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第一章 火花③

 夜の中央塔外周回廊は、昼間とはまるで別の場所だった。

 石壁に埋め込まれた魔光灯は最小限の明るさまで落とされ、長い影を床に引き伸ばしている。遠くの街灯りが高窓から差し込み、ヴァルディアの尖塔群が闇に溶け込んでいた。

 静かすぎる。

 自分の足音だけが、規則正しく響く。

 フリントは一人で歩いていた。頭を冷やすためだ。

 準決勝。対戦表に刻まれた名前。

 フリントライズ。シエラクロス。

 夕刻の光が脳裏をよぎる。

 人の気配が少ない屋内演習場の天井に埋め込まれた魔導灯が、淡い白光を落としていた。床面に刻まれた強化陣がゆっくりと明滅し、衝撃を吸収するための魔力が静かに循環していて遠くで誰かが魔法陣を展開する音が、低く反響する。

 フリントは一人、壁際に立っていた。

 拳を握る。ガントレットがわずかに軋む。

 視線の先。

 群青の髪が揺れる。

 シエラクロスは、中央で剣を振っていた。

 踏み込みは正確。剣筋はまっすぐ。無駄な力みがない。

 振る。止める。回す。切り返す。動作の一つ一つが、整いすぎている。

 魔法陣が足元に展開し、刹那で消える。光は残光すらほとんど残さない。

 美しい、と思ってしまう自分が腹立たしい。そんな記憶のせいか胸の奥が、ざわつく。

 勝てばいい。ただそれだけだ。

 ——そのはずなのに。


「……勝てない」


 声が落ちた。

 すぐ後ろではない。前でもない。

 回廊の中央、影の重なりの中から。

 フリントは止まる。

 振り向く先、そこには黒い外套が立っていた。

 灯りが届かない位置で顔は見えない。輪郭も曖昧だ。落ちた声は霞がかかったようにで音程が掴めず男か女かも分からない。


「誰だ」


 フリントの声は低い。

 警戒はしている。だが後退はしない。

 そんな相手に外套は揺れない。

 次の瞬間だった。


「君は、シエラクロスには勝てない」


 静かな断言。

 まるで事実を告げるように。


「何を根拠に言ってる」

「根拠ではない。結果だ」


 一瞬、空気が重くなる。

 結果。

 その言葉の選び方が、妙に引っかかる。


「未来は、すでに決まっている」


 石壁に声が吸い込まれる。

 反響しない。まるで回廊が音を拒絶しているようだった。


「ふざけるな」


 フリントは一歩踏み出す。

 ガントレットがわずかに鳴る。


「俺は負けない」


 鼓動が、一拍遅れる。

 一瞬、視界の奥で空気が揺らいだ気がした。

 錯覚だ。強化陣は正常だ。魔力も乱れていない。

 だが、視界の端で光が揺れる。


「……お前は何者だ」

「名乗る名はない。だが、知っている」


 外套の奥から、わずかに銀の光が瞬いた気がした。

 気のせいかもしれない。

 回廊の奥から、微かな風が吹いた。


「……彼女には勝てない」


 繰り返し。

 理解が追いつかない。だが、身体が勝手に反応する。


「俺は勝つ」


 即答。

 迷いはない。見ず知らずの誰かの言葉を鵜呑みにして認めるには理屈も道理も通ってない。筈だ。

 外套の中で、何かが小さく息を吐いた気がした。


「……そう」


 その声は、ほんのわずかに、かすかに——悲しげだった。

 次の瞬間、灯りが揺らぐ。影が揺れる。


「お前……一体……ッ?」


 フリントが一歩踏み出したときには、もうそこに何もなかった。

 気配も、魔力も、足音もない。回廊はただ、静かに伸びている。

 拳を握る。

 勝てない。

 シエラクロスに。誰が? フリントライズが。

 言葉が胸の奥で、ほどけない。


「……ふざけるな」


 低く吐き出す。

 勝つ。それだけだ。それしかない。

 だが——なぜか、背筋が冷えたままだった。


———


 本戦が始まった。

 観客席は満ちている。

 中央競技場は円形で、石造りの観客席が幾重にも連なっている。上空には演算水晶が浮かび、試合状況を拡大投影している。

 歓声が、熱を帯びている。

 フリントの初戦。

 相手は技巧型の上級生。

 開始の合図と同時に魔法陣が展開する。

 光の壁。連続射出。フリントは踏み込む。

 弾く。拳で砕く。強引に距離を詰める。衝撃が走る。観客席がどよめく。

 もう一撃。

 相手の防御陣が崩れる。

 勝利。歓声。名前が呼ばれる。

 フリントライズ。

 胸が熱くなる。

 だがーーこのままで良いのか? の疑問が彼の頭の中を埋め尽くす。



 シエラクロスも、勝ち上がる。

 剣を振る。魔法を重ねる。無駄がない。観客席は静まり返る。歓声よりも、息を呑む音の方が大きい。

 彼女は勝っても、表情を変えない。

 ただ、次を見ている。

 そしてトーナメント表が更新された。

 演算水晶が明滅する。

 準決勝。

 フリントライズ対シエラクロス。

 会場が揺れる。

 レオンが肩を叩く。


「来たな」


 フリントは頷くだけだ。オルタディナは少し離れた場所で、黙って表を見ている。

 視線は真っ直ぐ。何も言わない。

 フリントはトーナメントボードを見上げながら

黒い外套の言葉が、胸の奥でわずかに反響する。

 勝てない。

 いや、そんなわけがない。

 火花は消えていない。まだ燃えている。

 拳を握る。深く息を吸う。準決勝まで、あとわずかだ。

 決まるのは——次。


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