第9話 神官長の罠?それとも救済?浄化儀式の誘い!①
――― 異世界・アルカディア王国 神殿―――
白い大理石の柱が立ち並ぶ神殿の奥、厳かな祈祷室で神官長・オズワルドは、一人跪いて祈りを捧げていた。
彼の額には、うっすらと汗が浮かんでいる。
その目には、『祈り』というよりも『執着』に近い光が宿っていた。
「……やはり、何かがいる」
オズワルドはゆっくりと目を開けた。
彼は最近、王の周辺に妙な「気配」を感じていた。
正確には、王が后候補たちとの面談を成功させた頃から——王の言動が、まるで別人のように変わった。
(あの方は、何かの巨大な力を得た)
オズワルドの胸の内には、好奇心と羨望が渦巻いていた。
(その力が何なのか、暴かねば)
彼は数日前から、密かに部下を使ってレオンとシグルの周辺を探らせていた。
しかし、決定的な証拠は掴めていない。
(ならば、この目で確かめるしかない)
オズワルドは祭壇に飾られている聖水に向かい、手を翳した。
水面に静かに波紋が広がり、神聖な光が彼の手のひらから溢れ出す。
それは、通常は邪悪なものを探知するための神殿秘伝の術。
光は祭壇を越えて、王宮の方角へと流れていった。
そして——
オズワルドの目が、見開かれた。
(これは……!)
光が映し出したのは、邪悪な闇ではなかった。
かといって、神々しい聖なる光でもなかった。
それは今まで見たことのない、不思議な光。
透明で、しかし確かに存在する。
温かくも冷たくもない、中立的な輝き。
(何だ、これは……?)
オズワルドの口元が、わずかに歪んだ。
期待と欲望に満ちた笑みだった。
(これが、陛下に力を授けているものか。ならば……)
オズワルドの心に、ある考えが芽生えた。
この力を、自分も手に入れられるのではないか。
そんな可能性に、彼は心を躍らせた。
(まずは、接触する機会を作らねば。そのためには……)
オズワルドは、静かに立ち上がり、法衣の裾を払った。
「陛下のため」という大義名分さえあれば、近づくことは容易い。
***
―――数日後の王宮・謁見の間―――
オズワルドは、レオンとシグルの前に跪いていた。
(ついに、この時が来た)
オズワルドの胸の内では、期待が高まっていた。
しかし、表情は神官長としての厳かさを保っている。
「陛下。どうしてもお伝えしたいお話があり、参上いたしました」
「何用だ」
レオンはいつもの無愛想な口調で応じた。
オズワルドは、慎重に言葉を選びながら切り出した。
「陛下……最近、お体の調子はいかがでしょうか」
「問題ない」
「お心の方は?」
「———お前は何が言いたい」
レオンの声には、わずかに苛立ちが滲んでいた。
オズワルドは、深く息をついた。
「陛下。率直に申し上げます」
彼は顔を上げ、レオンを見つめた。
「陛下には……何か『異質なもの』が憑いているのではないかと」
謁見の間が、静まり返った。
(———この言葉に動揺を見せるか?)
オズワルドは、レオンの反応を注意深く観察していた。
横に控え立っていたシグルの表情が、一瞬強張る。
レオンは、無表情のままオズワルドを見下ろしていた。
「異質なもの、とは?」
(動揺がない……。やはり、陛下はその存在を認識しているのか)
オズワルドは内心で確信を深めながら、表面上は困惑した表情を作った。
「それは……わかりません」
オズワルドは正直に——いや、正直なふりをして答えた。
「ただ神殿の術で探知したところ、陛下の周囲に通常ではありえない霊的な波動を感じるのです」
「……」
「それが善なる存在なのか、悪しき存在なのかも、まだ判別できません」
オズワルドはわずかに目を細め続けた。
「しかしこのまま放置すれば、陛下……いえ、この国全体が、危機に陥る可能性があります」
レオンはしばらく黙っていたが、静かに問うた。
「それで、お前は何を望む」
「『浄化儀式』を、ぜひお受けいただきたいのです」
オズワルドは頭を下げた。
「もし、それが邪悪な存在であれば、儀式によって祓われます。もし、善なる存在であれば、何も影響はありません」
「……」
「私は、陛下の身を案じているのです。どうかよくお考えください」
オズワルドの声には、真摯な懸念が滲んでいた。
少なくとも、他人から見てそう聞こえるように演じていた。
***
―――現実世界 小林家 リビング―――
由奈はスマホを握りしめたまま、固まっていた。
『アルカディア王国戦記』の最新話。
神官長が王に「浄化儀式」を提案する場面。
(やばい! このパターン、来た……!)
由奈はこの作家の過去作を何作も読んできた。
だから、このパターンを知っていた。
この作家は、主人公を徹底的に追い詰める。
「疑念から浄化イベント発生」もその一つ。
そしてここでの選択を間違えると、主人公は破滅ルートに突入する。
由奈の頭の中に、過去作のトラウマ展開が蘇った。
ある作品では、主人公が浄化を拒否したことで、周囲から「悪魔に魅入られた」と判断され、味方が次々と離反。
孤立した主人公は、最終的に本当に悪魔と契約し破滅した。
(あの作品は……本当に救いがなかった)
キュッと由奈は唇を噛んだ。
もちろん、正しい選択をすれば主人公は成長する。
この作家の作品は、そういう「分岐点」がいくつもある。
(でも間違えたら、取り返しがつかない)
由奈は必死に考えた。
(王様が浄化を拒否したら……?)
最悪のシナリオが頭をよぎる。
神殿が敵に回り、そしてセレスもレオンを信じられなくなる。
それを受けて民衆も「王は悪神に憑かれた」と恐れ始める。
確実にその展開では「変わろうとしたのに破滅する悲劇の王」ルートに入ってしまうだろう。
由奈は決意した。
(ここで王様は、浄化儀式を受けるべきだわ! それが、破滅ルートを回避する唯一の方法……!)
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