも、害をなす行動ではなさそうだったので、スッと手を下ろす。
しかし、瞳は依然として鋭かった。
(陛下が、カヤ様と話しておられる事が……もし、外部に伝わっているなら……)
シグルは、レオンの方へ視線を戻した。
レオンは、リディアと穏やかに会話をしている。
その姿は、確かに以前とは違う。
(陛下は、変わられた。良い方向に……)
しかし——
(それを『異常』だと捉えている者たちがいる)
シグルの目が、再びエルザを見つめた。
(警戒を怠ってはならない)
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