第三話 ドラゴンという生き物➂
「やぁやぁやぁ、よく来たね、旅人さん」
手招きする老人を前に、俺は村の中心へと足を踏み出す。
「ここが、トナリア村……ですね」
木々に実る赤い果実、山間を流れる小川に、すそ野に広がる草原に建てられた家屋。
そこには秘境に隠された、楽園とも呼べる世界が広がっていた――。
♢
数十分前。
俺はおこげと共に山道を歩いていた。
村も見つからず、空腹でおなかが鳴り、高山という環境に体調が悪くなり始めたところだった。
正面には相変わらず山がそびえ、一人と一匹を見下ろしている。
「おこげぇ~なかなか村が見つかんないね」
――ぐるる?
口元についた血を舌で拭いながら首を傾げるおこげ。
おこげは時たま、一人で狩りをして自分の腹を満たしているようだった。
だが、本来狩りは二頭でするもの。
十分な食事にはありつけていないらしい。
と、その時。
――ガルルルルル!!!!
おこげが前方に何かを見つけた。
俺には全く認知することができないが、何かが正面にあるらしい。
警戒し、首元の毛を逆立てている。
一方の俺は、背中に背負った魔法杖を引き抜き、魔力を込めた。
1メートル弱の杖には帝国の刻印が書かれ、死にかけるまで働かされた記憶が甦る。
もっとも、働いていたのはたった5年程だが。
「おこげ、俺の後ろに――」
俺が手を広げると、僕が守るんだと言わんばかりにおこげが前に出る。
そういうとこも可愛いね。ほんとうに。
――じゃなくて、今は正面に集中すべきだ。
数メートル先の草むらがガサガサと動く。
より警戒心を強め、目を凝らす。
ここはドラゴンの住まう場所。
とんでもない奴が出て来たっておかしくない。
「おこげ、慎重にね――」
今にも草むらへと火を吐きそうなおこげを抑えようとした時、草むらから一匹の動物が現れた。
立派な角に、僅かに背中に描かれた白いまだら模様、美しい茶色の毛並み。
実は森の精霊ではないかと疑うほどの神聖さが周囲に満ちる。
「――なんだ、若いオス鹿か」
俺は溜息をつき、魔法杖を下ろした。
だが、おこげは変わらず警戒を強めている。
他に、“警戒すべき何か”――があるのだ。
「おこげ――?君には何が見えてるんだ?俺には……」
そう言おうとした時、鹿が森の奥に消えた。
「――え?」
これは比喩ではない。
森の奥に
鹿が
消えたのだ。
まるで空気に吸い込まれるように、世界が鹿を一口に飲み込んでしまったかのように。
鹿の頭から順番に、ぬるりと姿を消した。
――ガルルルッルウルルルウウウウ!!
だが、俺はすぐにこれが何を意味するのか理解した。
警戒するおこげ、消える鹿。
そして、目前に迫る山々。
「……着いた――着いたんだ!着いたぁあああああ!!トナリア村に着いた!!」
俺は森の静寂に向かって思い切り叫んだ。
鳥たちが騒めき、木々が揺れたように感じる。
――ぐるる?ぐう?
警戒を解いた俺を見て、おこげが俺に説明を求めんと首を近づける。
“村に着いた”という表現はおこげに伝わらないだろうが、身振り手振りで、ここが安心できる場所だと伝えたい。
俺は手で家の形を作り、これからここに住むんだと示す。
首を傾げるおこげ。
もう一度両手で家の形をなぞり、おこげに目で訴える。
もはや半分ジェスチャーでもない。
おこげは理解することを諦めたのか、俺が家の形を作った両手に顎を乗せた。
「いや、そうじゃなくてぇ……」
だが、俺の掌の上に頭を乗せたおこげは満足そうに眼を閉じている。
「まぁ、いっか。可愛いからね。可愛いはすべてを解決するからね」
♢
おこげの頭を(彼が満足するまで)撫でた後、おこげに向かって口笛をふく。
するとおこげは黒目を縦に細く尖らせ、上空へと舞い上がった。
基本の訓練で何度も行った命令の一つ。
――上空を旋回せよ。
の口笛である。
これで、おこげが“龍狩りの一族”に襲われることは避けられる。
というか、ドラゴンは人間から忌み嫌われ、龍として、捕食者として恐れられている生き物。
どこであれ人と出会うことがあれば、おこげはすぐに魔法を打ち込まれてしまうだろう。
勿論、おこげが負けるとは微塵も思ってないが。
「よし、行こう。龍達のすぐそばにある……隠された伝説の世界へ――」
こうして、俺は透明な膜に覆われた世界へと足を踏み入れた。
手で境目を押し、「とぷん」という音と共に秘境の村へと辿り着いたのだった。




