第6話 うちの旦那も、同じ状況じゃない!?②
その夜、由奈はスマホを見つめていた。
画面には、小説アプリの更新通知が表示されている。
『アルカディア王国戦記 第4話更新』
「来た……!」
由奈は慌ててタップした。
第4話のタイトルは、『疑念の影』
「疑念……嫌な予感しかしない……」
由奈は画面をスクロールし始めた。
【小説本文:疑念の影】
北国の侍女エルザは、密かに部下へ命じていた。
「王の周辺を探れ」――婚約を破棄させ、アルカディアの国力を削げ、という密命のために動いていた。
神殿の神官長オズワルドは、「王に何かが憑いている。秘術で真実を暴く」と冷たい目で呟く。
そして騎士団のガルドは、「妹が利用されるなら、王でも容赦しない」と剣を磨きながら低く言った。
「うわぁ……三方向から、完全に包囲網じゃない……!」
由奈は頭を抱えた。
リディアも、セレスも、カリナも、本人は心を開きかけている。
なのに、その背後にいる誰かが、レオンの変化を「疑わしい」と見て、勝手に動き出している。
さらにスクロールすると、レオンの独白があった。
『俺は変わろうとしている。だが、誰も信じてくれない。積み重ねた悪評は、一朝一夕では消えない。信頼とは、こんなにも脆く、遠いものなのか』
「王様……」
由奈は胸が締め付けられた。
変わろうとした、まさにその瞬間に、いちばん疑われる。
それがどれだけ苦しいか、想像がついてしまう。
そして、この作者のクセを嫌でも思い出す。
愛読してきたからこそ知っている。
この人は、主人公が善意で動くほど、過去の罪でぐるぐる巻きにして追い詰める。
味方だと思った相手が敵で、差し出した手が裏目に出て――そうやって、変わろうとした主人公を孤立させて潰す『悲劇エンド』を、平気で書く作家だ。
「今回もそのパターンだったら……王様、孤立して、また殺されちゃう……?」
ひやりと、嫌な汗が背を伝った。
「ダメ……このままじゃ、ダメ……! 私が、王様を守らなきゃ……」
そこまで考えて、由奈はハッとした。
(待って……これ、晃も同じだ)
変わろうとして、疑われて、追い詰められていく。
異世界でも、現実でも、まったく同じ危機が進んでいる。
「私……どうすればいいの……?」
由奈はスマホを握りしめたまま、暗い部屋の中で立ち尽くしていた。
その時、玄関のドアが開く音がした。
きっと晃だろう。
今日も遅い帰宅だ。
相変わらず、「ただいま」の一言は無く、静かにリビングに入ってきた晃は、由奈の存在に気づく。
「 まだ起きてたのか?」
由奈は慌てて表情を整え、スマホの画面を閉じた。
「あ、うん……ちょっと、小説読んでて……」
「そうか」
晃はソファに座り込んだ。
表情はとても疲れ切っていた。
「――なぁ」
「何?」
「俺……変わろうとしてるのに、誰も信じてくれないんだ」
由奈はスマホを握る手に、ぎゅっと力を込めた。
その言葉は小説の中のレオンの独白と全く同じだった。
「会社で、『保身でやってる』って噂されてる。上司には監視されてる」
晃はソファの縁に深く腰を下ろし、肘を膝に置いて両手の指を強く絡めた。
その手を額の前に持ち上げ、まるで顔を隠すように覆ったまま、言葉を絞り出した。
「俺、何か間違ってるのか……」
由奈は、夫の隣に座り、両手を握った。
「間違ってないよ」
「……」
「変わろうとすることは、間違ってない。ただ……」
由奈は、ちらりと小説の画面を見た。
「信頼って失うのは一瞬だけど、取り戻すにはとても時間がかかるんだよ」
「……そう、か」
晃は小さく頷いた。
そして何か考え込んだ後、小さく呟いた。
「お前がいてくれて、良かった」
いつもの彼からは聞きなれない言葉に、由奈は一瞬耳を疑った。
けれど、その声音には確かに弱った心がにじんでいて、目の奥がじんわりと熱くなる。
胸があたたかくなり、彼女はそっと微笑んだ。
でも、その心の中では、不安が渦巻いていた。
小説の世界のレオンには、私が、現実世界の晃には、私がいる。
果たしてそれで本当に守れるのか?
二つの世界で、同じ危機が進行している。
そして、由奈には分かっていた。
この先、もっと大きな試練が待っていることを。
(第1章 完)
1章までお読みいただきありがとうございました!
※第1章のダイジェストアニメ動画がございます。
よろしければご覧ください。
https://youtu.be/THhUI_mm5fo?si=XCIwUIKg8DjwRSFz




